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『やっと』の想い。





 『やっとの思い』という言い回しがある。 

 


 この、『やっと』──




 普段使いとしてあるこの言葉に人は、どれ程の想いを込められるだろう──









 ──対心霊の攻撃スキル【心撃】。

 これは今世で怨霊形態をとる『鬼』を近接戦闘しか出来ない平均次が倒すには必須のスキルであった。

 だが【MP変換】を封じられた彼がこれを取得するには、【精神耐性】のスキルレベルをカンストさせ、その進化特典の派生スキルとして取得する…という、面倒な方法以外なく。

 それも彼の素の精神力は前世で鍛えられており、中々負荷を得られない状態、つまりは今世の彼にとって【精神耐性】は最も育てにくいスキルとなっていた。

 その上で取得に掛けられる時間は限られていた。もたもたしていれば鬼怒守義介が『鬼』に憑り付かれてしまうからだ。そうなれば前世の自分とその周囲全てを狂わせたあの惨劇がまた、繰り返されてしまう。

 そんな背景があったからこそ、

 平均次は時を惜しみ、強化も中途半端なまま、仲間達に告げる事もせず、今世の『鬼』がまだ囚われているだろうこのダンジョンに挑んだのだ。

 そしてこんな無謀な単独攻略に踏み切った理由は他にもあった。

 【精神耐性】を育て【心撃】を取得するにあたって仲間がいては精神的負荷が軽減されてしまう。

 それに運良く【心撃】を取得し、それを使って『鬼』を退治するにしろ、仲間の存在こそが彼の弱点となる。

 そこを突かれては厭が応にも隙が生まれる。そうなれば簡単に憑り付かれる危険性もあった。

 つまり…彼は否定するだろうが。

 平均次という男にとって仲間とは結局の足手纏いにしか、まだなっていない。

 ゆえに孤軍奮闘に走らざるを得ないというジレンマがある。

 これは今回に限る事ではないだろう。未来を知るという事は、その未来に追われるという事でもあるからだ。

 時には味方すら置いて先を行く事でしか強みを発揮できない。これは回帰者の宿命と言えるかもしれない。


 ともかく。


 そんな『やっと』の思いで習得した【心撃】だったが、その威力は中途半端なものでしかなかった。

 こうなったのは、平均次が人並み外れて強い心を持ちながら、その身に宿す『精』魔力が底辺に近く低いからだ。

 このスキルを効果的に扱うには、心の強さと『精』魔力の強さの両方が高い水準で必要だった。

 たが、こうして大怨霊である『鬼』を前に不足尽くしに堪えるしかなかった均次にだってチャンスタイムは訪れる。

 スキル合成システムが『やっと』介入してくれたのだ。

 これは狙っていた事。地道かつ周到に進化スキルを揃えてきたのはこのため。備えに備えてきた平均次はここぞとばかり利用した。

 【爆息】と【ポンプ】を犠牲に、【心撃】を連続強化、希少スキルへと昇格させる。

 こうして『やっと』、いや、期間としては短いが、多くの段階を経て鍛え上げられた対心霊の進化スキル、それが【怪気血功】だったのである。

 だが、

 それをもってして倒せない…。相手が悪すぎたのだ。敵はただの怨霊ではなかった。

 いや、今世の『鬼』が怨霊形態である事も、ダンジョンマスターである以上普通のゴースト系ではない事も、前世の知識を元に予想出来ていた。実際それは外れてなかった。

 ただ、その実態が想像とあまりにもかけ離れていた。

 高位進化を果たした『荒魂』という種族であるだけでも厄介であったのに、生前から『無属性魔力』を宿していた事が判明。

 前世で戦った時は使ってこなかったのでこれは全くの予想外。

 どういう理由で使ってなかったのか分からないがともかく、今世の『鬼』は阿修羅丸が赤子に思えるほどの無属性魔力の使い手だった。

 そもそも、その前世での戦いですら目を覆いたくなるほどの犠牲を払って『やっと』、倒せたのだ。

 なのにこの土壇場で分かった事は鬼怒守義介に憑り付いていた当時の方が、遥かに与し易かったという事実。

 ここにきてこれは大き過ぎる誤算…だというのに今回は、阿修羅丸というイレギュラーと戦っており、消耗までしている。
 
 いや、助けてもらってこんな事を言ってはいけない。彼と出逢ったおかげで肉体的にも器礎魔力的にも、スキルだって大幅に強化されたのだから。

 しかしあの激闘がなければここまでMPを消耗しなかった事もまた事実だった。

 MPに余裕があればこの想定外にももう少し余裕を持って対処出来たのだろうが、それが心許ない今はもう、一か八かに賭けるしかなくなっている。


 そしてその一か八かを外してしまえば?


 ここまで『やっと』の思いで鍛え上げてきた肉体も、魔力も、スキルも、そして阿修羅丸の犠牲も…全てが無駄となる。敗北が確定する。その後平均次は勿論の事、彼が親愛を向ける者達も確実に死ぬ。殺される。


 そんな現実を前にしては、さすがの彼も迷うしかなく──というのは、心を直接攻撃されて弱気となっていた頃の話。


 今はどうか。迷いはもうない。
 というより、失くしてしまっている。 

 これは【虚無双(こむそう)】という、新たに取得したスキルによるもの。

 …と言ってもこれは状態異常と変わらない。かといってただ闇雲に殺したがる狂戦士化の獰猛とも訳が違った。


 『対象を殺す』


 狙い定めた者を必ず殺す。

 それ以外の全てを自身から消し去る。

 その代わりとして自身が持つ全精神、全技能、全知略をただ『相手を殺すこと』のみに集注出来るようになる。

 言葉で言うと簡単に聞こえる。
 だがこれは相当に危うい状態だ。

 迷いというものは確かに無駄な思考かもしれない。感情というものは確かに心を縛る一因かもしれない。痛みというものは確かに動きを阻害するのかもしれない。

 だがそれら全てを廃するという事は、喜怒哀楽と共にある心…いや、それだけではない。全てに波及するのだ。その性の根っこからくる思考傾向、五感傾向、些細な事から影響を受ける能力の好不調、etc…ともかく邪魔となる全てを廃してしまう。

 普段ある『己という存在』を保つためにあるものまで手当たり次第に言い訳と断じて敵を倒す事のみに専念…いや、これはもはや『書き換え』だ。

 『相手を殺す』事において、ただひたすらに最効率を追う最新鋭のマシーンであり()()()という悲壮。


 それが、どれほど彼の魂を蝕むか。


 実際に彼は実感し、聞いていた。


 軋み上がる魂の悲鳴を。


 それを大事な誰かを想って聞こえなくし、その大切な想いすら邪魔と切り捨て封印し、そこで発生する一抹の切なささえも──こうしてひたすらおのれを、『殺す』のみで塗り潰していく。

 これは一心不乱を凌ぐ一意専心、すらも越えた、超に弩が付く尖鋭化。心どころか魂をもいじくり回されてやっとあれる状態。まさに禁断と呼んでいいスキルだった。

 【虚無双】…深淵スキルと冠するは伊達でなく。スキルとは、魔力とは、かくも人を怪物たらしめる。


 そんな者を相手取る事になった『鬼』は堪ったものでなかった。

 
 突進してきたと思えばかがみ込み視界から消える。

 かがんだ先を見れば横に鋭く転がり視界から消える。

 転がった先で膝立ちになり、その姿勢のまま回転してスライド、

 したかと思えば逆回転して逆戻りして──まただ。視界から消えてしまった。

 次はどこに──?

 …見つけた。

 しかし一体、どうやって?

 頭上にいた。

 きっと全身のバネというバネを弾けさせるように跳ね上がったのだろうが、見上げた先で横倒しという奇妙な姿勢でギュルギュルと回転しており、今まさにその回転力を乗せた一撃をこちらの脳天に叩き込もうとしている。

 ここまでのどれを取っても突拍子すらない。予想がつかない変則に予備動作もなくした捉え切りようのない動き。

 そんなものに対応し迎撃出来たのは生前、剣を頼みに武芸者として生きた経験の賜物──などと思ったもつかの間。

 迎え撃ったはずのそれが煙って消え──幻影?一体いつすり変わった?そういえば分身の技を使っていたと思い出す──が、

 もう遅かった。

 本体の所在に気づけたのは背中を斬り付けられた後。反撃しようと振り返ればその背中をまた斬り付けられた。しかもそれは何度も繰り返された。


『ぅぅうぅっ!とうしぁああああッッ!!!』


 たまらずのスキル発動──【ゴーストハンド】──これは触れた相手の体力と魔力を吸いとって自身を回復させる、いわゆるドレイン攻撃、ゴースト系モンスターの基本技とされるスキル。

 それを全方位に向け展開。

 半透明の胴体部から同じ半透明の腕が無数に生え伸びる様は誰が見てもおぞましいと思うはずだ。しかし。


『ぎぇああああああああああああ!!』


 悲鳴を上げたのはそのおぞましき怨霊の方だった。

 なんと、無数に展開した霊撃の(かいな)、その内の複数に貫かれながらこの、平均次という男はそれでも離れようとせず、それどころか、


(かじ)り、、ついてきたのだ。


 霊体であるはずの自分に噛みつくなどという発想に至る生者がいようとは。さすがの『鬼』も想定した事などなかった。

 しかも、その噛みつきで頭部の一部をむしりとられた?しかもしかも、そのままぐちゃぐちゃと咀嚼?果ては──ゴクン、…嚥下したではないか。

 実際に平均次から吸い出したエネルギー以上の霊力を奪われた。つまり今、しっかりと削られた。命ならざるこの命を。食われるという形で。


『オ ヌシ…っ、オヌシ!何とゆう~~ーーーッ!』


 均次がしたこれは、ただの獰猛ではない。冷徹な計算の元敢行された『鬼』への揺さぶりであった。

 種を明かせば歯を含む口腔に【怪気血功】を纏わせての攻撃。咀嚼や嚥下はただのデモンストレーション──そこまで理解が及ぶ前に、『鬼』はこれ以上もなく戦慄した。


 ──喰われる…喰われる?


 霊体としての彼には最も縁遠い恐怖体験からくるこの動揺は、思念体としての存在力を脅かすほどのものとなった。

 その結果霊力がさらに大きく減衰。霊体としての防御力を大きく落としてしまった。

 【虚無双】に支配される平均次がそれを見逃すはずもなく。

 襲いくる、止めの一撃。
 それを見つめる鬼は思った。

 ──だがしかし、と。

 これは確かに今の自分が食らえば滅びかねない、そんな一撃。しかし対心霊に特化した攻撃である以上、魔力に対してはそれほど影響力を持たないはずだと。

 その弱点を瞬時に見抜いたこの『鬼』は、おのが全魔力をただちに結集した。封印されていたとはいえ数百年を生きた化物だ。そんな力業を実現出来るほどには魔力コントロールに自信があった。

 かくして『鬼』は展開していた領域を構成する無属性魔力の全てを集結させ、ここで終結させんと、平均次というたった一人の人間に向け解き放つ。

 『鬼』としても初解禁となったこの技の名は『黒の奔流』。

 全無属性魔力を注ぎ込み、弱化の黒で範囲全てを塗りつぶし、そこにある敵の存在そのものを磨り潰して消し去る、まさに必殺の技。

 それを使った。平均次を遂に殺してしまう、そのためだけに──だがしかし。

 思い出して欲しい。最後の餓鬼である阿修羅丸が逝った時点で、平均次はこの『殲滅攻略型ダンジョン』の攻略条件を達成していた事を。

 実は、彼を弱らすためもあったがその攻略の事実を誤魔化すために展開されたのが、この『無属性の魔力領域』であったのだ。

 つまり、この『鬼』は、隠蔽したのだ。ダンジョンが攻略され内部が崩壊していく様を。それによってダンジョンマスターである自分も弱化した事実を。そして何より、弱点であるダンジョンコアが敵前に晒される事を。

 つまり、どこまでも狡猾なこの『鬼』はそれを利用したのだ。

 最悪に悪化したこの状況を隠蔽する事で、平均次に恐怖を植え付ける逆転の機会としたのだ。

 しかし、この平均次という男は、そんな『鬼』の鬼謀をもってすら憑り付ける男ではなかった。

 ならば殺すしかなし──と、ここでようやく見切りを付けたはいいが…この怨霊は焦っていたのだろう。それも極度に。最後の最後で致命的に間違えてしまった。

 それは、自分でも気付かない内に畏れてしまっていたからだ。それも心底の底から。自分を殺す以外の全てを忘れてしまったこの怪物、平均次という男に。

 確かに絶体絶命寸前となった以上、全力を傾けない方が愚かだろう。

 むしろその恐怖を振り切って全力を発揮できた事は称賛にも価する。

 だが。だがしかし。

 先程も述べた通り、ここは己の不利の全てを覆い隠すために顕現した魔力領域であったはず。それを維持するためにあった無属性魔力の全てを結集してしまえば、どうなる?

 当然としてこの無属性の魔力領域までも保てなくなり──実際に『黒の奔流』となる過程で消え去ってしまって──その向こう側に顕れるはもはや、ダンジョン内部の風景ではなく。

 平均次がこのダンジョンに訪れた際に見た、祠があって。



 その祠の中にあるものといえば…?



 そう、ダンジョンコアだ。



 『鬼』を殺す権化となり果てた平均次が、それを視界に収めた瞬間、


『きゃ、、ひぃぃぁぁあああああああああぁぁあああああああああああ???な、な、なんじゃぁぁあ??心が、こ ころ、引き裂か! れぇぇぅ、ううぅああああ──!?!?』


 こうして『鬼』が豹変したのは、心奥に隠していた恐怖を隠せなくなってしまったからだ。そしてこうなったのは『グルメモンスター』が持つ複数の称号効果、その内の一つが発動したからだった。

 『モンスターを見ればどこが魔食材か分かるようになり、それを認識した上でモンスターに攻撃すれば一定確率で恐怖状態に陥れる』という、あの効果が。

 さあ、どうする。

 ダンジョンマスターとなりダンジョンの半身となったこの『鬼』の魔食材、それはダンジョンコアに他ならない。

 自らその弱点を敵前にさらす愚かをした『鬼』の中で吹き荒れたは、恐怖と恐怖。喰われると錯覚して最大限にまで増幅された恐怖に『グルメモンスター』によるデバフが重なった、二重の恐怖。

 つまり、己が最も得意とした心を蝕むデバフをそのまま返された。

 しかもそれは最悪のタイミングでもたらされた。その恐慌が『黒の奔流』に影響したのだ。力業で結集した無属性魔力の多くが霧散する結果となってしまった。

 しかし、威力が半減したとはいえこれは、この『鬼』にとって奥義と言える技でつまり、威力はいまだ脅威を保っており。

 つまりのつまり、【怪気血功】では打ち落とせない…そのはずだった。

 そう、【怪気血功】()()()()()()()

 ──つまり。

 平均次が発動していたのはそれだけでは、なかったのだ。

 【直撃魔攻】

 彼はこのスキルも同時発動していた。MP不足の中、この『鬼』に対して全く効果のないスキルを。それは何故であったか。

 それを説明する前に、このダンジョンに挑むにあたって平均次が進化させたいと思っていたスキルは何であったかを明かさねばなるまい。

 それは二つあった。

 【精神耐性】と【衝撃魔攻】だ。

 【精神耐性】は先程も述べた通り、【精神大耐性】へと進化する際に派生スキルである【心撃】を取得出来るからで、その力には【怪気血功】へと進化した今も助けられている。

 そして【衝撃魔攻】についてだが、これは敵内部への攻撃に特化した性能ゆえに【心撃】との相性が良かったからだ。それは何の相性かと言えば──




『【怪気血功】と【直撃魔攻】が呼応。スキル合成が可能です。合成しますか?』
 



 …そう。

 合成するに相性が良いスキルだったからであり、平均次が『一か八か』と言っていたのは、この攻防のさなか発生する負荷(訴え)が、この合成システムに届くかどうかで勝負が決まる。そう思っていたからだ。

 だからMPが心許ない中、効果を望めない【直撃魔攻】を併用し続けていた。

 ちなみに衝撃魔攻を【直撃魔攻】に進化させる必要があったのは、合成する場合、それらスキル同士が進化スキルである必要があった事と、同ランクか近いランクでないと、システムから合成の提案をされないからだった。だから【衝撃魔攻】が進化する際に喜んでいた。

 しかし、

 こうした様々な努力が実って『やっと』合成成功…となったはいいが…その進化先は?

 そう、今回も運次第。それが合成システムというものだ。

 つまり、一か八かはまだ続いている。一体、どのような進化を果たすのか──







『伝説級スキル【双滅魔攻LV1】を取得しました。』







 ──まさかの伝説級。

 だが、まだだ。まだ油断してはいけない。果たしてその性能は──



【双滅魔攻…魂にすら届く衝撃を内部に伝える。それはありとあらゆる存在に対し有効な一撃となる。現在の増加率は2.1倍。衝撃を局所集中する事でさらに2.1倍。敵の魂に作用して1.1倍】



 …申し分のない性能だった。これ程の高威力、しかも心霊に限らず全存在に有効な魔攻スキルとなって…しかし。

 平均次への恐怖で弱体化したとはいえだ。この奥義を切り裂けるかどうかは──

 
 ──ゾバぁぁああああああ!!


 …十分だった。

 木刀を縦に振り抜いた先に尖突形の結界でも産み出されたが如く。黒の奔流は平均次を境に分かたれた。分かれた先で勢いを失くし、緩く渦巻いた後には霧散してゆく。それを見た『鬼』は、
 

『な、なんじゃぁ!?なん…ッ!なんなんじゃああ!!オヌシはぁぁぁあああああああああ!!!』


 当然こうなる。

 高位の怨霊へと身をやつし、ダンジョンの力までも手に入れ、その全能力を駆使してこの男を篭絡しようとした。それが失敗した以上殺す方向に180度シフトするしかなく、その無念纏めて込めに込めて放った、これ以上ない全力だったのだ。

 確かに、急な畏れで技の威力を半減させたのはいただけなかった。でもそれ以外に油断らしい油断はなかったはずだ。徹底に徹底を重ねていたはずだ。これで倒せないなどあってはならない。

 あっていいはずがない!

 だがその相手が、前世の経験とそれを元にした知識を、しかも自分を殺すためだけの存在となってフル活用する回帰者とあれば…?

 その限りでなかった。

 ありえてしまった。

 だがそんな荒唐無稽に思い及ぶはずもない『鬼』は混乱するしかなかったがしかし、その混乱も恐怖に飲まれる事となる。

 それは、見たからだ。


『な…や、やめ…やめぇぇ!』


 自分に向けられていた木刀の切っ先が、天に向けられたのを──

 それは大上段の構え。ピタと止まったその姿勢から──

 全力をもって斬るという意志が物理的な圧を備えたが如く──


 叩きっ、付けられっ──


『い──ひぃぃぃいいいぃいぃぃぃ』


 霊体であるはずの頬肉がグニリと歪む。口端と目尻も後方へ向け醜く引っ張られた。

 …()()()(ちな)むが。平均次が衝撃系魔攻の進化と合成に拘っていたのには、もう一つの理由があった。

 それは、『衝撃系魔攻は他のどんな魔攻スキルとも併用出来る』という理由であり──つまりこの、【双滅魔攻】を纏った斬撃には【剛斬魔攻】と【重撃魔攻】をも乗せる事が可能で──つまり?

 つまり、
 つまりッ、
 つまりッッ!

【双滅魔攻LV1】で2.1倍さらに2.1倍さらに1.1倍!
【剛斬魔攻LV1】で1.6倍さらに1.1倍!
【重撃魔攻LV2】で1.65倍さらに1.2倍! 
【螺旋LV1】で1.1倍!
【震脚LV1】で1.1倍!
【チャージLV1】で1.1倍!
【超剛筋LV2】で1.4倍!

2.1×2.1×1.1×1.6×1.1×1.65×1.2×1.1×1.1×1.1×1.4=31.5003387283!!

 まさかの約、32倍威力!!!

 それも今回はデバフから解放されている!!しかもしかも、阿修羅丸の心臓を始めとする高位魔食材を食し! 肉体的にも器礎魔力的にもあの時とは全く違う!!

 段違いと、なっているッ!!!

 その上での、32倍!!!!!

 それが今、

 満を持してと解禁された『最速者』の称号効果と共に放たれれば!?



『あぇ──』

 恐るべき速度──気付いた時には木刀は頭頂部に接しており──その、瞬後、

 ドッガァァァァアアアア──!『いぎぃぃぃぃいいいいいいいいッッ!!』

 数百年振りの打撃を味わい、なのにめり込むという感覚もなく、

 シュシィィィイイイイン──!『ふぉ…はぁぁぁああああああああッッ??』

 それは股まで抜けて通過、斬られたと理解した時には、

 コォォォォオオオオオオ──!『げぶぉっお、げ、が、はむぁ、ごっへげ!』

 その線上に在った核、この霊体を現世に留めていた魂、そのさらに中心に膨らみ続ける圧が発生して、、


 ──憐れ──


 ドブ…ッッ!ゴコオオオオオ──!『びひぃぃいえあ!ばぁぁぁぁあああああああああああああ──』


 大いに爆ぜ、細かく散る。この絶叫が続く間、『鬼』は破壊の限りを尽くされた。


 ボンッ!ゴボッ!ドバッ!ドガンッ!ボッヒュゥゥオオオオオ──!『があ!あげぼあ!ああぬらあ!あび!ひああああ!はご、あぎ、ああべるぁあああああああ──』


 まずは胴体が爆ぜ、その衝撃で散り飛んだ頭部と四肢までが個別に爆散、


 ドンッ!ドドッ!ドガッ!ドドガッ!ドドガ!ガ!ガ!ガガ!ガガガ!ガガガガガガガガガガガ──!『あぎあ!がいれ!はぽあ!あなあああああえああっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああ、あああ、ああああ!!?』


 その爆散は無数の欠片となっても止まらず、粒子レベルに分解してなおも止まらず、


 ガガガガボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ…ォォォォ──!『きゅあるぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあ──ぁ ─ぁ──』




 完全なる、
 
        無。




 それが訪れるまでこの凶悪なる怨霊の断末魔は終わらなかった。


 …パチ…ッ、バ…ッ…ッパチッ──『…── ───!─ ─ … ── ─── ……っ…、…』


 怨敵の残滓、空中を舞うそれらを執拗に爆ぜ散らす火花を、平均次はじっと見つめ続けた。構えも解かず──永遠を思わす残心。


「──、、──、、 。 ────」


 ……………、


 やがて無となった事を真に確認したその時、


 『やっと』、


「…ぐッッ、か、はぁ…ッ」


 木刀をおろした。
 【虚無双】も解除。


「う、く…は、ぁ、」


 顎が上がった。
 肩が落ちた。
 腰が砕けた。
 膝が崩れた。
 
 その場にへたり込んでしまった。
 

「ハ、ァ、ぁ、ぁ、ぁ……」


 上手く息が吐けない。
 もはや精も根も尽きて果て。
 溜め息のやり方までも忘れ。
 


「…や っ …と…、」


 
 そう…『やっと』だ。



 これだけだ。

 カタルシスもくそもない。

 これを言うのが、精一杯となっていた。

 生前、『無垢朗太(むくろうた)』と育ての親から名付けられ、剣に生き、数奇の果て無念に沈み逝った後も怨霊となって狂い続けた男。

 この『鬼』が平均次の前世で手にかけた人の命は二千と二十四。その中には鬼怒守義介、造屋才蔵、造屋才子の命も含まれている。今世では阿修羅丸の命まで追加されて二千と二十五。これは、回帰者である平均次すら知らぬ全貌。


 その膨大なる無念を今、晴らした。
 その仇を彼は『やっと』、討ち遂げた。


 その苦節を、この献身を、この悲願を、この偉業を──今世で知る者はいない。よって彼を称える声はなく、彼を賛える声もない。

 だが平均次というこの男、彼は…『そんなものはなくていい』そう思っている。


 要らないとさえ思っている。


 何故なら──


『助けて』──助けられなかった。

『死にたくない』──無念だったはずだ。

『なんでこんな』──俺も知りたい。

『酷すぎる』──その通りだ。

『もう殺して』──間に合わなかった。



『いいからほら!殺せって!俺もろともコイツを──早く!もう、も…抑えらんね──』



 ──友よ──


 このどれもが、前世で聞いた『最期の声』。

 あの声達を、今こそ『やっと』、遠くへ送り出せる。

 今世ではどうかどこかで、安らかに…てのは、こんな世界になった以上無理かもしれない。でもどうか、健やに──それも無理なら、とにかく生きて──そうだ。


「やっと…やっと…」


 この一言だけだ。今世では。
 この声だけで今世は済んだ。
 それを噛み締める。


 あの声の主達は今、生きていて…


 だから、この、


「…やっと…」


 これ以外にはもう、誰の声も上がらないのだ。この結果こそが欲しかった。


 だから、他にはもう要らない。



 誰にも知られず──それで良かった。



 それが、良かった。
 
 

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