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魔法の練習に付き合う猫

伸太郎と聖は次の休みに通称「裏山」の開けた場所に来ていた。暑くなり始めた季節には少々厳しい道のりの様だった。

「はぁ、はぁ、やっとついた……」
「……ほんとに……」

先日、灰色の猫に瞬間移動で連れられてきた場所だった。聖が汗を拭きながら来た道を振り返る。

「帰りも……この道のりで帰るんだよね? 下りだから大丈夫かな……」
「……そうだね、この道だと「黒いナニカ」とか、悪いものに襲われないらし……からね」

伸太郎は灰色の猫に教わった通りの道順で、かなり遠回りをしながらこの場所に来ていた。登り坂と言う事もあり一時間でつく道を蛇行しながら二時間かけてきている感じだったのでかなり疲れている感じだった。

「伸君、目が治ってから色々見えるようになったのね。私も変なもの見えるからわかるけど、変なモノがいない道を選んでたものね」
「……え? そうなの?」
「うん。小さい時から変なのが見えるって言ったじゃない」
「あ〜 そうか、これの事だったのか。てっきり幽霊かと」
「それも見えるけどね……」
「……え?」

 伸太郎は中学生時代に聖が話をしていたことを思い出した。てっきり霊的なものだけが見えるかと思っていたが、黒いモヤの事だとは思っていなかった。今までのなにもないと思っていた場所にまで悪いものがいた事に驚き、伸太郎には見えない「もの」まで聖が見えているのが少し気になっていた。

 聖が開けた場所まで歩いていき、眼下の街を眺めながらスマホを取り出す。

「いい景色だよね……ねぇ、写真撮ろうよ?」
「え、ああ、良いよ」

 伸太郎と聖は街を背景に自撮りをする。聖が保存された写真を見て嬉しそうなので伸太郎の顔が少々緩む。二人っきりで撮影するのははじめてだったかもしれないと伸太朗は思っていた。

「送っておくね」
「ありがと」
「さて、それじゃ早速始めようよ」
「あ、ちょっとまってね。メモにまとめて来たから……」

 伸太郎はボディバッグからメモを取り出しながら昨日の夜に灰色の猫とした打ち合わせの内容を思い出す。


◆◆◆

 夜も更けた頃、伸太郎の部屋で漫画を読みながらリラックスをしていた灰色の猫は驚いた感じで振り返る。

「ニャ?」
「だから、せっかくだから、俺も魔法を覚えたいから、俺にはしっかりと……ほら、本気の練習とか出来るでしょ? 聖に教える時に一緒にやれば。本当に魔法使う方法をやっていけば覚えられたり……」

 灰色の猫は一瞬伸太郎の方を見るが漫画を読むことをやめずに尻尾で次のページをめくる。

「本気で魔法を覚えようとしても……短時間で覚えるのは難しいニャ」
「これも願い事に入ると思うんだ。ほら、アシュレイは使命を果たしたら居なくなっちゃうんでしょ? 居なくなってもなんか使えると便利だし……だめ?」

 しばらく灰色の猫は漫画を読むのをやめて手持ちの漫画を魔法でくるくると回しながら
本気で悩みだした。しばらく考えていたが漫画の回転が止まると同時に返事をする。

「うーん、どうせ使うことは出来ないだろうから……使えなくても文句を言うのは駄目ニャ」
「おっし! んじゃ頑張るか、あ、やり方を一応メモらせて、前回意思伝達で話をしたら思った以上に混乱しちゃって……」
「確かにそうだったニャ……」

 伸太郎は灰色の猫に魔法の使い方の練習方法を聞き、丁寧にメモに記述をしていく。思った以上に熱心な姿に灰色の猫は驚いていたが、漫画の続きが読みたかったので嘘の方法を考える心の余裕がなかった。
(面倒だニャ~面倒だから正式な方法やらせてみるか……どうせできないだろうし……)
 漫画を読みたいがために、彼女の世界での本当の魔法のトレーニング方法を丁寧に教えていた。灰色の猫は人に魔法を教えるのに慣れた感じだった。


◆◆◆

「こ、これが魔法……」
「……すげぇ……」

(……ニャ!?)

 灰色の猫に教えられた手順通りに伸太郎と聖がトレーニングを行っていくと、何故か彼らの中に魔力がめぐり始め、手の上には小さな竜巻の様に風が渦巻き枯れ葉が舞い上がっていた。姿を隠している灰色の猫は呆然として固まってしまう。

「……やっぱりいきなり出来るのすごいの?」
「……あ、そうだね、うん。凄いはず……」
(なんか直ぐに出来ちゃったんだけど、一体どうなってるの?)
(まさか出来るとは思っていなかった……ニャ……)

(アシュレイ、この次はどうするの? ここまでしか教えてもらってなかったんだけど……)
(……中途半端は駄目ね、制御を教えないと危険だわ……まさかここまで出来るなんて……)

 アシュレイは驚きながらも、集中力を全く切らさない二人を感心した目で見る。あちらの世界ではコントロールをすぐに切らしたり、暴走させる人間が多かったことを思い出していた。まるで初心者研修を終えた魔法使いの訓練をみている気がした。

(そうね、そのまま魔法を操作して自由に動かせる様にイメージしてみて。後は頭が痛くなってきたら魔法を使うのをやめる様に言って。まさか、いきなり使えるとは思っていなかったの)

「今日はこのまま流れをコントロールしていく感じで……頭が痛くなったらおしまいって感じで」
「コントロール……こうね。本当に自由に動かせるなんて……」

 聖は伸太郎より上手に風を操っていた。途中からは自分の身体の周りに動かしたり、伸太郎の股の間をくぐらせてみたりと自由自在に動かせるようになっていた。

「聖すごいな……俺より上手だ」
「え? 伸君もう魔法使えるでしょ? なるほど、魔法を使えるのと、魔力のコントロールは別なのね」
「んと……」

(頭のキレる娘ね……それに魔力量もすごいものね。全然減っている感じがしない。どうなっているのかしら?)
(あの、俺、どうすればいいの?)
(そのまま魔力を使い続けると気絶しちゃうから、止める練習をしましょうか……)
(わ、わかった)

それからも灰色の猫のアドバイスを伝えながら魔法の練習をしていく。魔力のオン・オフ風の魔法のコントロールを続けていく。

「なるほど、魔術ってこう使うのね……ってことは……」

 聖が何やらつぶやくとかがんでジャンプの姿勢をとる。灰色の猫は聖が魔力を足にためている事がわかったが、驚きよりも魔力の強さに危険を感じ伸太郎に忠告をする。

(お主様! その娘を止め……あっ……)
「えっ?」

 伸太郎が灰色の猫の言葉を理解し聖の方を見ると同時に聖がとんでもない高さまでジャンプで一気に移動する。

「えっ! 痛っ!! キャッ!!」

 ビルの三階位の高さまで一気に移動した聖は、想像以上の高さのジャンプに驚き、足の痛さで空中でバランスを崩して背中からそのまま落ち始めてしまう。
(アシュレイ! 頼む!)

 危機を察知した伸太郎の身体のまわりから青白い光の粒子が発せられ灰色の猫の方へと集まっていく。青白い光を吸収した灰色の猫からはその力を使って魔術を行使する。灰色の猫の周囲から発せられた柔らかい光が聖を包み込む。伸太郎は前回子供を助けた時と同様にゆっくりと落ちてくる聖を優しく受け止める。

「……ありがとう」
「……どういたしまして。あれは禁止……」
「う、うん、それで、あの、足どうなってる? 物凄く痛いんだけど……千切れてない?」

 聖は安堵の表情から苦悶の表情へと一気に変わってしまい、伸太郎にかなりの強さで抱きついて痛みで身を捩らせる。

(ん……筋肉が断裂しているわね……ちょっと待つニャ……力が足りないか……)
(お、俺はどうすれば?)
(そのままだとその娘はしばらく歩けない……いや、歩けなくなってしまうかもしれない……願ってみる? その娘の足を治したいと)

「当たり前だっ!」
「えっ!?」

 突然伸太郎が大きな声を出すので聖が驚いて彼の表情をまじまじと見る。同時に彼の身体から青白い光の粒子が漂い始め、何もない空間に飛んでいくと、そこから光の質がかわり聖の足の方に吸い込まれるように消えていく……

「あ、アレ……痛みが消えていく……」
(……今のは?)
(生命の記憶戻しの魔法ニャ……お主様の願いが強い時は魔法がしっかりと発動するみたいだニャ)
(……治ったんだな……ありがとうアシュレイ……)

「……ごめんなさい。勝手にやっちゃって……」
「……次からは身体に魔力を流さない……」
「うん……回復魔法。あったんだね。凄い……これがあればひと財産築けるね……」
「……え?」

 伸太郎は聖の顔を思わずまじまじと見てしまう。彼はまるで考えていなかったようだった。

「あ、ごめんなさい。これは使えるのがバレたら危険な魔法だよね」
「……っと……」
「魔法使えるだけで凄いのに……色々な人に狙われちゃうものね」
「……あ~そうだね。確かに」
「? あれ? だから話すなって言ってたんじゃないの?」
「そこまで考えてなかったかも……」
「……伸君らしいね。あ!」

 聖は現状のお姫様抱っこ状態に気が付き、慌てて伸太郎の腕から飛び降りる。

「あ、ありがとう、本当にありがとう……」
「う、うん」
 
 伸太郎は聖が顔を真っ赤にしながら恥ずかしがっているのを見て、彼自身も恥ずかしくなってきてしまう。灰色の猫はそんな二人を見ながら微笑ましさを感じると共に、二人の魔法の能力に疑問を持っていた。

(この世界では理が違うのか……それとも偶然にこの二人に天賦の才能が偶然あったのか……)

 灰色の猫が本気で悩んでいると、ふと聖と目が合った気がした。灰色の猫は試しに軽く歩いて移動すると、動きに合わせて聖の目が追従していた。

(あれ? こんなところに猫? すごい綺麗な猫ね)
「ニャ~ニャーオ?」

 伸太郎が全く思いもかけないタイミングで、突然聖が下手なのかうまいのかわからないレベルの猫の鳴き真似をしたのに驚く。

「え? どうした? 突然?」
「ほら、あそこにきれいな灰色の猫がいるの。首輪も付けて……どこかの飼い猫だろうね、すっごいかわいい……」
「え? 俺には見えないけど……」
「へ? あそこだよ、あそこ」

 聖の指差す方向を伸太郎が見るが何もない茂みが広がっていた。伸太郎はアシュレイが近くにいるのは知っていたので探してみるが全く彼には見えなかった。

「景色と同化しているとか?」
「え、そんな事はないよ、ほら、あんなに……あ、あれ……消えた? もしかして、あれも黒い危ないものみたいな感じなの??? 変なものに見えなかったのに……」

 聖が伸太郎を見て場所を説明しようと振り返ると、聖の目には灰色の猫が見えなくなったようだ。伸太郎は元から見えていなかったので慌てて心の中で灰色の猫に問いかける。

(アシュレイ! なんか見えてたっぽいぞ!)
(わかっているわ。どうやらその娘は何かしらの力を備えている様ね。術を強めにかけ直してみたわ。いきなり魔法を使えるなんて……本当にどうなっているのかしら? この世界は)


◆◆◆

 特殊対策課の二人が「裏山」近くの住宅街を歩いていた。後輩の丹地はかなり挙動不審になりながら周りをキョロキョロして怯えているような印象だった。

「先輩……なんか見えるんですけど、どう考えてもこの世のものでないでかい虫みたいのも飛んでるし……」
「ああ、僕にも見えるな。百鬼夜行でも起こるのかもしれないな」
「……マジでそんなのあるんすか? 私は逃げますよ。一体でも大変なのに……」
「原因を取り除かなければこの街自体が危ういかもな……」
「……救援呼びません?」
「このレベルだったら僕たちとこの地域担当だけで大丈夫。いつもの事だ」
「マジですか? ああ、今までが楽過ぎる仕事だったのか……ど~りで給料良いわけだ……」
「何時も言ってただろうに……何を聞いていたんだ……」
「すんませ……」

 若干怒りながら先をスタスタと歩いていく榊の後ろを丹地は慌てて付いていった。
 
◆◆◆

(さっき聖が言ってた……回復魔法で人を助ける……とかできちゃったりするの?)
(かなりの魔力が必要なのと、時間が経ちすぎると上手く行かない感じね。病気も治せないものが多いからあまり使い勝手が良くないニャ)
(そうかぁ、残念だ……あ、でも、怪我したばっかりだったら治せるってことか)
(ものによるけど、大体その認識で良いニャ。あ、そこを左に曲がるニャ)

 伸太郎と聖は夕方になる前に裏山を降り家路についた。灰色の猫は伸太朗に抱えられているスポーツバッグの中で寝転んでリラックスしながら伸太郎と意思伝達魔法で会話をしていた。

「ねぇ、伸君はアレ見えてるんだよね?」

 聖は曲がった方向と逆方向、行かなかった路地の何もない空間を見つめながら伸太郎に問いかける。伸太郎はその方向を見るが……何か嫌な感じはするが彼の目には何も映らなかった。

「いや、見えないけど……感じるな……」
「なるほど……見える見えないは遺伝なのかな?」
「……遺伝?」
「あれ? 知ってるでしょ? 私の先祖がなんか陰陽師とかだったって」
「……ああ、なんか杜里家はなんか代々妖魔退治をしてたとか? 聞いたことはある気がする」
「妖魔なのかな……曾祖母ちゃんの代で終わっちゃったから良くわからないんだけど……私にもなんか見える力が遺伝で残ったみたいなんだよね」
「先祖が陰陽師とか、なんか、カッコいいよな……」
「だよねぇ……伸君に教えてもらった魔力と、この見える目があれば……妖魔退治とかできるのかな?」

(やめておいたほうが良いわね。魔法は使えても魔を払う事は別の知識が必要になるわ)
(その知識は教えてもらえない感じ?)
(私はお主様が危険に首を突っ込む性格なのをこの数日でよ~く見てるから教えたくないわね)

「妖魔退治は、なんか別物みたいだぞ?」
「……そっか。お婆ちゃんが血を引き継げなくて残念がってたから……」
「曾祖母ちゃんとか、先祖の誰かが……なんか、こう、やり方とか残してくれてたりしないの?」
「……あるかも。あ、ちょっと急がないと駄目かも。ママが家をリフォームするから蔵の中のものを査定に出してて、売りに出すって言ってた」
「え? マジ? 見ておいた方が良くない?」
「そうだね、折角魔力が使えるようになったんだから……」

 それからも魔力を使って何が出来るかの話で二人は盛り上がっていた。それを聞きながら灰色の猫は思った。
(危うい子達ね……見張る必要が……これが使命なのかしら?)


◆◆◆
 
 対策課の二人が警戒をしながら「裏山」近くの住宅街の道を歩いていた。

「榊先輩……その角から強い反応が近づいてきます」
「僕でもわかる……この感じ……能力者か?」
「多分……でもなんか変ですね、すごい自然にこちらに近づいてきますね。これだけ力があれば私達に気がついてないはずがないんですが……」

 建物の影から伸太郎と聖が仲良く喋りながら歩いてきて、無警戒で普通に彼らの方へと歩いてくる。丹地は冷や汗をかきながら榊の腕をギュッと掴む。榊は思わずバッグに手を伸ばし、いつでも武器が使えるように緊張をしながら備えていた。
 そんな二人の動向を全く気にせず伸太郎と聖は、これからのことを楽しそうに話しながらすれ違っていく。

 しばらく間を置いて、榊が丹地を見ると明らかに様子がおかしかったので問いかける。

「……どうした?」
「物凄くヤバいですね……なんか、こう、すごい力が……私達なんて相手にしていない様な……普通に素通りでしたね……こちらを気にしてない……あんな力持っている人間……会ったこと無いです」
 
 榊も異常さを感じていて、自分の手のひらを見るとかなり手に汗をかいていた。気づかれないようにゆっくりと軽く振り返りながら、何事もなかったかの様に遠ざかっていく二人を見る。

「能力者じゃないのに、破格の霊力持ちか……スカウトするか?」
「化け物レベルじゃないですか……マークしておいたほうが良いかと思います。今回の元凶かも……あ、そっち駄目っす。なんかいますね」
「助かる。僕には嫌な気配だらけなのしかわからないからな……」

 榊の目には、平凡で平和な住宅街に見えたが、それを覆う様な異様な空気だけは感じていた。丹地がスマホを取り出し、対策課の方へと連絡をしようとすると、突然かなりの遠方で原因不明の爆発音がする。

ドーーーーン!!

「えっ?」
「……あいつらが元凶……じゃなさそうだな」
「ガス爆発じゃなさそうですね。本部から呪霊災害アラートが来ました。行きましょう。先輩」
「分かった」

 対策課の二人は大きな爆発音がした方向へと急いで走り出す。

◆◆◆

 伸太郎と聖は爆発音が聞こえた後はすぐに家の方へと早足で帰っていった。
「大丈夫そうだね」
「やばかったね……まさかこの街で爆発事故起きるなんて」

 街は爆発音の方向へと向かう警察や消防車のサイレンの音が鳴り響き、物見遊山な野次馬などが向かったり、不穏を感じた人間が離れていったりと騒然としていた。

 あと少しで聖の家に到着といったところで、聖が前を不安そうに周りを見ながら足早に歩く女性に気がつく。

「あ、ママ」
「あら、おかえり。なんか大変なことが起きたみたいね。あら? ……もしかして火野くんかしら?」
「あ、ご無沙汰しています。お久しぶりです」
「久しぶりね、中学校の時以来かしら……大きくなったわね」
「そうでしたっけ……あ、じゃあ俺はここで、またな」
「う、うん、気をつけて! またね」

 状況をある程度察した聖の母親が聖を笑いながら笑っていない目で流すように見る。

「聖、後でしっかりと話を聞かせてね」
「……わかった……」

 思春期真っ只中の聖は母親に最近の伸太郎とのことは何も話しをしていなかった。

◆◆◆

「今日もありがとうございました」

 聖は自室に戻って、自室に飾ってある白黒の石に向かって目を閉じて手を合わせて祈りを捧げる。

(もう願うのはやめなさい……)
(あ! 蛇神様! お久しぶり!)

 聖が目を開けると、不思議な白と黒の石にまとわりつくように薄っすらと透けた白い蛇が舌をチロチロと出しながら聖を見つめていた。

(でも、凄くうまく行ってるんです! 念願のデートもできましたし、今日だって一緒に魔法の練習できたし)
(……それでか……纏う力が何やら変わっておる……)
(あの、私、曾祖母ちゃんみたいに退魔師になれるんでしょうか?)
(あの者は……)

 白蛇が何か話そうとした瞬間に、階下から聖ママの呼ぶ声が聞こえる。

「聖。蔵を見たいならすぐに来なさい。査定の人、もうすぐ来ちゃうから」
「はーい。すぐに行くよ! それじゃ蛇神様。また後でね」

 聖は査定前にお宝を確保しようと急いで一階に降りていく。


(困ったものだな……)
(何を困ると言うのだ? いい機会ではないか)
(……)

 蛇神様と言われた白い蛇は、よく見えないナニカと対話しているようだった。


◆◆◆

 ピン・ポーン

 聖が慌てて一階に降りると、部屋に昭和の香りのする古風な感じのチャイムの音が鳴り響く。

「……あら、もう来ちゃった……この騒ぎなのに……」

母親が反応し玄関の方へとパタパタとスリッパの音を響かせながら移動をする。

「杜里さん、こんにちは、少々早かったですかね?」
「いえ、今日は娘が色々蔵を見たいって言って……」
「ああ、お年頃の……好奇心……」

 左手に白い手袋をした壮年の男性は聖を一目見ると驚きの表情になる。聖も男性を見て驚き、懐かしんだ感じになる。

「あ、いつだかの占い師の叔父さん?」
「え? 聖! 失礼でしょ? 鑑定士さんよ」
「いえ、陰陽師、兼呪術研究科、兼鑑定士なので間違いではないです。ずいぶん大きくなりましたね」
「もう高校生ですよ」
「面識があったのね」
「ええ、小学生……中学生でしたかな?」
「小学生ですよ。ここに引っ越ししてきたばかりだったから」
「もうそんなに経ちますか……」

 母親が聖を伴い、査定をする蔵へと案内を始める。鑑定士は彼女たちに続いて歩き出し、彼の左手の白い手袋をさすった。その表情には隠しきれない笑みがこぼれていた。

(これは……想像以上に面白いことになってきたな……)

 彼の目には聖が纏うナニカが見えているようだった。


◆◆◆

しおり