142 ケントの情報収集
鉱山沿いに並び立つ建物郡、上のほうの階層の一角、村人達の憩いの場である見張らしのよい、丸テーブルとイスがたくさん置かれたテラス風の酒場に、ケントはいた。
目の前に広がるのは、砂漠に沈む、真っ赤な光。
手には、酒の入った小樽。
「ここから見る日の沈む風景、最高だな……」
つぶやき、ケントはグイっと酒を飲んだ。
「だろ。この村自慢の景色だ」
先に取り引きをした交易担当が、ケントに言った。
「それにしても、急な交易再開だったなぁ。ジンが出現したって言うから、てっきりしばらく交易はなしと思ってたんだが、急に、ラクダどうですか?って言い出したから、ビックリしたよ」
「そうだよ。お前ら、大丈夫なのか?」
他の村人も言う。
「まだ、ジンも、クルール地方にうろついてるんじゃないのか?前回同じようなことがあった時は、そこそこな期間、交易を見合わせてたのに」
「まぁ、そうですね」
ケントは、手に持った小樽を置いた。
「ムハドさんとこの商隊が帰ってきて、ラクダが急に増えちまったんです」
「あっ、あの人か!」
「なんか、どっか、遠くに行ってたんだろ?」
ムハドは近隣の村にも知られていて、有名だった。
「とにかく、ジンの警戒より、ラクダの交易を優先しなきゃいけなくなって、村的に」
「マジか~」
「まあ、アクス王国や、遠めの方面にはあまり行かないようにして、キャラバンの村に近い村に絞っているから、安全だとは思いますよ」
「あぁ、なるほど……」
交易担当は納得した様子で頷いたが、ケントの安全という言葉を聞くと、少し怪訝そうな顔をした。
「確かにジンはいないかもだけど……」
「えっ?」
「ここ最近、砂漠のほうで、妙な砂煙が舞い上がって、時間が経つと消えて……そんなことが起こってるんだ」
「ほう。行きは大丈夫だったんだが……それ、何かいるなぁ」
おそらく、砂中に潜む何かが、生息域を移動している。そのパターンの砂煙だと、ケントは思った。
正直、この鉱山の村には長居は無用で、一泊したら、明日にはすぐにキャラバンの村に戻る予定だ。
そして、戻ったらまた、ラクダ達を、どんどん需要のあるところへ送り届けなければならない。
「明日もう、ここを発つんだろう?ジンはもちろん驚異だが、砂漠の獰猛種達も、十分、危ないぞ。気をつけて帰ったほうがいい」
「ええ、そうですね……」
ケントは言ったが、その後、ボソッとつぶやいた。
「……まあ、今回は、どんな敵が来ても、大丈夫だけどな。むしろ、ちょっと、久しぶりに副隊長の……」
「んっ?なんか言ったか?」
「いや、何でもないです、独り言っす」
ケントは話題を変えた。
「んで、村の調子はどうですか?」
「今掘り進めていたところで、新しい鉱脈が見つかってな。忙しくやってるよ」
「おぉ!やったじゃないですか」
「そうなんだよ。それにだ……」
交易担当は、小樽の酒をグッと飲み干した。
「俺たちの主な取り引き先って、アクス王国とメロ共和国だから、正直、早く交易が全面的に再開してほしいって思ってるよ!」
「ああ。……そうですね!」
いつの間にか、空を照らしていた赤い光は、砂漠に吸い込まれてしまっていた。