1人になった放課後
四月も終わりに差し掛かり、自分の高校二年の春が緩やか過ぎていく今日。
後輩という歳が一つ下なだけの存在にも徐々に慣れてきて、それなりに幸せに生きているんだろうなとは自分で思っていた。
友人はそれなりに多いし、所謂リア充というやつかもしれない。
今みたいに、放課後にクラスメイトの異性から呼び出しを食らうこともあるから。
「好きです」
こうして告白を受けることもあり、普通の日常の中にあるたまの刺激も珍しいことじゃなかった。
「二年になったら、勇気を出して言おうって、決めてたの。ずっと好きでした」
「ありがとう。きっとこれから、俺より好きになれる人に会えるよ」
贅沢な話、ときめくような言葉にももう慣れてきていた。
なんとつまらなく皮肉なことか、俺は、こんなありきたりでつまらない返事が一番人を傷つけないということには早々に気付いていた。
「うん、ありがとう……ごめんね夏絃君、彼女がいるのに」
今日告白してきたのは、クラスでも大人しいタイプの女子で、あまり話したことはない。
名前も正直、言われるまで分からなかったぐらいだ。
物分かりがいい、というか、最初から諦めをつけるつもりで告白してきたんだろう。
俺に彼女が居ることは学校内でも有名で、長らく恋をしていたらしい女子の多くが残念がっていることは俺も知っていた。
「いいや、気にするなよ。勇気出してくれてありがとな」
口角を上げて言うと、告白してくれた彼女は、微笑んで頷く。
一番傷つけない言葉を選んでいるはずなのに、どうしても少し悲そうな顔をされてしまう。
そんな顔を見なければならないのは嫌だった。
だからずっと、断る前提の告白は苦手だ。
「ん。……じゃあ、私、もう行くね。また明日」
「おう、気をつけてな」
パタパタと去り行く背中は、これから友人に失恋を嘆きにでも行くような想像をさせて、手を振り返しながらもちょっと苦い気持ちが胸に残った。
裏庭での告白の後、俺が向かったのは、校門近くの記念樹に設置されたベンチだった。
件の彼女とは、付き合うことになった高一の四月から、毎日ここで待ち合わせしている。
最近は、時間通りに彼女――琴美が来ないことも多い。
今日も琴美はまだいなかった。
しかしこれも、もう珍しいことではなかった。
いつも、遅れてくる彼女をベンチで待って、遅い時には最終下校時間を過ぎるギリギリに漸くやってくる琴美を家まで送る。
それは今日も変わらないし、どうやらよくない連中とつるんでいるらしいとか聞くけど、愛想をつかす気なんてない。
いつもの通りベンチに座ると、琴美に『何してんの?』と連絡を入れて待つだけだった。
――この分だと、今日もだいぶ現れないだろうな。
そう思っていた矢先、スマホをポケットにしまったところで、遠くから聞き慣れた声が響いた。
「夏絃―!」
明るくよく通る声は、校庭中に聞こえるであろう存在感を放っていた。
呼ばれた名前に顔を上げると、なんと驚くべきことに、遅いだろうと踏んでいた彼女が走り寄ってきているのが見えた。
ゆるくウェーブのかかった薄い金色の髪を揺らし、手を大きく振っている。
「琴美」
驚いた俺が立ち上がると、琴美は目の前で止まり、機嫌よさげに笑った。
「良かったーここにまだ居て!」
「当たり前だろ。今日は早いな」
普通を装って言いながらも、俺は目の前に琴美が居る事実に浮かれていた。
だってまだ夕日が昇り始めたばかりだ。
……こんなに早く会えるなんて。
今日はたまたま用事が入ってなかったんだろうか。
というか、こんなに笑顔な琴美を見るのも随分久しぶりだ。
帰り支度はまだに見えるし、とりあえず琴美の支度を待とう。
そして、せっかくの機会だ、前行きたそうにしてたクレープ屋に寄ってみてもいいかもしれない。
俺が鞄を持ち上げると、琴美は何か言いたげにあわあわと手を彷徨わせた。
そして顔の前で手を合わせ、眉を下げて笑うとこう言った。
「あー、今日はさ、私予定入ったから。悪いんだけどさー、教室にある私の荷物、持って帰っててくんない?」
……若干、いや、結構期待しただけに、予想外の内容だった。
悪いんだけどというその口調は、随分と軽い。
「予定って……急にか? なんかやることあるなら待つけど」
怒ってはいけない。
ある程度の平静は保ちつつ、自分の中に焦燥じみたものを覚えた。
何でだろう、俺と帰ることの優先順位が低くなりつつあったことは分かっていたが、まさかいよいよ代わりの用を入れられるなんて。
琴美を縛るような真似はしたくないが、ついまくしたてるように言ってしまった。
偶然外せない用が入っただけであってくれ。
琴美の中で俺の存在が邪魔になっているなんて展開だけは嫌だ。
「別に、言うほどの事じゃないし。いいでしょなんでも」
口調こそそこまで強くないが、少しばかり不機嫌になってしまったらしい。
「とりあえず荷物だけお願いね」
琴美は、半ば断らせないような口調で言うと、すぐに戻ろうとしてしまった。
俺の間抜けな頭では、怒らせたかなとか、嫌われたくないなとか、自分本位のことしか考えることができない。そもそも、今日俺が女子の呼び出しを断らずに受けたこともあって、その罪悪感から、琴美を止めることなんてできるわけなかった。
「……分かったよ、今日だけな」
本当はここで止めて、腕を引っ張ってでも帰ったほうがいいような気もして、どうもモヤモヤした。
それでも、今日だけだと口ばかりで肯定する道を選んだ。
「はいはい、どーも。鞄、私の机にあるから。よろしくね」
そう言い放った琴美は、じゃ、とそっけなく手を振り来た道を戻っていった。
うまいこと使われているんだろうな、琴美にとって俺は都合のいい彼氏もどきなのか。
ならば殊更、一緒に帰りたいだなんて言いづらかった。
なんだかなあ、なんて、吐き出しようのないやるせなさを感じつつ、琴美の鞄を取りに校内まで戻ることにした。