ドサどやに紛れて。
世界がこうなってから連戦に継ぐ連戦が当たり前となりつつある事に、さすがの均次も危機感をおぼえていた。
なので才子と朝風呂を共にした後はどこにも出掛けず、仲間達を集め、昨日の探索についての報告も兼ねて今後どうするか相談する事にした。
相談する中では
キヌと才子と密呼が山中で何を採取し、それがどれ程自生していたかを聞いて驚いたり、
鬼怒守義介と大家香澄に頼んでいた事が順調の内に終わったか確認したり、
自身も昨日探索した記憶を頼りにまだ一階層だけとはいえダンジョンの地図を作成したり、
他にも様々な要項を書き留めた資料を作成して提出したり、
不用意に歩いていたヌエがお茶をこぼしてそれら資料を台無しにしたり、
今度こそ怒髪天を衝いたけど無理矢理に我慢して作り直したりと、
外出しないならしないで結局は精力的に動いていると、外はすっかり夜になっており。
今は場所を変え、鬼怒恵村の公民館にいる。
そこには鬼怒恵村に住む全ての人々が集まっていた。それは老若男女を問わず、いや、人にもよらず飼い犬や飼い猫までの全てがだ。
まだチュートリアルダンジョンが消滅していないのにこうして全員が外出出来たのは、既に七つの試練を経験しステータスを得ているからであり。
それをするのに怖がっていた村人も含む全員を教導したのは、義介と香澄なのであり、彼らが均次に頼まれていたのはこれだった。
こんな事をわざわざ頼んだのは、例の裏技をシステムに睨まれない範囲で利用し、各試練を突破させるためだった。
お陰で全員、中々良いステータスを得ている。と、言葉にすると簡単だが、二人がかりでも二日かかっている。
ちなみに試練を受けるには13歳以上が資格となるのだが、この村に住む子供達は年長組でもそれに達していなかった。
なので彼らは寝ている間に自宅から連れ出されている。餓鬼の脅威が去り、夜も遅く寝ていたとはいえ、家の中に残すのは心配だったし、可哀想だったからだ。
こうしてやっと外に出られた事と、しばらくぶりに感じるご近所との再会に子供達は大はしゃぎだ。大人達もそれに釣られて普段より騒々しく交流を再開していて──そんな馴染みある面々の騒がしくも無事な様子に目を細め、
「みな、集まってくれたようじゃの」
と言った義介には、多くの質問が寄せられた。
『あの化物は何だったのか、』
『もう危険は去ったのか、』
『何故、通信網の全てが途絶えたのか、』
『警察は何をしているのか、』
『軍隊は何をしているのか、』
『政府からの公表は何かあったか、』
『村の外は今、どうなっているのか、』
『畑が荒らされていたが誰がやった?』
『そうそう、あちこち踏み荒らされて…』
『血だらけになってるところまである、』
『化物の身体の一部が…腰が抜けたぞ…』
『一体誰が?責任を取らせる!』
等々…後半は先祖伝来継承された大事な田畑の被害に関するばかりとなったが、それは全部、
『餓鬼が原因だ』
の一言で一蹴した。
(まあ、嘘ではないしの)
餓鬼を駆逐するために車で乗り入れた事から始まり、人並み外れた踏み込みで爆ぜさせるが如く踏み荒らしたり、餓鬼を倒す際に切り刻んで突き殺して撲殺しながら爆殺するという…被害の殆んどは均次の特殊過ぎる戦闘技能が原因だったのだが。
先日の件に対する謝罪と感謝も兼ね、義介は隠蔽する方針を取っている。
因みになるべく状態のいい餓鬼の死体を血抜きして、肝臓を抜き取って冷凍保存しておくよう頼まれたりしたのだが…
(…あれは何のためなんかのう…均次は『後で使うから』と言っておったが…)
このように、均次の言動はどれも突拍子がなく、読めたものじゃない。従うならそれなりの覚悟が必要だ。
荒事に慣れた義介ですらそうだった。一時は見極めを誤り、疑惑を向けて大恩あるこの若者を殺してしまうところであった。
義介は想う…この経験を無駄にしてはいけないと。
実際に、どうだ。
平均次…彼の突拍子のない行動は、これ以上ない結果を残しているではないか。
村民の誰欠けることなくここに集まっているのがその証拠。
あれ程の騒動であったのに一人の死者…どころか怪我人すら出しておらず、各所帯の家財の被害も極軽微…いゃ、まぁ、それに田畑の事まで含まれてしまうと被害なしとは言えないが…、村人の命を思えばそれぐらいの対価は些事とするしかないだろう。
だから何も聞かず、均次の言う通りに…いや、むしろ便宜を図るべきだと決意しながら、義介は司会進行を続けるのだった。
「皆がそうやって動揺するのは仕方のない事じゃ。だがこんな苦境だからこそ、力を合わせるしかない。そうじゃろう?」
これには皆も頷くしかなかった。現実にモンスターを見て、その元凶であるダンジョンという存在まで聞いてしまえば。
しかも村の外はそのダンジョンによってここと比べものにならない程の被害を被っており、その機に乗じて犯罪が横行する無法地帯となっていると聞けば尚更だった。
かといって何をすればいいか分からない。
それでも皆で力を合わせる必要がある事ぐらいは分かっているようで。
『では、何から始めればいい?』
という賢明な誰かの質問に対し、待ってましたとばかりに義介は、
「それなんじゃがの、そこにおる小僧、彼をアドバイザーとして迎え入れようと思っとる」
そう。ここぞとばかりに平均次を紹介しようとした…のだが。
紹介された側の均次はと言えば。
「………はぁ?」
これ以上なく目を見開き、まっっったく聞いてないんですがっ!?という顔を……当然だ。これは打ち合わせにない進行なのだから。
義介としては今後の活動を思うと、この若者にはリーダーとなってこの村を引っ張ってもらうのが理想的。
しかしこの閉鎖的な村にとって厳然たるよそ者である事は均次も分かっていて、力になるのは構わないが、リーダーには義介を立てたいと言って譲らない。
(…まぁ、別にそれはそれでかまわんのじゃが…)
…それだと均次にいちいちお伺いを立てる義介を見て、いらぬ疑心を抱く者だって現れるかもしれない。
他の村はどうか分からないが、発祥が発祥であるので、この土地はおおらかであるのは確かだが、均次が言い当てた通り閉鎖的というか、厳しい面も確かにある。
素性が明らかでない…というか、素性を明らかにしようもない世界となった今、よく分からない者へ向ける視線は、より一層厳しいものとなるはずだ。
(それは、、わしも一度やらかした事じゃしの…)
それを繰り返さないために、かつ、これをいい機会として均次には確固たる立場を築いてもらう──義介にはそんな思惑があったのだが…。
「え と…、その…あの…あー…あれ?…あのでふね、うっ、噛んじまったすみませ──(なんで俺がこんなブツブツブツ…)」
と、このように。
肝心の均次が何も言えないのはどうした事か。いや、何か言おうとしているのだろうが噛んで言えなくなって、また何か言おうとしてまた噛んで…というループ地獄に陥って。
…義介は、知らなかったのだ。
この平均次という男が、親しい間柄、もしくはその逆の敵…という、分かりやすい関係性でなければ、気を回し過ぎて極度のコミュ障を発症するという事を。
つまりはこんな…自分を知らない大勢の人々の前でスピーチなど言語道断である事を。
初対面であるはずの義介を気安く『義介さん』と呼び、それなりにコミュニケーションが取れていたのだって、前世の記憶があったればこそ…という事も。
こうなると『聞いてないよ』は義介の方だった。
「(名前じゃ、ま ず は な ま え じゃろうがっ、この馬鹿者っ!)」
と口パクでアシストしようとするも均次は緊張のせいでうつむいたまま。こちらを見ようともしない。
(ぬう、これは、どうしたものか…っ)
このままでは逆効果に…と村人達を見てみれば、
「へっ、なんだあれ、大丈夫かアイツ?」
「ぷふ、ちょっ、失礼でしょw」
と言いながら軽視し始める元ヤン若夫婦がいたり、
「なんじゃぁ、覇気がないのぅ~」
「まぁまぁ、まだ若いんですから…」
と孫を見守る感じの熟年夫婦がいたり。
思った通りだ。逆効果となっていた。
(ぬぉ~!!何をやっとるんじゃ均次っ!ご先祖様と相対した時に見せたあのっ、漲る闘志はどこにやったのじゃぁっ!?)
と念を送ってみるも、
「ぇ、ぇえっと、そのぅ~…」
この義介をして瞠目せざるを得なかったあの存在感は…みる影もなく。こんな体たらくでは、彼の真価が伝わるはずもなく。
あーしまったー。間違えたー。と義介まで焦り出した、その時。
「 今すぐ黙るといい。…愚民ども。 」
均次の前に立ち、そう言い放ったのはあの恐ろしい娘。大家香澄。
(ぐぅぅぅ──!?そ れはいかん…ぞッ)
一度経験した義介にはいやと言うほど分かった。
彼女から並々ならぬ殺気が放たれている事が。
それも、止める事すら許してもらえない激烈に過ぎる殺気だ。
突然現れて、しかも見た目少女が何を言い出すか!と場は一瞬だけ騒然となったが、荒事に関して素人であるはずの村人達にもその殺気は、段々と重さと苛烈さを増してのし掛かり…
「くは、か…っ、なんだこれ…ぅぷ」
「いた…?胸…?痛ぃ…」
とまずは均次を軽視した元ヤン夫が呼吸困難を起こし、その妻は心肺からの痛みを訴え、
「はっ…なんじゃぁ、死んだ父ちゃん母ちゃんが川向こうに…」
「あなた?逝くのはまだ早い……って、実は私もですよ。なんだったのかしら…?」
と均次を頼りない孫扱いした熟年夫婦は三途の川を渡りかけ、
「ふぅーっ、うんぎゃぁぁぁぁぁぁあん、ふわぁぁぁぁあああん」
と強制的に目覚めさせられた赤ん坊が泣き始め、それに釣られて、
「うわーん、怖いよぅー~」
「えーん、えーん、」
「なん、ふぐ、びぇーん、」
と子供達まで一斉に泣き始め、
「きゅーんきゅーんきゅーん…」
「ひゃんひゃんひゃんひゃんひゃん…」
「ッシャーっ!しゃ…んにゃぁぁ…っ」
と犬猫までも不安そうに鳴き始め、
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶなんまん──」
「天にまします我らが神よどうかお怒りをお鎮めくださ──」
と老人達は各々が信ずる神仏に救いを求め、
「ぉ──ぃ、大 家、嬢…、やり、過ぎ、だ…ッ」
「香 澄さ、ん?待って、やめて、これ以上は──」
と造屋兄妹まで苦しみながらも止めようとするも、それは叶わず。
──ただ一人。
さっきまでしどろもどろだったあの若者だけが、平然と──
「そのー…なんて言いましょうか…」
──変わらずの…しどろもどろ?いや、そうじゃないよ均次くん!
「…って…おいおいおいおい…っ!」
いや暢気か!と義介と才蔵と才子がそれぞれの心うちでハモる中、
「コラっ、何やってんです何を」
「ぁぅ、」
あの頼りなさそうな若者が、周囲の異変にようやく気付き、あの最凶女子の後頭部に…実に気安く、軽いチョップをかましたではないか。
「…だって均次くん すごく 頑張った。なのに…」「だからって大家さん…まったくもぅ…」
香澄がグズり、均次が戸惑い、村人全員がどん引く中、、義介だけが思っていた。
『それは、確かに』
均次は救いたいと思う人々のために餓鬼ダンジョンに挑んだ。しかも単身で。
それは彼でも予期しえない…命を幾つ賭けても足りないほどの死闘となった。
それでも彼は打ち勝った。しかもその強敵を味方にまでした。
その結果、間接的にだが見事、この村を救ってくれた。
そうだ。彼には、多大な恩がある。
なのにそれを知らなかったとはいえ、今の村人達の対応はいただけなかった。
それでも、均次の見解は違っていて。
『そうしたいから勝手にやった』そう言って譲らない。
第一に想っていたのは大家香澄、造屋才蔵、才子、鬼怒守義介の四人を救う事であり、村人達の安否はあくまでのついででしかなかったのだと。
何らかの謝礼をと言うこちらの言葉にも『そんなついでの行動を手土産に特別扱いしてもらう訳にはいかない』お言って最後まで聞こうとしなかった。
つまり、今の香澄の行為は均次にとって有難いとは想えるけど多いに不当、悪い言い方をすれば、ただのでしゃばり。
そんな事はマルッと分かっている香澄だったが、どうにも我慢がならなかった。
均次が一度死んでからなんとゆーか、歯止めが効かなくなっている。
そんな自覚もあったが後悔はないようだ。均次のチョップを契機にケロッとしている。
まるで何もなかったかのように元の位置に戻って……まあ、ともかく。
(これにて一件落着かの──)
とはならない。というのも、
『にゃんじゃぁ!?今の殺気はぁあっ!?こら人間んん!!!我が村人ににゃんの狼藉を──』
と、キヌが止めるのも構わず、モンチ猫形態を解いた本気モードのヌエが乱入してきたからだ。
村民達がそんなのを見てしまえば、
「「「ええええええええええ!!!」」」
…で済めばいい方で、
「「「きゃああああああああ!!!」」」
…となるのが当然で、
「「「ぎゃあああ化物おおお!!!」」」
…まであった。
そんな阿鼻叫喚もお構い無しな怪獣が、あの頼りない若者を強襲するのを呆然と見ていると、
「……だからお前はいい加減に──」
もっと、凄いものを見る事になってしまった。
「ッ考エテッッ!行動シロヤアァアアアッッッッ!!!!!」
腹の底の底まで響くどころか、打ち据えてくるような恫喝。
どこから取り出したのか分からないがこんな化物相手に頼りなさすぎる木刀を迷わず一閃!
それは巨大猿虎の脳天を目に止まらぬ速度で打ち抜き、全開に開かれた上下の顎を強制的に閉じると同時、
いくつのコマを飛ばしたか分からない速度でその巨大質量を板張りの床に挟み付けたではないかっ!
その威力は素人目にも絶大。粉々となった床材が辺り一面に爆散したッ!
そして巨大猿虎に『ギャフン』ならぬ「にゃふんッ!」と言わせた若者の顔は……
この怪獣に鬱憤でも募らせていたのか。
(はぁぁ…す──ッッきり、したぁー~…)
なにやら…恍惚としており──皆がそれを固唾を飲んで見守る中──ピッ。
飛んだ床の破材が運悪く、村人の一人を傷つけてしまった。
異界化が進んだ影響で床材までも魔力を宿していたのだろう。しかもその破片には均次から暴れ出た『攻』魔力まで乗り移っていたようだ。
通常ならそれもただの魔力に変じて無害になるはずが、そうなる前に、妻を守ろうと前に出て、それがカウンター効果となって……。
その傷ついた人物とは、均次を見て『へっ、なんだあれ、大丈夫かアイツ』…などと軽口を叩いていた元ヤン夫。
ここにいる以上、彼もステータスを獲得している。だから【MPシールド】も発現している。なのでキズは頬に3cmほどと小さかったのは幸い…だったのだが、しかし。
それを見た件の若者は、恍惚から一転。
「…って、あぁっ!?すすすスミマセンっ!だだ、大丈夫ですか!?」
と、これ以上ない狼狽を見せて駆け寄ってきたではないか。
…しかしそれは今さらだった。
『いやいや、どんな低姿勢も今のあれを見せられた後じゃ…っ!だってあれが本性なんですよね?』という感じになっていた。
つまり均次の気遣いは誰の目にも遠回しな圧力にしか見えなかったのだ。なので、
「あ、いや、だ、だだ大丈夫っす、いや、ホント、こんなんは、そう!かすり傷ですんで!ホント気にせんで下さいっ!いや、マジ、頼んますから…っ!困りますからー!(んひいいいいいい!こいつマジこええええ!)」
と、出会ってすぐの交際六年を経て結婚、子ももうけ、育児に四苦八苦している今日まで見た事もない及び腰でシャバそうなあんちゃんの謝罪を遠慮する情けなくも仕方ない感じの元ヤン夫の姿を見て、
(てめ、しゃんとしろっ!…ていうか、ちゃんと許してもらうまで家に入れてやんねぇからなっ!)
…とか、元ヤン妻、思ってそう…と村人全員が思っている中、
「ど、どうじゃ、これが、平均次という若者じゃっ!餓鬼の巣窟を壊滅させたのも、この均次がたったの一人で、やった事なのじゃぁっ!」
と、自身のご先祖まで出汁にした…なんともドヤ苦しい紹介をする義介にすがるようにして、
「「「「お、おおおお…っ」」」」
と、苦しくも飲み込んだらしい村人全員によって平均次とその一党は鬼怒村の住人として…いや、これ以上ない強烈なイメージと共にだったけど。受け入れられた…?のならいいのだけれど。
『まあ、多分、大丈夫なんじゃないか?多分だが』
と、無垢朗太は相変わらずだ。傍観に徹するばかりなのである。