174 語る夜②
「物心ついた頃には、独りで砂漠をさまよっていました。なぜこの地に降り立っているのか、いま自分はどこに向かって歩いてるかも、なにも分からず……ただ、原初の母、ティアの残り香を、この広大な大地に感じて……」
……原初の母、ティア、か。
どこかで覚えがあるのを感じつつ、マナトはジャンの次の言葉を待った。
「その時は、もう、人に?」
リートが聞いた。
「はい。人に変化することは、いつ出来るようになったかは、覚えていません。おそらく、ジンにとっては、人間が立って二足歩行で歩けるようになるような、そんな感覚なのだと思います。私は、幼い子供に化けていました」
「砂漠で?」
「はい、砂漠で」
「……」
何となく、マナトはアクス王国の帰還時に遭遇し戦った、ジン=グールを思い出した。
と、ジャンがリートへと視線を向けた。
「リートさん、あなたは、私のことを、ジン=ジャンとある程度分かった上で、攻撃を仕掛けてきた。私と盗賊団との戦いを見て、また、あなたの火矢を受け止めたのを見て、そして、私の名がジャンという理由で」
たいまつ越しに、ジャンがリートを見つめる。
「そ、そっすね。まあ、その、なんていうんすか、その~……」
リートは少し、ばつの悪そうな雰囲気になって、言葉に詰まった。
「フフっ、大丈夫ですよ、リートさん」
ジャンは微笑んだ。
「ジンを前にして、あなたの行動は当然だと思います」
「ど、どもっす……はは」
「私は先代の村長に拾われた時、名前はと聞かれ、とっさにジャンと名乗ってしまったのです。……だが、それでも問題なかった。ジャンという名前は、そこそこありふれているし、何より、誰もジン=ジャンという存在を知らなかったので」
「あぁ~。確かにそっすね」
「ちなみにちょっと、さっき、戦う前に見せた書簡を、見せていただけませんか?」
「いいっすよ……どぞ」
リートはウームーの書簡を書き写した紙を取り出し、ジャンに見せた。ジャンが紙に目を通す。
「マリード、グール、シャイターン、ジャン、リム……なるほど」
ジャンは一通り読むと、紙をリートに返した。
「このような情報が出回っていること自体、私は知らなかった」
「そうだったんすね」
「はい。それほどに、私は無知なのです。おそらく他のジン達も……パク」
そう言うと、ジャンは魚を口へ運んだ。
「普通に、ものは食べるのですね」
「えっ?……あはは!」
マナトが言うと、ジャンは笑った。
「もちろんですとも!私も基本的な活動においては、一緒だと思います。食べて、活動して、眠る。成長もする。性欲もちゃんとありますから」
……あるんだ。あっ、そういえば。
脳裏に、歓楽街の大人のお店に入ってゆく、ジン=マリードがよぎった。
――パチ、パチ。
たいまつの薪が鳴った。
「……でも」
ジャンが、ゆらめくたいまつに目線を落とした。
「思えば、私は幸せだったのかもしれません。他のジンは知りませんが……私の場合、どの環境で育つかは、決められなかった。でも、私に無限の愛を注いでくれた先代に出会えた。それが、私にとっての、ジンとしての人生を変えたのでしょう」
「……いい村長さんだったんですね」
「はい、とても」
ジャンが、にっこりと笑顔になった。
「ちなみに、ジンは、ジン同士で、交流はないのですか?」
「それは……ないなぁ」
言いつつも、ジャンは首をひねっていた。