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家族の話

「お前たちを誘拐する前、つまり七年以上前の話だ。まずは俺とゆずの関係から話そうか」


 俺の生まれた家は使用人を雇うくらいには裕福だった。

幼い頃から俺の世話を焼いてくれたのがゆずだ。
世話を焼いてくれていたといっても同じ年齢だから友達のように親しくしていた。

俺の親は俺を甘やかそうとし、俺はそれを嫌った。
俺はこの家にいては成長することはできないと判断し、ある時一人で家を飛び出した。

そして師匠に弟子入りした。
何年か経ったある日、俺の元に家族から連絡があった。

内容は
「お前がうちを継ぐ気がないことは分かっている。お前が結婚する気がないこともな。だがこのままでは後継者がいない。そこで、養子を迎え入れるのはどうだろうかという話になった。もちろん私たちが育てる。お前には建前だけ父親になってもらいたい。一度でいいから、うちに帰ってきて話し合いをさせてはくれないだろうか?」
といったものだった。

師匠に相談すると、一度帰れと言われ、俺は実家に帰った。


 うちに帰るとわざとらしいほどに手厚く迎え入れられた。

そこには久しく会っていなかったゆずが立派な使用人として成長した姿もあった。

そして父から改めて相談された。
俺はいまいちピンとこなくて、養子はどうやって選ぶつもりなのか質問した。

父は、待ってましたといわんばかりに嬉しそうな顔をして使用人に何かを耳打ちした。

ほどなくして、二人の男と一人の女がやってきた。

三人とも競うように足早に俺に近づいてきて子供の映った写真を見せて
「うちの子をぜひ!」
「いやうちの子を!」
と言ってきた。

三人に詰め寄られ困惑していると、父は
「こちらの方々はわけあって自分の子供を養子に出してもいいと言ってくださっているんだ」
と満足気に説明してきた。

ひとまず三人を落ち着かせ写真を一枚ずつみる。

三人の子供に共通していることは、この写真のためだけに着たような不自然にきれいな服装、そして貼りつけたような笑顔だった。

俺は写真を差し出し、こちらに期待するような目を向けてくる三人の気色悪い笑顔を見て、はらわたが煮えくり返っていた。

こいつらは自分の子を売ったんだ。

「……いくらだ?」
「え?」

「子供が養子に選ばれたらいくら払うって言われてるんだ? 答えろ」
「え……いや……」

「答えろ!!」

俺は机を蹴り飛ばして

「ふざけるな! 子供をなんだと思ってるんだ!」

子供のようにそう叫び、引き留める声を無視して家を飛び出した。

その後をゆずが追いかけてきたんだ。


「察してると思うが、そいつら三人はお前たちの親だ。それから俺はゆずと共にお前たちを誘拐する計画を立て、実行した。それ以来うちの連中との関係は冷めている。この旅館の女将は小野寺家の使用人だった人だ。ここには偶然来たが、やはりお前たちのことは把握されていた。うちの連中は俺のことを恨んでいる。なにかしら危害を加えてくるかもしれん。……あの時お前たちを連れ出したのは間違いだったのか? 俺にはこれからどうやってお前たちを守っていけばいいのか分からない」

「私は間違いだとは思いません。ああすることが正しかったんですよ」

「しかし……ゆずにもどうしようもないほど迷惑をかけている」
「勝手に私があなたについてきたんです」

「……俺が誘拐犯として捕まれば、俺はお前たちに対して何の責任も取れなくなる。それだけは駄目だ」

そう言って先生は下を向いてしまった。

正直に言えば、先生のあの時の行動が正しかったのか僕には分からない。

当時の僕にとって何が最善だったのだろうか。


 僕の父親は乱暴な人だった。

気に入らないことがあれば僕を殴り、機嫌次第で僕を罵った。

そんな様を母は静かに見ているだけだった。


 ある日、母が消えた。
黙って行方を眩ませたのだ。

父は深く悲しみ、そして怒った。
その矛先は言うまでもなく僕に向けられる。

いつもと違うのは僕を睨みつけた後、台所に向かったことだ。

カチャカチャと金属音が聞こえる。
危機を察した僕は逃げようとしたが遅かった。
髪を掴み上げられ壁際に押しやられる。

泣きながら謝る僕の言葉は父の耳には届いていない。
目を血走らせながら
「お前のせいで出て行った! 殺してやる!」
と叫んでいる。

包丁を喉につきつけられたところでチャイムがなった。

父は舌打ちして僕を床に投げ捨てた後、乱暴に頭を掻きむしりながら玄関に向かった。

ドアを開くと、そこには不気味な笑顔を浮かべた男が立っていた。

顔には頬を斜めに横切るような傷跡があり、表情と相まって気味が悪かった。

その男は僕を買い取るという話を父に持ち掛けていた。
父はそれをあっさりと承諾した。

それどころか父はそいつに媚びを売り始めた。
僕のセールスポイントを必死になって男に話している。

この時、僕は生まれて初めて父に褒められていた。
それを嬉しいと思っている自分がいることに気づき、自分自身に嫌気がさした。

情けなくて涙が止まらなかった。

そういえば幼い頃、まだ父がああなっておらず普通の家庭だった時に、母の料理を手伝ってすごく母に褒められたことがある。

それが僕が料理を好きになった理由だったはずだ。

そんな環境に身を置いていた僕だが、当時の僕には親がすべてだった。

愛されることなどないと知っていても、捨てられることが、離ればなれになることがとても怖かった。

そして僕を騙して父と引き離した先生のことを恨んだ。

その後の父のことだが、僕がいなくなった後、警察に行方不明届を出したらしい。

もちろん僕の身を案じてのことではない。
父にとって僕を買い取るという話はそれだけ重要なものだったのだろう。

しかし警察は父の態度を不審に思い、近所の住民に聞き込みを行った結果、虐待をしていた疑いがあるとして父に話を聞こうとしたらしいが、父は忽然と姿を消したらしい。

父がどこに行ったのかは分からない。


 けいの父親はギャンブルに依存していて常に金欠だったらしい。

けいの食事は父の食べ残しだったそうだ。
母は別居していた。

あまりの空腹に町を徘徊してゴミを漁ったりしていたが、父は気にも留めなかったらしい。

そんな中、父が死んだ。
交通事故だ。

そして葬式にあの男は現れた。
僕の時と同じように、けいを買い取ることをけいの母に持ちかけたらしい。
けいの母はその話を受けた。

父が死んだことで母と暮らすということで話はまとまっていたのだが、母はけいに父親の面影をみて嫌った。
家に入れることすらしようとしなかった。

けいは家の周りをふらふら歩くことしかできなかった。
たまにプレートにご飯が乗せられて置かれた。
外飼いのペットのように扱われていた。


 先生が誘拐に行ったとき先生はけいに名前を訊いたが、けいは知らないと答えた。

名前を呼ばれたことがないから分からない。
苗字も分からないと言った。

先生はけいを抱きかかえた。
「お前……軽いな。……けい、はどうだ?」
「名前のこと?」
「そうだ」
「うん。……何でもいいよ。そんなことどうでもいい」

軽いからけい、とはなんとも適当なネーミングだ。
もしかしなくてもけいのネーミングセンスは先生譲りだろう。

けいにとって先生はどういった存在なのだろうか。


 最後は天姉の話だ。
天姉には妹がいたらしい。

もちろん日向のことではなく、血の繋がった実の妹のことだ。

天姉の母は、天姉の父が行方を眩ませてから精神的に不安定になっていた。

天姉や妹に暴カを振るっては泣きながら謝る。
そんな毎日で天姉は少しずつ心が壊れていった。

それでも笑顔を絶やさなかったのは妹がいたからだ。
「この子までおかしくなってしまったら、私は狂ってしまう」
妹だけが心の支えだった。


 その日はお母さんの誕生日だった。
私と妹はなんとかお母さんを喜ばせようと、少ないお小遣いを出し合って小さなケーキを買った。

サプライズで喜ばせようと二人でドキドキしながら帰りを待った。

夜中、ついにお母さんが帰ってきた。
私たちは緊張しながら二人で駆け寄った。

「「お母さん!」」
「……うるさい」

お母さんは酷く冷たい目をしてそう言った。
いつもよりも疲れているようだった。

お母さんは一人で何かブツブツと呟き始めた。
「毎日毎日こんな夜中までくたくたになるまで働いて、いったい何のために私は生きているの? ……誰のせいでこうなった? 決まってる。あの男だ。あの男が私たちを置いて出ていったから! あの男がっ!」
「お、母さ……」
私の声など聞こえていないようだった。

「大体私は今日誕生日なのよ? こんな日にまでこんな時間までっ……。昔はこうじゃなかった。あの人が祝ってくれたんだ。みんなでお祝いして楽しかったのに……あんなに優しかったのにっ!」
お母さんの目から色が消えていく。

「どうして! どうしてどうしてどうして……分かってるわよ。どうせ私が悪いんでしょ? 全部私のせいよ! そうよね!!」
お母さんと今日初めて目が合った。
私は何も言えなかった。

「どうせあなたたちも私のことなんてどうでもいいと思ってるんでしょ! もういいわよ!」

お母さんが妹を引っ叩いた。
普段ろくな物を食べていない妹の痩せ細った体は大きく吹き飛ばされ、机の角に頭を強くぶつけた。

「あ……あぁ……」
頭から血を流して倒れる妹に対して私はまた何も言えなかった。

「あ……ち、違うの! こんなつもりじゃ……あぁ……」
お母さんは力なく床にへたり込んだ。
私もお母さんも目の前で死んでいく妹を前に何もできなかった。
脳が現実だと認識しなかった。

……しばらく放心状態だったお母さんの虚ろな目が私と妹が買ってきたケーキを捉えた。
お母さんはゆっくりと立ち上がってケーキに歩み寄ると、慎重な手つきで持ち上げた。
「これ……あなたたちが……?」
「……うん」

お母さんは何年ぶりか思い出せないほど久しぶりに穏やかな笑顔を浮かべ
「……そう」
と呟いた。

気がつくとお母さんは包丁を手に持っていた。
「待っ!」
「ケーキ。とっても嬉しかったわ」
そう言って首を切った。

「あ……」
涙と血を流し、命が枯れていくお母さんを見ても、やっぱり私は何も言えなかった。


 お母さんと妹が死んだ次の週に私の前に父親が現れた。

「久しぶりだな〜。あいつ死んだんだろ? 俺がお前の面倒見てやるよー」

そして私は父と暮らすことになった。
こいつは酒を飲んでばかりで、私に対してはゴミと同じくらいの認識しか持っていなかった。

たまに口をきいたと思ったらお母さんの悪口だ。

そしてしばらく経ったある日、ずいぶんと不機嫌な様子で帰ってきた。

「クソ! 舐めやがってあいつら! ……あ? 何見てんだよ。身寄りのないお前をここに住まわせてやってるんだぞ! 文句あんのかよ? あ?」

その日からあいつは私に暴力を振るうようになった。
妹が死んだ時点ですでに心が壊れていた私はすべてを諦め、もうどうでもいいと自暴自棄になっていたが、体は勝手に震え出す。

あいつが部屋の鍵を開ける音がトラウマになった。

そんな日々を過ごしていたある日、あの男が現れた。
男は私を買い取ると父に伝えた。
父は二つ返事で承諾した。

そして何日か後に桜澄さんが私を誘拐しに来た。
投げやりになっていた私は黙ってついていくことにした。


 これが当時の僕たちだ。
けいと天姉はともかく、僕はかなり先生に反抗した。

多分当時の僕はなんでもいいから怒りをぶつける先が欲しかったのだ。
けいや天姉とも衝突することが多かった。

しかし時間が経ち、冷静に過去のことを振り返れるようになると、先生の立場に立って考えてみるようになると、先生のことを恨む気持ちは薄れていった。
何度もけいと天姉と話し合った。

先生のとった行動が最善だったのかは分からない。
けど、
「……僕たちのことを鍛えてくれているのは、こういうことになる可能性も考えていたからですよね? 自分の身は自分で守れるように」

「……そうだ」
先生は下を向いたまま答えた。

「……やっぱり先生は良い人だよ」

僕の言葉を聞いて先生は顔を上げたが、目を合わせることはなかった。

「そんなことはない。俺は善意でお前たちを連れ出したわけじゃないんだ。ただ……金さえ出せばなんでも思い通りになると思っている自分勝手でわがままな小野寺家と、子供を金儲けの道具のように扱うお前たちの親が許せなかっただけだ。俺がしたいことをしただけなんだよ」

視線を落とした先生に対して天姉が言った。
「私は善意で動くような人間信じられないなー。人の善意なんて私は見たことがない。私は桜澄さんみたいに私たちのために動いてくれる人を信じます」
「自分のためだ」

「同じことですよ。結局私たちは救われてる。たとえ桜澄さんが自分のためにしたことだろうが、私たちのためにしたことだろうが、桜澄さんが善人だろうが悪人だろうがそんなことは関係ない」
「……」

けいも先生を励ますように付け加えた。
「それに僕たちをどう守ったらいいか分からないとか言うけど、僕たち結構強くなりましたよ? 他でもない先生が鍛えてくれましたからね。まだまだ先生には及ばないかもしれないけど。それでも、もし小野寺家の人がなんか危害を加えようとしてきても自分の身は自分で守れる程度の力はあると思いますよ。だから大丈夫だって」
「……」

先生はまだ納得できていないようだ。
僕は、今までずっと思っていたことを話してみることにした。

「僕は昔、先生を恨んでいました」
「……俺は恭介から父親を奪った。恭介には俺を恨む権利がある」

「そうかもしれませんね。でも、今は感謝してます。……昔、ずっと考えてたんですよ。先生が僕たちを連れ出した理由を。当時は偽善者なんだと思いました。正義面して僕たちのことなんか何も考えていないんだって。でも……今こんなに悩んでる先生を見て、今まで先生を見てきて、そしてさっきの先生の言葉を聞いて、分かりました。先生はきっと良い人なんですよ。善人でも偽善者でもないくせに良い人なんです。これからもついていきたいと思いました。前を向いて、僕たちを誘拐した責任をとってくれませんか?」

「……あぁ。分かった」
先生はぎこちない笑顔を見せた。

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