192 庭師、ニナ
「あっ」
村長の家のたくさんの窓に、明かりが灯った。
「少し、暗くなってきたもんなぁ」
夕日が落ちる中、改めて、マナトは中庭を少し歩いた。
緑色の芝生の踏み心地はとても気持ちよく、ラクダ達も気持ちよさそうに座って、ウトウトとしている。
「おぉ、ここにも彫刻が」
中庭を少し進んだ先、身体を布で覆い、右手で長い剣を高らかに掲げ、大きな翼を広げた天使の彫刻が立っていた。
「あれ?この彫刻、どこかで……」
マナトはその彫刻に覚えがあった。
「あっ!アクス王国の広場にあった銅像と同じ……」
「誰?」
「!?」
彫刻の後ろから、女が一人、出てきた。
……彫刻に隠れて見えなかった。
暗くなりつつある上、小柄で、彫刻に隠れてしまうほどで、マナトは全く気づかなかった。
作業中だろうか、黒い帽子を被り、手袋をし、袖長めのつなぎ服を着ていて、ウエストポーチのような腰巻きをしている。
見た感じ、おそらく庭師だろう。
「とても素敵な庭ですね、あなたが整備されているのですか?」
――じぃ~。
帽子の下から、女のにらみつけるような視線が、マナトを捉えていた。
部外者として警戒されているようだ。
「あぁ、す、すみません。キャラバンのマナトといいます」
「あっ、それじゃあ、先ほどお越しになった、キャラバンさん達のお仲間か」
「そうですそうです!ちょっと、僕だけ来るのが遅れてしまいまして……」
すると、女は黒い帽子を取って顔をブンブンと振った。帽子の中に隠れていたショートヘアの茶色い髪が、ファサッと広がる。
クリっとしたかわらしい目をしている。小動物のような顔をしていた。
「今日はたぶん、お姉さまは部屋から出てこないと思うよ」
庭師の小柄な女は言った。
「お姉さまって、村長の娘の?」
「そっ。いま、大事な製作で忙しいのよって、ボクに言ってたからね」
「そうですか……」
「ボク、ニナ。名前、なんだっけ?」
「あぁ、マナトです」
「マナトくんね!ボク、名前覚えるの苦手なんだよね~。……よいしょっと」
ニナは木製の脚立を持ってきて、天使の彫刻を磨き始めた。
「この彫刻に、見覚えがあるのかい?」
作業をしながら、ニナはマナトに聞いた。
「はい。前に僕が見たのは銅像ですが、同じものを、アクス王国で」
「あぁ、なるほどね~。……ちなみに、お姉さまの前では、その国の名前はあんまり言わないほうがいいかもね~」
「えっ?どうして?」
「どうしてもさ!……よ~し!今日の作業お~わり!」
ニナは脚立から降り、脚立を畳んだ。
「それじゃあね!ええと……」
「フフっ、マナトです」
「そっ!マナトくん!」
ニナはマナトへ手を振ると、庭の奥のほうへと消えていった。
――ギィィィィィ……!
正面玄関の、大きなアーチ状の扉が開いた。
「おう、マナト」
ケントとミト、ラクトの3人が出てきた。ラピスの入った木箱を持っている。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「大丈夫だ。結局、交易担当に会えなくてな」
ケントが苦笑しながら言った。
「明日、また来るとしよう」