31.スラッグヴォンズ
まず、アーリンくんがたのんだのは。
「レターセットを、もらっていいですか?」
武志さんが「はい」と速答して、店のすみにあるテーブルへとりにいった。
となりにはポストもあるよ。
まったく使ったことないけど、この店のセットは達美さんこだわりの一式なの。
持ってこられたのは、便せんと万年筆。
便せんは白地に線の入っただけのシンプルなものだけど、インクが染みにくい。
万年筆も書き心地バツグンの高級品らしいよ。
本来は、ここに藤の花が書かれた封筒がつくの。
暗号世界ではインターネットや電話がなくても、不思議じゃないの。
にたようなのがあっても、規格が違ってつながらない。
人の手から手へ運ばれる手紙が、一番確実にとどくんだよ。
アーリンくんはお礼を言って受け取った。
そして便せんを広げ、ペンを手にする。
「僕は、この世界の核兵器は大陸にしかないとにらんでいます」
デリケートな問題きたな!
・・・・・・こらえる。
みんな、今度は無言だった。
「その根拠だと思うのは、スラッグヴォンズというハンターです」
万年筆をはしらせる。
そこに描かれたのは・・・・・・。
なんだかわからないぐにゃぐにゃの線だった。
「201X年に太平洋の静岡県沖に出現したこれは、一目散に上陸。
真っ先に原子力発電所を襲い、放射性物質を食べつくしました。
その後、自衛隊の攻撃をものともせず東京へ向かいます」
これ、地図なの?
それとも、スラッグヴォンズ?
どっちだか分からないや。
他のみんなは、困惑の表情を浮かべてる。
よかった。私だけじゃない。
「東京からは、列島を縦断しました。
その後はーー」
『スラッグヴォンズは、201X年5月14日に太平洋側、福島県沖から出現した大型怪獣です』
割り込んできた声は、デジタル緞帳だ。
そこに写されたのは、灰色のゆがんだ景色。
嵐にさらされた、沿岸の町だった。
「あいまいなのは、嫌いなの」
達美さんだ。
「達美ちゃん・・・・・・」
恋人に心苦しそうに言われて、達美さんは。
「考えるののジャマはしないよ」
まあ、よかったと思う。
朱墨ちゃんは映像を見て、驚いていた。
何の話をしてたかがわかったんだ。
怪獣は、ハテノ市以外でも出現する。
数は少ないけどね。
そのときは、自然発生する大きな力がポルタの役割をすることがあるの。
嵐とか。
沿岸部を写す監視カメラの映像に、海が盛り上がる。
波しぶきをあげて、黒みがかった青い巨体が現れる。
そそり立つ二本の塔のようなもの。
あの先には、一つづつ目がある。
西洋のヨロイ兜、クローズドヘルム、だったっけ?
目の部分がはね上がる兜。
それを思わせるマブタをもつ、目だよ。
全身が、そんなヨロイを思わせるウロコでおおわれてる。
その目をのせた胴体は、太く後ろに伸びている。
その姿は確かにスラッグ(ナメクジ)を思わせる。
だけど。
『ゴャオーン!!』
目の下には、口がある。
『ゴオーン!!』
鋭い牙がならび、上下に開く獣の口が。
海から上がり、あわてて息を吸ったからかな。
『ゴャオーン!!』
激しい叫びを続ける。
胴体を支えるのは、ゾウのような四本の足。
たちまち、進行方向の家をなぎ払う!
なぐさめがあるのは、この上陸が察知されていて、すでに避難が終わっていること。
それだけ。
胴体の後ろから、二本のしっぽが現れる。
ヴォン、ヴォンと、激しく振り回されている。
その音が複数あるから、ヴォンに複数なのを示すズをつけて、ヴォンズ。
そのしっぽの先から、鋭く撒き散らされるものがあった。
スラッグの意味は、ナメクジだけじゃないの。
散弾、銃で撃つと、細かい弾がいくつも飛びだし、広範囲に破壊をもたらす。
それもスラッグと言う。
家が、町が、次々に打ち砕かれていく!
全長89メートル。体重70000トン。
それが悲劇の始まりだった。