232 公爵緊急会議①/公爵長イブン
「やれやれ、大変なことになりましたなぁ」
アブドが呑気な調子で言った。
席に座って、背もたれに身を預けて、ささやき合っている公爵達と、明らかに雰囲気が違っている。
「アブドくん!そんな態度で言える問題ではないぞ!」
周りから声が飛ぶ。
「国内にとうとう、ジンを入れてしまったんだぞ!」
「しかも出現場所が、ムスタファくんの公宮だというじゃないか!」
「市街地どころか、我々の居住地にまでもう……!」
「分かっているのかね!この状況が!」
「この重大さを、認識しているのかね!」
ずっとニヤニヤしながら、アブドは公爵達の声を聞いている。
しかし突然、真顔になって言った。
「でも、入ってしまったものは、仕方ないでしょう」
さらに、アブドは皆を指差した。
「な、なに指差しているのかね……」
「分からないですか?ジンは、真の姿で人間の前には現れないのですよ」
「なにが言いたいのかね!ハッキリ言いたまえ!」
「この集まった公爵の中に、もう、ジンがいるかもしれないではないですか」
「!」
全員の顔に、一気に緊張が走った。
「いや、私は……」
「そういえば、君……」
「い、いや、違う!」
場が混乱し出した。
そんな中、アブドは途中から、先ほどからやっかみ半分な調子でアブドに野次を飛ばしていた、灰色のクーフィーヤを被った公爵をずっと指差していた。
やがて、皆がその公爵に目線が注がれる。
「わ、私ではないぞ!!」
疑われた灰色のクーフィーヤの公爵はやっきになって言うと、白装束の服の袖をまくった。
太い腕を前に差し出す。
「き、傷つけてみたまえ!!私は、ジンではない!!」
「ほう?」
「アブド、もう、いい加減にするんだ」
テーブルの中央付近から声がした。
「いたずらに、不安を煽るような発言は、関心しない」
黄色いクーフィーヤに、青い瞳。ルナの父親、ムスタファだった。
「……」
アブドは何も言わず、笑顔で指差した手をおさめた。
「我々が、冷静にならないで、どうするのです」
ムスタファは落ち着いた口調で、皆に言った。
「ムスタファくんの、言うとおり」
ここまでずっと口を閉ざしていた、皆を見渡すことができるテーブルの短い部分に座っていた、老練な公爵が口を開いた。
銀色のクーフィーヤは外しており、広い額にオールバックの白髪。琥珀色の目が光る顔には、品格のあるしわが刻まれている。
「イブン公爵長……」
混乱が止んだ。皆、話すのを止め、公爵長イブンを見た。
イブンは、一言言ったのみで、皆を見渡し、両手を差し出した。続けるように、との意だ。
「まず、状況を整理しましょう」
ムスタファが、再び口を開いた。