バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

出会い

 天姉と松本が行った後、先生が日向に
「天音から聞いたが、学校に興味があるのか?」
と聞いた。
「うん。行ったことないしな」
「お前の学力的に行く必要はないんだがな」

「別に学校って学力だけを身につけるところちゃうやろ」
「それはそうだな。しかし……お前なら分かると思うが」
「うん。難しいよな。わかってるよ。だから興味はあるけど行きたいわけでもないで」
「……そうか」

本当は行ってみたいんだろうけどな。
僕たちみたいな環境で育った奴は自分を押し殺すことに慣れてそれが当たり前になってしまっている。
最初から期待しない、希望を持たないことで自分を守ってきたからだ。

日向はがっかりする様子を見せることもなく僕の方を向いた。
「そういやさっき思ってんけど、天姉の笛字って白石なんやな。初めて聞いたかも。今更感すごいけどみんなの苗字教えてよ」

「確かに普段呼ばんもんな。えーっとねー。先生が小野寺桜澄(おのでらさくと)、ゆずが市川結輝(いちかわゆずき)、けいは……けい、げんじーが島崎玄柊(しまざきげんと)、天姉は白石天音(しらいしあまね)で僕は佐々木恭介(ささききょうすけ)だよ。……本当今更感すごいな」

「けいについては触れない。私は気配りできる女なので。なんか自己紹介みたいやな。あーまた学校の話になるけど仮に転入ってなったら自己紹介せなアカンよなー」
「確かに」
「自己紹介かー。……せやなー」
「自分の性格とか名前とか適当に言うだけでしょ」

「……人の幸せは笑顔で祝い、人の不幸はゲラゲラ笑う! 四月生まれで今七歳! エセ関西弁の使い手、坂本日向(さかもとひなた)です! でどうやろ」
「リズムいいな」
「絶対やめとけ。ヤベー奴と思われるぞ」
「そっかー。……おっ? 花火始まったんちゃう? すごいな。初めて見たわ」

「本当だスゲー! 僕も初めて見る!」
「家が町からちょっと離れてるからな」
「ちょっとか? お隣さんが存在しないくらい孤立してるじゃん」
「あんま人と接触するとリスクがあるからな」
「それはそうだけども。んー? だったら洋服を着るべきでは? 和服目立ってたし。変に目立つのも良くないでしょ。ねー先生?」

「すまんが俺は和服でないと落ち着かん。それに武器を隠し持つなら和服の方が楽じゃないか?」
「洋服も工夫しだいじゃと思うがの」
「いや普通武器の隠しやすさで服選ばないと思うけど。え? 今も持ってるんですか?」

「? 当たり前だろ?」
「怖すぎる。……あ、本当に持ってるんですね。すごいな、どっから出してるんですかそれ。ん? 何これブーメラン?」
「ああ。俺はブーメラン結構得意だ」
「……そういえば昔、僕が木刀で先生がフリスビーで戦ってボ口負けしましたね」

「今じゃさすがにフリスビーで勝つことはできないだろうな」
「ブーメランなら勝てますか?」
「さあ。どうだろうな。やってみるか?」
「嫌です」

昔、先生が小石を投げてきてそれを避ける訓練で、訓練後に後ろの木を見てみたら小石がめり込んでいたことがあった。
先生の遠距離攻撃は怖い。

「それにしても今日は満月やしタイミング良かったなー」
「あ、本当ですね。月が綺麗ですね、桜澄さん」
「月は手が届かないとこにあるからな」

「……そういう意図で言ったわけじゃないにしても少し傷つきますね」
「死んでもいいわと返せば良かったか?」
「……」
「ど、どうした。なぜ般若の面をつける……おい……」
「この二人はいつまでも変わらんの一」

「お、今の花火デカかったなー」
「また見に来られたらいいねー」
「そうだね」
花火を見ているとなんだかセンチメンタルな気持ちになるな。
勉強になった。
「お? 今のハンバーグに似てね? 丸いとことか」

人によるのかもしれないな。
「全部丸いだろ」
相変わらず気の抜けた会話をしながら僕たちは花火を眺め続けた。


 次の日から訓練が始まった。
男組は運動系、女組は勉強系だ。
僕たち男組は砂浜に立っていた。

僕とけいは競泳水着にスイミングキャップにゴーグルと完全に泳ぐ格好をしている。
先生とげんじーは普通に遊ぶ感じの水着にサングラスをかけている。

「まずは準備運動だ。いつも通りストレッチしろ。あと昨日のようなこともあるかもしれんから顔を隠すために一応ゴーグルつけとけ」
「曇って何も見えなくなる未来しか見えない」

言われた通りストレッチを終えると
「次は腕立て伏せ五百回、上体起こし五百回、スクワット五百回だ。終わったら走るぞ」
「「はーい」」
「〜四百九十八、四百九十九、五百! 終わりましたー」
「よし。じゃあ俺の後について来い」

ゴーグルが曇っていて見にくいがやっぱりまた目立っている。
海で完全に泳ぐ格好した奴らがひたすら筋トレしたと思ったら急に走り出したのだ。
そりゃ変な目で見られる。

一応人の少ない感じのとこを走っているが、サングラスかけてる厳つい男と、水に入ってもいないのにゴーグルをつけた二人が砂浜を全力疾走している様子を、これまたサングラスをかけた厳ついじじいが腕組みして見守っている。

何だこの状況。
見ている人は、いや泳げよと内心ツッコんでいることだろう。
それにしても砂浜は走り辛いな。
体力には自信があるがこれを長時間はきつい。

その後、三十分くらい走った頃にようやく先生が止まった。
途中ゴークルが曇りまくって前が見えず、こけまくったが曇り止めを塗ったからもう大丈夫だ。
なにはともあれ準備運動が終わった。

次はいよいよ
「よし泳ぐぞ。とりあえず後についてこい。泳ぎかたは何でも構わん」
以前先生に市民プールに連れて行かれて叩き込まれたから泳ぎかたは分かる。
だが波のないプールと海ではやはり違う。
これは油断したらやばいかもしれない。

それに先生は爆速で泳ぐからついていくのが大変だ。
呼吸をしようと顔を上げるたびに口に水が入りそうになる。
海が嫌いになりそうだ。
先生はバタフライで泳いでいる。
信じられない。
この人どうかしてるんじゃないか?


 二時間後、訓練が終わった。
意味が分からないくらいダルいし眠い。
泳いでいる時に眠くなった時はもうダメかと思った。
ずっと泳いでいると呼吸の仕方や自分が今何をしているのかさえ忘れ意識が飛びそうになった。

あー疲れた。
けいはクールダウンだと言って平泳ぎでスイスイ泳いでいる。
体力オバケはどっちだって話だ。
クタクタになってフラフラよろけながら旅館に帰ってるとトイレに行きたくなった。
「ちょっと厠行ってくる。そこの公園」
「便所でいいだろ。分かった。先帰ってるぞ」


 公園には天姉と見知らぬ男が数人いた。
しかも男たちは天姉に攻撃している。
何があったのだろうか。
とりあえずトイレ行くか。

……トイレから戻ってもまだやってる。
一応見守っとくか。
いざとなれば男側に加勢しよう。
「ほらほらどうしたのかね。まだ私は拳を握ってすらいないよ?」
「クソッ!! なんだこいつ!」
「君たちから喧嘩売ってきたんじゃない。ホラホラ頑張れ〜。か弱い女の子相手に格好悪いぞ~」
「う、うわぁ! グハァ!」

「よし! 全員倒したかな? この人たちが弱いのか私が強いのかよく分からんな。ん? あれ恭介じゃんどうしたの?」
「こっちのセリフだよ。何? 喧嘩売られたの?」
「そうなの〜。ゆずの勉強会が終わったから散歩してたらなんか急に声かけられてね。無視してたら肩掴まれたからチョップしたら喧嘩になっちゃった」

「んーじゃあ天姉が悪いとも言えんか。まーいいや。とっととずらかろう。ん? えい」
「ブへー!」
「あー! 顔蹴ったら可哀想でしょ? あーもう鼻血出てんじゃんこの人」
「ごめんて。いやでもこの人天姉の髪掴もうとしてたよ」
「んー不意打ちであることも考えれば同情の余地はないか。んじゃ手当てはしない! よくやった恭介! ずらかるぞ!」
「切り替え早いな。まーいいや。帰るか」


 次の日、同じ内容の訓練を終え旅館に戻る途中またしても催した。
「厠」
「おう。先帰ってるぞ」
どうも泳いだ後はトイレに行きたくなってしまう。
体温が下がるからだろうか。

そして昨日の公園に着いたのだが今度は見知らぬ女の子が蹲っていた。
同年代くらいだろうか。
足を手で押さえている。

「どうしたの? 怪我?」
「え? あ、はい。滑り台で勢い余って地面に突っ込んで擦りむいたんです。……マヌケだなって思ってますよね。すごく顔に出てますよ」
「ごめん。表情に出したつもりはなかったんだけど。とりあえずそこの水飲み場で傷を洗おうか」

「はい。あの、痛いんで肩貸してください。……嫌だなって顔に書いてますよ。分かりやすいですねあなた」
「えー。いいよ」

傷を洗った後ガーゼを貼ってテープで止めた。
「……いや準備良すぎませんか? え? 普段から医療キット持ち歩いてるんですか? 変わってますね」
「怪我することが結構あるからね。持ち歩いてるんだよ」
先生の訓練はいつ怪我してもおかしくないものばかりなのだ。
「はぁ。てっきり女子力高い感じの人なのかと思いました」
「君もかなり変な人だと思うけどね。間抜けだし」

「おいこら。なんで行動は優しいのにデリカシーがないんですか。でもまぁ……手当てしてくれてありがとうございます。……あの私は水野桜といいます」
「いや訊いてないけど。なんで急に名乗るの? 怖」

「え!? 今から知り合いになる感じの流れじゃないんですか!? いいからあなたの名前も教えてくださいよ」
「ジョン・スミスだ」
「なるほど。キョンさんとお呼びしますね!」
「もうなんでもいいよ。じゃあね。お大事に」
「え!? 家まで送ってくれるんじゃないんですか!?」

「君図々しいな」
「もっとオブラートに包んでくださいよ。いやでも本当に歩けないんですよ。近くまででいいのでおぶってください。……いややっぱ肩貸すだけでいいですからその顔やめてください」
どうやら旅館の方向らしいから渋々送ることにした。

あんまり人と関わるとリスキーなんだけどなー。
自分から首突っ込んだことだし自業自得か。
いい事したつもりだったんだけどな。
塞翁が馬ってことか。
……こんなこと言ってたら先生に怒られそうだな。

「どんだけ嫌なんですか。顔すごいことになってますよ」
「人の顔色うかがうのが上手だね」
「私に皮肉は通じませんよ。フフン」
「憎たらしいな」

「ハハ褒め言葉として受け取っておきますよ」
「伝わってるのに通じないとか本当厄介だな。君高校生くらいだろ? 女子高生ってみんな君みたいに面倒臭い奴ばかりなの?」
「いえ? 私が特別面倒臭いってかんじ〜? みたいな?」
「いきなり女子高生っぽくなったな」

「っていうかオブラートに包んでくださいってば。もうデリカシーって呼びますよ。それか矛盾」
「人の呼称とは思えないな。なんで矛盾?」
「優しいのにデリカシーがないからですよ」
「僕は別に優しいわけじゃないしデリカシーもある。単に君のことが苦手なだけ」

「嫌いになりますよそんなこと言ってると」
「脅しになってないよ。そんなの君の勝手だろ」
「もうツンデレだと思うことにします」

「ちくしょう中々手強いな君。全然めげないしょげない挫けない。僕結構酷いこと言ってるよ?」
「私はしたたかな女なんですよ。ハハハ」
「妖怪みたいだな」
「さ、さすがに失礼じゃないですか?」

「あ、ごめん。そういやどこまで歩くの?」
「ん? あーこの辺で大丈夫です。ありがとうございました」
「じゃあね。気をつけて帰りなよ」
「はい。それではまたお会いしましょう」

変な子だったな。
しかしあれだけ絡んでくるということは、そういうことかもしれないな。
そのうちまた会うことになるかもしれない。
一応警戒しておこう。


 数日後、帰ることにした僕たちはまたあの女将と対面していた。
「……」
「フフ。そんなに警戒なさらないでください。実は、私はもう小野寺家の人間じゃないんですよ」
「……え? えぇ!? 先輩辞めたんですか!?」

「そうなの。昔からなんとなくおかしな家だとは思っていたんだけどね。あなたたちのことがあって、辞める決意をしたの。あ、誤解しないでね? あなたたちのせいだとか言っているわけではないのよ。あのことがあってからあの家はいよいよおかしくなって危ないと感じたのよ。私は自分の身を守るために辞めたの。可愛い娘もいるしね」

「そうだったんですね。使用人の間でお料理の水野だとかお掃除の水野だとか崇められていた先輩が旅館の女将になっていただなんて。てっきり私たちを捜すために全国に散りばめられた使用人の仮の姿としてやっているのかと思っていました」

「私にそんな二つ名があったとは……。いやそんなことより冗談のつもりかもしれないけどあながち間違いでもないかもしれないわよ。小野寺家の監視の目がどこにあるか分からない。気をつけなさい」
「はい。気をつけます」

「申し訳ないけれど私はあなたたちの味方をすることはできない。小野寺家を敵に回すことになるからね。でも元同僚のよしみで少しだけ教えてあげる。奥様はともかく旦那様は……言葉を選ばず言うなら子供だからね。桜澄さんのことは例外的に見逃していたけれど、基本的に人が自分の思い通りにならないのは許せない方なのは知っているでしょう? そして今も多分まだあなたたちに怒っている。見つかったら何をされるか分からない。……これは言うべきか迷うけれど、一応伝えておくわね。その子たち三人の親は……口封じのために殺されているわ」

……何でだろう。
僕は父と離れることが怖くて、それで先生に反抗したようなこともあったはずだ。
それなのに今、何も感じることができない。

元々父が死んでも悲しめる自信はなかったが、それでも何か思うことがあるだろうと思っていた。
この例えで伝わるかは分かんないけど、例えば親友が引っ越すか親友が死ぬか、だったら多分僕は引っ越して会えなくなる方が悲しいと思う。

言ったかもしれないが僕はどうにもならないことに対する諦めが異常に早い。

だから僕は父の死を知ったというのに
「へぇー」
と気の抜けた声しか出なかった。
「ふーん」
「ほーん」
天姉とけいも同じような反応をした。

その様子を見た女将の水野さんは酷く辛そうな顔をした。
この人も親らしいし、何か思うところがあるのだろう。

それにしても
「すみません。あなたの苗字は水野でいいんですよね? もしかして娘さんって」
「ただいま帰りました! あれ? 恭介さんお帰りですか? ありゃ。私はただいまであなたはお帰りとはなんか面白いですね。ハハハ」
やっぱりこの子か。

しかも
「いや本名知ってるじゃん。やっぱりこっちのこと最初から把握してたな?」
「お、気づいてましたか。まーでもあれはたまたま怪我してたとこにあなたが来たんですよ」
「ヘぇー」

「あ、初めましてみなさん。私はポジティブです! ポジティブがこうじてエレベーターに乗っても上にしかいかないくらいです! 名前は水野桜です」
「自己紹介順番おかしいだろ」

「私はエレベーターに乗って何階ですか? って訊かれた時、何階でもいいですよ!! って答えるような変人です! あ、名前は白石天音」
「気が合いそうですね! イェーイ!」
「イェーイ!」

「ところで、今から家にお帰りになるんですよね? もしよろしければお供させてくださいませんか?」
「こら桜! 何を言っているの?」
「いやーこの通り私は変わり者ですから夏休みを一緒に過ごす友達なんかがいないわけでして。それに恭介さんにお礼もしたいですし」

「ふーん。ん? どしたのみんな。なんでニヤニヤしてるの? やめて天姉。つつかないで。っていうかいいんですか? 先生次第だと思いますけど」
「ん。俺は構わん」
「あっさりしてますね。まーうちじゃ悪さを働くことはできないと思うけど」
「ほーう? そういわれると燃えますね!」
「カリギュラ効果やめろ」


 とにかく桜も一緒に帰ることになった。
「それでは先輩、お元気で」
「結輝もね。みなさん、桜をお願いします」
「ありがとうございました」
こうして僕たちは家に帰ることになった。

すごく疲れた。
しばらく筋肉痛に悩まされそうだ。
それにしても色々あった気がする。
いつもは遠出したとしてもただ訓練をして帰るだけなのに今回は他人と関わることが多かった。

でも改めて互いの気持ちを確かめることができたと思う。
先生が色々悩んでいることはなんとなく気がついていたけどあんなに詳しく自分のことを話してくれたのは初めてだ。
なんだかんだ結構楽しかったな。

しおり