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第186話 裏幕の正体

「それでは、俺達はしばらく山の奥の方を見てくるので、数日帰りませんので」

「そうですか。お気を付けてくださいね」

 ミロルから『ミノラルの道化師』への言伝を聞いた俺達は、翌日の午前中に村長の家を訪れて、しばらく山の方に籠ることを告げに来た。

 俺たちの声が聞こえたのか、玄関口までやってきてくれたミロルに小さく手だけ振ると、不安そうな顔をしていたミロルの表情が微かに緩んだように見えた。

 もしかしたら、俺たちがこれから『ミノラルの道化師』に言伝を伝えに行ってくれると思っているのかもしれない。

 まぁ、結果としてその願いは『ミノラルの道化師』の元に届くわけだし、問題はないのか。

 ミロルの話によると、明日デロン村に怪しい宗教を広めた呪い使いがこの村に帰ってくるとのことだった。

 おそらく、そいつが帰ってきたら村の外からきた俺達いるというだけで、多少は警戒されてしまうだろう。

 相手のホームで戦う以上、せめて奇襲くらいはけしかけなければならない。

 そう考えたとき、俺たちがこの村にいない方がいいだろうと思い、山で一日を過ごすことにしたのだった。

「それでは、また数日後に」

 そうして、村長にそんな言葉を残して、俺達はデロン村を離れることにしたのだった。



「さて、それじゃあ情報収集に向かいますか」

 村長の家を離れて、やってきたのはデロン村の教会だった。

 以前は村の規模に合わせた木造の風情がある教会だったらしいが、今は結構な人数を収容できそうなくらいに大きなレンガ造りのものになっていた。

ミロル曰く、昔あった教会は老朽化していなかったにも関わらず、すでに潰されてしまったらしい。

 大きさだけで言えば、ワルド王国の教会を一回りくらい小さくしたくらいの大きさだろうか?

 とてもじゃないが、この村の規模に合っていない。それだけ金回りがいいということだろう。

 さて、なぜ俺たちが村長に山に籠ると言っておきながら、こんな所にいるのか。

 もちろん、今日にはこの村から出るつもりではある。あくまで、今日中に出るというだけで、今から山に籠るかどうかは別問題だった。

 何よりも、明日戦場になる場所くらいは、今日のうちに確認しておいた方がいいだろう。

「門番は二人ですね」

 そして、俺の隣ではポチを抱きかかえたリリの姿があった。

 おそらく、はっきりとその姿を見ることができれば、子犬を抱えている女の子という可愛い図が見えたのだろう。

 今見えているのは少しぼやっとしている程度。もっと本気で目を凝らせばもっと見えるかもしれないが、姿形までをはっきりと見ることは難しそうだ。

 教会の近くだというのに声を潜めて話せば、俺たちの存在自体門番には気づかれない。

高レベルの冒険者たちが、【潜伏】のスキルを使用しているのだから、気づけと言う方が無理だろう。

 ていうか、教会の前に門番を配置するってどう考えてもおかしいだろ。

 そんなことを考えながら、俺は手短に用件を澄ますことにした。

 俺はそのままゆっくりと歩いて門番の二人の真ん中に立つと、そのまま両手で門番二人の顔面を勢いよく掴んだ。

「「っ!」」

 そして、何が起きたのか分かっていない門番の男たちをそのままに、俺はゆっくりと口を開いた。

「【催眠】。『数年前にこの村に来て、へミス教を広めたのはどういう奴か答えてくれ』」

 俺が【催眠】のスキルを使用すると、一瞬もがこうとしていた男たちはだらりと腕を垂らして、目を虚ろなものにした。

門番の二人は自分たちの今の状況や、俺の問いに対して答えるということに何も疑問を抱いていないようだった。

「呪術師、オルス様です。隣のルロンからやって来たお方です」

「『呪術師? どんな戦法なんだ? いや、そんなこと教会の奴は知らないか』」

「言霊によって対象の物や人に呪いをかける戦法です。私は元々は教会の人間ではありません」

「教会の人ではない?」

 その返答に小首を傾げながらも、刀を腰から下げている辺りから、確かに目の前にいる門番が教会の人間ではないかと一人納得した。

「『へミス教を広めるために、オルスとか言う奴とこの村に来たオルスの仲間か?』」

「「はい」」

「『ていうことは、隣国から来た賊にこの村を乗っ取られていたってことか』」

 ミノラルの端にある村で、まさかそんな侵攻が進んでいるとは思わなかった。

いや、この場合は国が動いている訳でもないだろし、侵攻ではないのか。

 さすがに、隣国が侵攻してきているわけでないとは思う。おそらく、個人の利益のためにやっているだけだろう。

 そうでなければ、意味もなく教会を大きくしたり、多くのお布施を回収したりはしないだろう。

「『最後に一つだけ、この村から奪った金銭はまだ残ってるのか?』」

 二人の顔をちらりと見ながらそう聞くと、二人はだらんとした腕をそのままにして頷いた。

 ……そういうことなら、やりようはあるか。

 ある程度情報を収集した俺は、顔を鷲掴みにした二人から手を離して、催眠を解いた後にリリとポチと共にデロン村を後にしたのだった。

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