振り返って。
やっと、終わった。
長かった。ツラかった。
それでも俺は、やり遂げた。
そんな『やっと』をしばらく噛み締めた後、よせばいいのに俺は振り返ってしまった。今回の戦いを──
──無数の餓鬼を倒し、ダンジョンへとたどり着き、その中ではさらに無数の餓鬼に囲まれ、しかも閉じ込められた。
どうやらそこは『モンスターの全殲滅』を攻略条件とするダンジョンらしかったがしかし、強くなりすぎてた俺にとって餓鬼殲滅は余裕で可能だった。
と言ってもそれは安心材料とは全くならなかった。スキルの育成を考えれば負荷を得られないその状況は許されない事だったからだ。
まさか窮地でない事が窮地になろうとは。
それでも諦めず着々と餓鬼達を養殖しつつ進化させ、自前で窮地を作り上げ、その負荷を利用する事で遂に、【衝撃魔攻】を進化させる事が出来た。
面倒この上ないプロセスの末にだったが、それは『鬼を倒す』という目標に一歩近付いた瞬間だった。
…と思った矢先にネームドモンスターと遭遇。
──阿修羅丸。彼と戦うことになり、その結果俺は死に瀕した。そして勝敗が決しようとしていた直前。自分が阿修羅丸をテイムしていた事を知った。
それと同時に『鬼』が介入、阿修羅丸は殺されてしまった。この時ばかりは運命の皮肉と己の愚鈍さに嫌気がさした。
だがその喪失を切っ掛けに多くの魔食材を得られ、【精神耐性】を進化させる事まで出来、結果として遂に【心撃】を取得出来たのだから、この世界は本当に皮肉に満ちている。
しかしこれで、『鬼』に対抗しうる攻撃手段を得られたのも事実。それだけは良かった…そう思ったのに。しかもそれをスキル合成システムを利用して進化させる事まで出来たというのに。それは狙っていた事でつまり、自分で言って何だが様々な努力が実った結果であったというのに。
それでも、『鬼』を倒す事は叶わなかった。
それどころか、いたずらに『鬼』を刺激した事で『無属性魔力の領域』という、前世ですら味わった事のない恐怖空間に叩き込まれる事になった。
これは想定外からさらに外れた想定外であり、そこでは今日二度目の瀕死に追い込まれた。
あの時、謎の称号『破壊神』の称号効果が発動し、【虚無双】を習得しなければあのまま、俺は死んでたのだろう。
しかしこのスキルが生む桁を何段も外れた一途さがシステムに通じでもしたのか。
大本命のスキル合成にやっと成功──伝説級スキル【双滅魔攻】をゲットして──
「……ハァ…」
なんだか溜め息が癖になりつつあるがともかく。こうして俺は『鬼』を滅ぼすことが出来た…訳だけど。
こうして振り返って思うのは、『なんだこれ』である。
「…滅茶苦茶過ぎだ。我ながら…」
どれも『二周目知識チート』があればこそ挑む事が出来た。
もしくは『二周目知識チート』があるからこそ、苦悩の末に挑むしかなかった無謀だった。
そうやって『二周目知識チート』に頼りすぎ、さらなる予測不能が引き起こされた。
しかし、『二周目知識チート』があったればこそ、そのどれもで生き延びる事が出来ていた。
そして、
大切な人々──大家さんに続いて義介さん、才子、才蔵の未来を今、変えた。こうして救えた事もまた、『二周目知識チート』あっての事。
いや、こんな世の中になったのだから振りかかる困難は目白押し。だからまだまだ油断は出来ない。しかし。
少なくとももう、あの『鬼』に殺される事はなくなった。
それに、義介さんも大家さんも相当強いからな。そしてこの鬼怒恵村は宝の山だ。才能に溢れた才蔵なら、いや、才子だって才能に溢れてる。あの兄妹なら上手く活かす事が出来るだろう。つまりは
「これで…みんな、そうそうに死ぬという事はなくなった…よな」
そんな奇跡を再確認して思う事は、『二周目知識チート』への感謝でも、信頼でもない。
『前世の記憶』が俺に与える影響の…深刻さだった。
俺は一旦とはいえ、生まれ育った街を捨てる決意をした。それはこうして大切な人々を救うためだったが、前世の知識がなかったらどうしていた?そんな選択をしただろうか。
そして大切な人達を一応とはいえ救えてしまった俺はこの危険な『二周目知識チート』に、またも依存しようと思っている。
これからこの世界がどうなるかを前世で知ってしまっている以上はやはり、生まれ育った街を救いたい…そんな大それた事を思ってる。
そこで気付いてしまった。
俺は、これからもこうしてずっと、前世の知識に翻弄され続けるだろうと。
そうやって翻弄されながらする事は、俺が回帰者である事を知らない他人から見れば、無茶苦茶な行動にしか見えないだろう。
「というか、実際に滅茶苦茶だ…」
俺よ、それはさっきも言った事だ。
でも、そうだな。
前世の知識を利用して未来を変えれば『さらなる予測不能』が追加される。
変えた本人にすらそうなんだから他の人に分かるはずもない。
だからこそ始末が悪い。
前世では起こらなかった事──巨大ムカデによる『強敵』認定や、【MP変換】の封印や、暴徒化した人々や、阿修羅丸の誕生や、『鬼』が展開したあの『無属性の魔力領域』もそう。
これらは連鎖して起こったことだ。
『攻』魔力の試練で『ムカデの脚』を使ってなければ【MP変換】は封印されなかったし、
この世界の通信だっておそらく封じられる事はなかったし、
それがなければ人々が暴徒化するのはもっと後で、あんなに慌てて街から脱出する必要もなかったし、
鬼怒村にこんな早く到着していなければ阿修羅丸となるはずだった個体も義介さんに殺されてた場合もあったし、
そもそも『強敵』なんて称号がなければネームド化なんてしなかったかもしれない。
街で世直しがてら、じっくりと強化に励んで【心撃】を取得してからここに来る…という選択肢もあったのに、未来が変わった事に焦るあまり、相当早く来てしまった。
その焦りの末に決断したのが、今回のダンジョン及び『鬼』の単独攻略だ。
前世の知識がある事を話しても信じてもらえなかったにしろ、仲間が育ってから協力し合って攻略する…ていう選択肢もあったはず──いや。
「…それでも、一人で来ただろうな。」
高位のゴースト系が持つ憑依特性は本当に厄介な能力だが、あれは多人数を相手にした時こそ、真価を発揮する。
仲間に憑依された時の最悪は容易に想像できるだろう。誰だって昨日まで笑いあっていた仲間を殺したくないし、覚悟を決めていても殺しにくいのは当然の事だから。
そんな不可避な隙を突かれ、仲間が無為に殺されてゆくのは、前世でイヤってほど見てきた事だ。
やはり前世の知識に頼るほかはなかった。じゃないとまた仲間を失っていた。
でも?
今世でこんな話をしても誰も信じない。
そんな言えない諸々を飲み込んでこんな滅茶苦茶に挑んだら予測不能がしかも立て続けに起こったのだから…
やっぱりだ。
仲間達は巻き込めない。
こんなのは説明のしようがない。説明しようとすればかえって収拾がつかなくなるだけだ。だからやはりだ。誰にも言わず一人で挑むしかなかった。
「 …というか、そもそもの話… 」
今回に限った事でなく、今後も俺に付きまとうだろうこんな滅茶苦茶に、仲間を巻き込んでいいものか。
そんな大前提…これは躊躇いではなく、戸惑いでもなく、孤独でもなく、そうだな…諦めに近い。
これを突き詰めて至るのは、おそらくの自分勝手。
…浮上したのだ。今になって唐突に。
『みんなの前からいなくなる』って選択肢が。
当然、俺はもて余した。
これは【虚無双】によって魂をもいじくり倒した後遺症なのか…二つの想いがせめぎ合うのだ。
己の中に新たな人格が生まれた…そんな錯覚を覚えるほどに、どうしようもなく。
──勝手に消えるなんて、それこそ無責任だろう。街の事は確かに気掛かりだが…『知ってて見過ごす』事だって…いや、もっと直接的に言うなら『見捨てる』選択肢だってあるじゃないか。そもそも一度見捨ててるんだ。このままバックレちまえばいい。
──そうだろうか。それを選んで待ってるのは、結局の地獄じゃないか。
だって自分が動けば救えたはずの命が、千にも万にも達して失われる事は確実なんだぞ?
そんな罪深い傍観をずっと?その罪が人に知られない事を良いことに?俺なんかに耐えられるか?
──いや、大家さんがいる。彼女だけは俺が回帰者である事を知っている。そして、許してもくれるはずだ。
──そうだな。彼女は咎めないだろう。『なんでもない』って言ってくれる。『気にするな』とも言ってくれる。でも、それを言うのはきっと、彼女にだってツラい事だ。それも、究極的に。
──それでもだ。『助け合おう』って、誓ってくれた。
──だからこんな重荷を…分かち合えと?なあ、本当はもう、気付いてんだろ?
──気付く?…何にだ。
──今日は二度も死にかけた。そこで俺は、お前は、強く、強く想ったはずだ。もう誤魔化せなくなってる。違うか?
──だから、何を…
──彼女を、心の底から愛してる。
──そ…れは、
──彼女がかかえ込んでしまって、見せたいのに見せられないでいるあの孤独。それを少しでも癒してあげたかった。そのまま、何も言わずに抱きしめていたかった。ずっとそばにいたかった。それは愛しているからだ。俺はそれに気付いちまった。でも、だからこそ、
「…もう、一緒にいられない?」
──それはそうだろう。ゆくも引くも地獄しかない男に、愛する人と一緒にいる資格なんてない。それに気付いたなら、ここは潔く──
そんな自問自答の途中で。
「 あ… え… 」
視界が、急に滲んだ。
「あれ…?」
頬を流れたそれは、少し熱かった。
「止まらね 止まら──」
座り込んだ膝に、脛に、ポタポタ落ちて。やがて冷えていくのがどうしようもなく、刹那くて──
「 …涙? 」
前世で多くの悲劇にまみれてきた。今世でも阿修羅丸を失った。さっきも【虚無双】の使用で魂を傷付けた。そして今、こうして知りたくなかった回帰の実態に気付いてしまった。そして初めて、あの、謎の声が言った言葉を痛感した。
『あなたは深淵に踏み込んだ』
確かに。ドップリ深淵に踏み込んじまった俺はもう、普通でなんかいられない。というか既に普通じゃない事はよく分かっていた。だからもう、渇ききったと思っていたんだ。
なのに。こんなに。
涙がポタポタ、こんなにたくさん…
溢れて……くれた。
──それは、溢れるだけの想いがあるからだ。
「…想い…?」
──その涙は愛する人々がくれたもので、それだけで有難いこと…。だから、
「…だから?」
──いいや、だからこそだ。
「…巻き込め、ない…?」
──だってそんなにも大事な人々のうち誰か一人でもまた、死んでしまえばどうなる?それも、自分のせいで──
「ダメだ…っ!イヤだそんなの!俺は!………今度こそっ、狂っちまう…ッ」
──それに気付いてるなら──
俺は、いつの間にか立っていた。早くここを去らねばと。義介さんや大家さんが探しに来るその前に──
──いや、さらにその前に。
「ああそうだな。やらきゃいけないこと、あったな。まだ。」
ダンジョンコア。これを破壊せずに立ち去る事は出来ない。そう思って木刀を振りかぶった、その時。
『待て──』
聞こえてきたのは、
自問ではなく。
自答でもなく。
『──壊してはならん…』
まさかの、『鬼』の声だった。