134 マナトの一日⑤/リートとマナト
「あぁ、どうも。マナトっていいます」
マナトはイスから立ち上がって、挨拶した。
「いやぁ、なかなか綺麗な文字で書き写してて、誰の字だって、思ったんすよね~」
リートは言うと、書庫の隅にあったイスを持ってきて、イスの上にあぐらをかいて座った。
炎のような髪の毛や赤い瞳の目だけでなく、身に付けている服も、なんというか奇抜だった。
黒色の腰巻きはともかく、肩掛けとして、白地の生地に、鮮やかな赤や緑、青色が無造作に着色されている、この村では誰も着ていないような布切れをまとっていた。
左耳には、エメラルドに光るピアスをつけている。
「……あっ、リートさんってことは、ムハド大商隊の、副隊長ってことですか?」
「そっすね~」
「ウームーでの交易、お疲れさまでした」
「うぃ~っす」
そして、リートは黒朱色のパーマがかった髪の毛を指でクリクリとやった。
……チャラ男かな?
「そういえば、マナトくん、ジン=グールと、戦ったらしいっすね」
「あっ、はい」
リートが、髪の毛から指を離した。
「よかった、悪かったは別にして、珍しいことなんすよ、ジンに遭遇するのって。数ヵ月かけたウームーでの交易ですら、ジンとは一度も遭遇しなかったんで」
「へぇ、そうなんですか」
「しかも、種類も、ジン=グール。死人のもとにしか姿を現さず、通常生きていて会うことがまずないんで」
……ちょっと、このヤスリブの人の中では、少しジンに対する考え方が違うみたいだな。
アクス王国でも、キャラバンの村でも感じたことだが、ジンという言葉を聞くことすら拒否感を持っている人もいたため、マナトはジンについての自分の考えを言うことを控えるようになっていた。
「ケント隊長も、同じようなことを言ってました。いくつか、ジンには種類があるんですね」
「そっす。面白いの、見せてあげるっすよ」
リートは立ち上がった。
「……あっ、そうだ。ちなみに、そこに書いていることに関して、マナトくんはどう思うっすか?」
「えっ?」
さっきまでマナトが書き写していた書簡をリートは指差した。
「ジンのいない世界って、どう思います?」
「そうですね……」
マナトは黙った。
リートも立ったまま、動かない。次のマナトの言葉を待っているようだった。
「僕のいた世界では、ジンという存在は、いませんでした」
「へぇ……それ、興味深いっす」
リートの、赤い瞳が、光った。
「ジンがいないとなると、ここに書いている通り、人間の望みが叶っている世界ということになる」
「そうですね。そうなります」
「では、マナトくん。君のいた世界は、人間の楽園だったっすか?」
「いや、そうではありません」
マナトはきっぱりと、否定した。
「……では、この学者の疑問が、的中していることになる」
「はい」
「ジンの他に、驚異となる存在がいた、ということになるっすよね?」
「……はい」
「それは?」
マナトは一度、木片書簡をもう一度見て、やがてリートに向き直り、言った。
「人間自身です」