振り切って。振り切れて。
「てめえ…生きていたのか──この、」
俺は『鬼』の制止など無視して、コアを破壊しようとした …のだが。
「やめよ──それでは死ねんのだ。我は──」
一瞬何を言ってるのか分からなかったが、その声には先ほどまでの狂気はなく、むしろ誠実さを感じてしまった俺は、罠である可能性を知りながらもつい、聞いてしまった。
その内容は、こうだった。
ダンジョンマスターとなるにはダンジョンの半身となる必要があり、その際に魂が二つに分かたれていた事。
つまりさっき俺が倒した『鬼』が本体で間違いないらしく、今俺に語りかけているコイツはダンジョンコアとリンクするために残された方の魂なんだとか。
そして本体が死に絶えた今、もはやこちらには大した力は残されていない、との事だった。
それどころか、だ。
長年封印され狂気に至った経緯からか、こちらの魂はダンジョンコアに残されても是とする部分のみで構成する必要があったため、正気を取り戻した状態であるらしい。
しかしそれもダンジョンコアを壊されてしまえばどうなるか分からない。
ダンジョンコアを失くせば今度こそ力を失うのは本当の事らしい。
しかしダンジョンコアを失えば、この地に縛り付けるものもまた無くなってしまうらしい。
つまりダンジョンコアを失えば、弱いまま解放され、また永い時をさ迷う事を意味し、その行く末は、またどこかで狂って怨霊化する、もしくは他の怨霊に食われて糧とされたりと、どちらにせよ人のためにはならない、という事だった。
そうなりたくはないし、ならないためには──
『壊さずこのまま、食らってくれぬか?…オヌシにはそれが出来るであろう?それならば我もようやく…逝く事が出来ように…』
これは恐らく心からの懇願…
『…でも誤解しないでおくれ。これは殺しではない。その一途な心に何も残してはならぬ。これは、そう、魂の解放であるのだから…』
…そして気遣い…。念のためとダンジョンコア越しにステータスを解析すれば、記載される文字は真っ青だった。殺意悪意の類いは欠片もない。
思えば…
この『鬼』も不憫であったかもしれない。
生前にどんな業を背負ったか知らないが、今話してみれば常識のある感じだ。
それがあそこまで醜悪に狂ったのは、封印され、縛り付けられたまま思念体としての永い生を強制されていたから。
同じ目にあえば誰だって狂ってしまうのかもしれない…それくらいの事は俺にも分かった。
それに、確かに前世で世に放たれたコイツは非道の限りを尽くしたが、今世ではまだだ。
いや、何の罪も犯していないとは言えないか。餓鬼を大量に放った訳だし、、何よりも阿修羅丸を殺したのだからな。
でも、阿修羅丸の件なら、俺が殺していた場合だってもしかすればあったからな。つまり俺があの戦いの中で殺さずに済んだのは単なる偶然。この件に関してとやかく言う権利はそもそもとしてなかった。
それに、阿修羅丸の仇ならちゃんと討った…そう考えていいくらいにはもう、コイツに絆されてしまっている。
ならせめて、ここでこのまま逝きたいという願いくらいは、叶えてやっていいのではないか。
俺はそう思ってしまった。
そして、食べた。
食べてしまった。
前世で前代未聞の魔食材。
ダンジョンコアを。
そこで感じたのは今までとは格別の…
──痛み「あああああああああがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ─────!!!!!!!!」
痛いのは身体ではなく。心でもなく。
それは、正体が分からないのに普段以上に身にしみる痛み。おそらくは…魂からくる痛みだ。
始めは『鬼』に騙されたのだと思った。しかし猛烈なその痛みを感じながら、こうなって当然とも思い直す。
なんせモンスターどころの話ではない。あれらを生み出すダンジョンの、しかもコアを食らったのだ。
これが内包する力がどれ程のものか、まさに人智を越えている。なら痛みも人智を越えて当然──え?『なんでそんな危険なものを無警戒に食らってんだ』って?
いや、戦闘中もそうだったけど『グルメモンスター』が『イケる。旨そう』って感じ出してたし。『英断者』だって『いんじゃない?』って感じ出してたし。
とにかく食べてしまったのはしょうがないし、後悔もない。だって
『 ありがとう──』
怨敵であったはずの『鬼』、ヤツの最期の言葉が孤独に沈んだ俺の心を少しだけ、軽くしてくれたから。
そして何となくこれからやるべき事が、見えた気もしたから。
だから、今度こそ行こう。
「──義介さん。」
まだまだ若僧とか言って強がってるけど。ホントは年なんだからあまり無理をしないように。
でも三人の事は頼みます。とことん無理して、這いずってでも、命をかけてでも守って下さいそれぐらいの貸しは作ったはずですなので宜しく。あと大家さんの風呂覗くなよ?振りじゃないからな?それでもやらかしたら『マジ殴り』お見舞いするから。前世ではずいぶんと鍛えられたもんだけど。今世の俺は確実にあんたより強いから。この意味、分かるよな?「…結局の、有り難うだな」
「──才子。」
望み通り生死は共にしてやらん。あと臭兄ぃって呼んだ事は一生根に持つけど、この後すぐ身体を清めますアドバイスありがとう恥かかずに済みそうです。
だからこちらからもアドバイス。血が繋がってないんだし、こんな世の中になったんだ。大好きなお兄ちゃんにアタックしてもいいんだぞ?何ならもう、力ずくでイったれ?パワーレベリングしてやったのはそのためもあったんだからな。っていうのは嘘だけど、幸運は祈っとく。「…頑張れ。」
「──才蔵。」
お前とは長い付き合いだった。それ以上に前世で死に別れた数年は長く感じた。なんだかんだ尊敬していたからな…わが道を行くその姿勢に。お前のいいとこは、とことん嘘がない所だ。
だからくれぐれもチュートリアルダンジョンには手を出すな?これもあれだぞ?振りじゃないぞ?我慢して、自力でステータスゲットして、そのままやりたい事を、世界一のマルチアーティストを目指してくれ。そして確実に文明が衰退していくこれからを、お前なりに照らしてくれ。あとお前にも一応言っとく。大家さんに手を出す事は許さん。ここは才子にしとけ才子に。祝福するぜ。「…心からな。」
「──大家さん。」
……。
「…大家 さん、」
大家さん…
大家さん、大家さん、
「大家さん大家さん大家さん大家さん──」
好きでした。
この人を守れるなら死んでもいいって、そう思えるほど好きだったし、きっと初めて心の底から愛した女性、それが大家さんでした。
感情がどこか抜けてるようで、でもそれは表情の表し方が下手なだけで。突き放すようで、でもそれは不器用なだけで。時々キツいようで、でもそれは優しさを間違えないようにしてるだけで。誰にも言えない秘密があって、それは俺にさえ言えなくて。でも知って欲しいと思ってて、それを拗らせて。それが言葉の端々に漏れていて、それが、何とも言えず哀しくて、放っとけなくて、可愛くもあって…
その全部が、好きでした。
秘密があろうが、それが俺に不都合だろうが関係ない。言ってもらえるまで寄り添いたかった。その孤独を抱きしめたかった。……でも、だからこそ、
「 みんな、さよなら 」
いや少しはね?惜しんで欲しいよ?
いや死んでないけど。
時々思い出してくれたらそれでいい。
それじゃぁ、
行ってくる。ちょっくら。
なんつーか、自分なりに出来る事?思い付く限りのそれを尽くして、満足のいく結果を出せたならまた会いた──
「くそッ、もう会いたいっ、今すぐ会いた──」
でも行く。
「さよな──…いや、ここは、ありがとうだな…」
ここはさっきの『鬼』に倣って…そうだ。今まで…いや、これからもずっと、ずっと。ずっとずっと、
「みんなありがとう──生きてくれ…て…
…、、、……そう、か…前世ではみんな、死んでた。でも今世では? …みんな… 生きてる…」
そうだ。大切な人が生きている。それが、それだけで、
「こんな、、、」
こんなにも。
嬉しく思える。
誇らしく思える。
だってほら。
また溢れてきた。
「泣けるほどか……うん、ホント、有難い…」
だから行ける。
十分ではないけど満たされたから。
だから、もう一度改めて。
「みんな…本当にありがとう…」
行ってくる。
──なんて。カッコ付けた俺だったが、そうは問屋が卸さなかった。
『逃がすかぁぁぁぁあああっ!』
という獣のように獰猛な声を至近で聞かされた瞬間ッッッッッ!!
「ぐぁ、ばはぁああぁッッ!!!がああ!あ! ああぐっ、あ あ…っ! …あが、」
吹き飛ばされていた。それはあの阿修羅丸にも匹敵する強烈な一撃だった。その阿修羅丸と戦い『鬼』と戦い、精も根もMPも尽き果てていた俺にとってそれは、
致命の一撃。
しかも一撃で終わらなかった。何度も吹き飛ばされ、何度も爪で切り裂かれ、何度も牙によって貫かれ、なのに食われず、何度も何度も繰り返し打たれ、吹き飛ばされ、裂かれ、貫かれ、その間何の抵抗も出来ず、もはや言葉も発せられないほど消耗していて命乞いも出来ず、せめてと『まだ死ねない』という視線を向け、懇願の意を表してみても何の恨みか止めてくれず、何度も何度も…。
『グルメモンスター』の効果で強靭過ぎる肉体を手に入れ、それを【超剛筋】という破格のスキルでさらに強化しているからこそ、何とか意識を繋ぎ留めはしたものの──さすがにこれは、
──キシ…ッピシ…ッ
(もう、、も、、
──パリィィィイイインン…ッ──
、ぁ、、駄目 か…、 )
…薄れ行く意識の中。
今度こそ終わり。それを告げる音を聞きながら──閉じゆく目で、自分を倒した相手を、改めて、かろうじて、捉え、見た。
それは、どこまでもしなやかで獰猛な虎のそれより、さらなる巨体。
それに合わせたように巨大な…愛嬌の全てを失くして威嚇してくる猿の顔。
不思議と違和なく合わさるその身に纏うは、雷気のオーラ──え?かみ、なりだと?
「こいつ…『天鬼』…まさか……実在……し たのか──…?」
おそらくは敵なのであろうその雷獣が放つ殺意にビリビリと、心身共に揺さぶられながら、これぞまさにという死体蹴り被害を今も被りながら。
「均次く──いやあぁぁあッ!」
大家さんのものらしき叫びまで幻聴しながら、
「おおお!こ れは、これはっ!何のおつもりでこんなムゴい事をおっ!ご先祖様ぁっ!なんという事をおおっ!なんというぅ…っ」
義介さんが何故か誰かを責める声も幻聴しなから。
最期なのにその二人の姿を幻視出来ない無念を想いなが ら … 俺 は …
俺は…遂に、
──死んだ。
※この小説と出会って下さり有り難うごさいます。
第四層はここまでとなります。
続きが気になる方いらっしゃいましたら、登録コンテンツ探してみて下さい。同名作品があり、飛べば続きを読めます。
あ。こちらでも随時更新していくので。『お気に入り』登録すると便利ですし、⭐や感想なども、作者としても読んでもらえる人が増えるのでとても嬉しいです。