第5話 ラグナロク・マート
入り口前にいたことから最速で講堂を出た玄咲は、クラス分け表などには目もくれず校舎から少し離れた場所に立地する学内コンビニ【ラグナロク・マート】通称ラグマに入店していた。クラス分け表など見なくても主人公のクラスと座席は把握しているし、ラグマで買えるあるアイテムが今の玄咲にはどうしても必要だった。
白を基調とした小奇麗な内装の店内には、陳列棚に所狭しと商品が並べられている。主に日常生活で使われる安価で便利なカードであるインフラ・カードや、飲むとMPを回復する瓶入りのMPポーションなどの現実にはない商品に目を奪われながらも足は止めず、玄咲は目的の品物があるお土産コーナーへと一直線に向かった。
(あった! とんとことん饅頭だ!)
デフォルメされた豚のイラストが描かれた小箱を一箱取る。値段は1000マニー。玄咲の現在の所持金は1000マニー。この世界には消費税などというくだらないものが存在しない。ぴったり買える値段。玄咲は運命を感じた。商品をレジ――商品のカード決済に使われるレジスター・リード・デバイスの略称――に持っていき、バイトをしている店員のおばちゃんにとんとことん饅頭を差し出す。
「すいません。このとんとことん饅頭をください」
「あいよ、1000マニーね」
玄咲はポケットから1000マニーカードを取り出しおばちゃんに渡した。
「ん? ラグナロクポイントじゃなくて現金なのかい?」
「新入生なので」
「ああ、そういえば見たことない顔だもんね。もう入学式は終わったのかい?」
「はい」
「そっか。それにしてもとんとことん饅頭を買うなんて変わってるね。これとんこつ味のあんこが入ってるゲテモノだよ。全然売れないのに店長が自分が買う用に発注し続けてるんだよねぇ。あんたもゲテモノ好きかい?」
「いえ。食べたことはありません。ただ、知り合いが好きなもので」
「へぇ……女の子かい?」
おばちゃんがにやけながら聞いてくる。隠す理由もないので玄咲は素直に答えた。
「はい、プレゼント用です」
「ははは、軟派だねぇ。しかしこんなものを喜ぶなんて変わった女の子だ。そうだ、プレゼント用の包装で包んであげようか。もちろんタダだよ」
「いえ、結構です」
「そうかい?」
会話をしている間にもおばちゃんの手は淀みなく動いて会計を済ませ、使い終わったカードはリサイクルのため回収し、レジ袋に包んだとんとことん饅頭を玄咲に渡してくる。自動レジでなくレジ袋有料化もされていないどこか懐かしさを感じさせる光景。具体的には100円を握り締めてアイスのガチガチくんを買いに駆け込んだ子供時代のコンビニのような――思いがけず郷愁を刺激された玄咲の涙腺が緩む。涙を拭いながら玄咲はとんとことん饅頭を受け取った。
「……なんで泣いてるんだい?」
「目にゴミが入ったもので」
「そ、そうかい。この学園に入学するだけあってあんたも少し変わってるね」
「それでは失礼します。ありがとうございました」
「あ、うん。ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
とんとことん饅頭の入ったレジ袋を左手にぶら下げて玄咲はラグナロクマートを退店した。