第187話 やり過ぎた男の末路
「「お帰りなさいませ、オルス様!!」」
隣国のルロンから帰還すると、聖職者どもが教会の入り口から並んで俺に頭を下げていた。
本当の神の遣いにでもなったかのような待遇を受けながらその列を通り過ぎて行くと、頭を上げた聖職者どもは俺に羨望の眼差しを向けていた。
ただ騙されているだけだとは知らず、本当に俺がこの村を救っていると思っているみたいだ。
この中の大半の聖職者たちが、へミスとかいう俺が勝手に作っただけの神を信仰する馬鹿どもだ。
俺が呪いをかけて、村の人たちを弱らせているとは思ってもいないらしく、熱心にヘミスとかいういないはずの神を信仰している。
そんな状況を前に、思わず吹き出しそうになる笑いを堪えながら教会の中に入ると、そこにはこの教会の司教の姿があった。
「オルス様、お帰りなさいませ」
「おう、司教様」
俺が出会った頃にはやせ型だった司教の体は、今やこの村で一番ふくよかな体型になっており、手元にはいくつか高価そうな指輪が見えた。
神のことなどすでに眼中にあるはずがない司教は、俺の姿を見て周りにバレない様に含みのある笑みを浮かべていた。
どうやら、俺がいない間にも大量のお布施があったと見える。
今日は午後から大量にお布施を回収する予定があった。ルロンで作らせていたできの悪い木彫り人形の大量に入荷できたので、それを売りさばく算段だ。
もちろん、お布施という形で。
今日だけでいくら儲けられるのか、考えただけでも笑いが止まらない。
「また大量にヘミス様の木彫り人形を持ってきました。きっと、村の方々達も喜んでいただけることでしょう」
俺が振り向きもせずに、俺の後ろで荷車を引かせていた遣いの物を親指で指さした。
しかし、俺の後ろに目を向けた司教は、浮かべていたはずの笑みを引いてその表情を固くした。
「司教?」
何かこの世のものではないものを見てしまったように、その顔を青白くさせて後退る姿を見て、俺は怪訝な顔と共に振り返ってみた。
すると、そこにいたのは、文字通りこの世のものではないものがいた。
身長は二メートルほどでひょろっぽく、気味が悪いくらいに長い手足に、ピエロの仮面。
気味の悪さと恐怖心を煽れるような佇まいのそいつは、その隣にこの世のものではない物を引き連れていた。
そんなピエロと隣に佇むそいつを見て、俺は一瞬で全てを悟ってしまった。
もしかして、こいつら……
「粛清に参りました」
紳士的なお辞儀と共に聞こえてきたそんな言葉が俺の耳をざらりと舐めて、俺は畏怖の念から強制的に全身に鳥肌を立てられてしまった。
俺の方に振り向いた呪術師と思われる男は、俺たちを見るなりその顔を青白くさせていた。
長い灰色の髪と揺らして偉そうに歩いていたのが嘘のようで、その顔は恐怖の感情だけで埋められていた。
……いや、そんなに脅えることもなくないか?
俺はワルド王国の国王の前に現れたときと同じく、【変化】のスキルを使用して姿を少し変えていた。
全体的にひょろっぽくて、不気味なくらいに手足を長くして、ピエロの仮面を被って教会に乗り込んでいた。
【感情吸収】と【感情共有】を発動させているだけなのに、教会にいる聖職者と思われる人たちも呪術師の男同様に脅えた顔をしていた。
その証拠に、高められた恐怖の感情によって、自分の力が漲ってくるのが分かった。
一人が恐怖を感じた時点で、【感情共有】によって周囲の人間は恐怖の感情に呑み込まれる。そして、それによって俺はまた力を漲らせることができる。
俺にとっては良いこと尽くめだが、相手からしたら意味悪循環だろうな。
「た、たすっ、助けてくれぇっ」
そして、そのうちの何人かはただ【変化】しただけの俺の姿を見て腰を抜かしてしまっていた。
いや、【感情吸収】よって高められた恐怖心が俺の姿をまたバケモノに見せているのか。
俺の姿を見て『恐怖の道化師』が来たと思って、高められた恐怖心によって、幻覚を見ているのだと思う。
……それにしても、そんなに腰を抜かすほど恐怖の対象に見えているのか、今の俺って。
そんな畏怖の念を向けている男の方に視線を向けると、どうやら俺の隣を見てさらに脅え上がっているみたいだった。
その男の視線に釣られるようにして俺の隣を見てみると、そこにいたのはキングディアを二回りほど大きくした状態でいるポチの姿があった。
さすがに、いつもの姿だと怖さがないと思ったので、色も【変化】のスキルを使って黒く変えている。
確かに、『恐怖の道化師』の隣に黒い獣がいるって言うのは怖いかもしれないな。
まぁ、今回は存分に怖がってもらうのが目的だからいいか。
「な、何者なんだっ、おまえはっ!!」
呪術師の男は顔色が悪い状態のまま、虚勢を張るためだけに大きな声でそんな言葉を口にした。
しかし、その声は裏返っており、脅えている様子がひしひしと伝わってきていた。
おそらく、ピエロの仮面をしていることから察してはいるのだろう。それでも、信じたくないのかもしれない。
……呪術師って聞いたから、少し警戒していたんだけどな。
あまり聞かないジョブだったから、対抗策としてフェンリルであるポチを連れてきておいたのだが、呪いをかけられるということ自体ないかもしれない。
どうやら、一方的に怖がらせるだけの戦いになりそうだ。
「見て分かりませんか? ただの道化師ですよ」
俺は雰囲気を壊さないように、無駄に丁寧な口調でそんな言葉を口にした。
その言葉を聞いた瞬間、周囲の顔色が絶望の色に染まったのだった。