家族とのふれあいをする猫
◆ ◆ ◆
「……あ……いるし……」
「おかえりだニャ」
伸太朗は部屋に入ると、いつも通りにスポーツバッグを椅子に置き、中から洗濯物などを取り出していた。色々な事を考えているようで、灰色の猫を見たり手元を見たりで視線がふらつき、動作がおぼつかない感じだった。
「あーっと……やっぱり夢じゃなかったんだな、どこ行ってたんだ? この二日間?」
「色々仕込みが必要なのがわかったから、この世界、この街を見て回ってたニャ」
「……魔法の世界の人とかなの?」
「? そうよ? 物わかりが早いのね? まだ夢だと?」
「……次に会ったら信じようかと、いや、違う……なんで居てくれなかったんだ……」
「……へ?」
「あの、集中する魔法、ものすごく効きが良くてさ、またかけてもらいたかったんだけど、いなくてさ……」
「それは……すまなかったニャ?」
「ああ、探す時間があれば勉強するべきだったんだよなぁ、やっぱり……二日前の自分に言ってやりたい」
灰色の猫は若干落ち込んだ雰囲気になってしまった伸太朗を慰めようとするが、どう慰めればいいかわからなかった。
「……残念ながら時を戻す魔法は無いニャ……」
「……無いのか! ……って、こんな事で時を戻そうなんて思わないよ」
伸太郎は灰色の猫の突拍子もないフォローに一瞬呆れて固まっていたが、少し考えた後に改めて質問をする。
「あ、それで、願い、叶えてくれるんだろ? 本当だよね? どうすればいいの? 代償は? なんかやらないとだめとか?」
「代償? ……無いはずだニャ。私もよくわからないニャ」
伸太郎は期待していた全能な感じの答えと違い曖昧な感じの返答だったので明らかにがっかりとした表情になる。
「……なんか頼りないな、んで、どんな願いなら叶うんだ? 普通の人生送りたいだけじゃだめ?」
「流石に私でもそこまであやふやだと叶えられないニャ。そうねぇ……気に入らない人間を呪い殺すとか、お金をどこからともなく取ってくるとか、試験の結果を書き換えるとか……」
灰色の猫の提案がまたもや的外れだったので、伸太郎が理解するまで時間がかかってしまう。理解した後は慌てだし、明らかに挙動不審になる。根が善良な人間のようだった。
「……全部犯罪じゃないか! もっと簡単なのじゃないとダメか……あ、ほら、えっと、たけコ……じゃなくて、空を飛ぶとか?」
「出来るはずニャ、それじゃ、飛びたい! と強く願うニャ」
「わ、わかった」
伸太朗は目をつむると、なにやらブツブツ言いながら集中している様だった。
(飛びたい! 空を飛びたい! 空中浮遊してみたい……)
灰色の猫は若干疑った様な目をしながら何やら唱えると、例のごとく伸太朗の体から少量の青い光の粒子が灰色の猫に届き、その後、伸太郎の体に灰色の猫から発せられた淡い光がまとわりつき、伸太郎の足が床からゆっくりと浮き始める。
「お! おおっ! 浮いたっ!」
興奮した伸太郎が目を輝かせるが、5センチ程浮いたところでピタッと止まってしまう。伸太郎とは対照的に灰色の猫ががっかりした口調で呟く。
「……あまり強い願いではニャかったみたいだニャ」
「え? 凄くない? ……浮いてるよな? あ、もしかして……」
伸太郎が近くの壁を力を込めて押すと、エアホッケーの玉の様に空中を滑る様に横にスライド移動していた。
「あ、面白い! ほっ! よっと」
「……楽しんでくれている様で……なによりニャ?」
(何だか威力が弱過ぎね……どう言うことかしら?)
調子良く壁や机を利用してスケボーに乗りながら反復移動して遊んでいると、魔法が切れたのか、突然地面に落ちてそのままの勢いで転んでベッドに飛び込んでしまう。
「……すげえ!」
伸太郎は感動して目をキラキラさせていた。灰色の猫は何とも言えない顔をしていた。
「それじゃさ、大きくなったりとか、物をコピーしたりとか、物をすり抜けたりとか、人を操ったりとか、透明になったりとか出来るのか?」
「……え? えっと、できたり出来なかったり? っていきなり全部は……今はテスト段階だし……すごい発想を持っているのね……ニャ」
「できるの? え? テスト?」
「私もこの世界に来たばかりだからうまく魔法の操作が出来ていないみたいなのよね……」
「やっぱり微妙だな……でも色々実験したら凄い事になりそうか……」
ガチャッ!
玄関の扉がいつも通りに元気よく開けられると妹の紡希が勢いよく入って来てそのまま二階の自分の部屋へと駆け上がる。
「ただいまー、兄い兄い、今日のご飯は?」
「あ! 忘れてた! ゴメン! 今からやる!」
紡希に返事をしていると、ふと伸太郎の目の前にいた灰色の猫の気配と姿がかき消えていった。
「スゲエな……」
(ふふ、今の私は普通の人間では見る事や認識することすらできないニャ)
(……ほんとスゲェな……それじゃ夕御飯食べたらまたやろう、面白すぎる)
伸太郎が階段を降りてキッチンで夕ご飯の支度をしていると、興味津々に見えない場所から灰色の猫がアレコレと現代のキッチンの事を細かに質問をしてくる。灰色の猫の世界の常識とかなり違うようだった。
伸太郎も思考伝達の魔法に慣れたのか、作業をしながら律儀に心の声で質問に答えていく。
「兄ぃ……あれ? なんか変な感じが……」
「……ん? どうした?」
自分の部屋に居たはずの紡希が夕飯の支度を手伝おうとリビングに入ってくると、辺りをキョロキョロと見回す。紡希の様子を見ていた伸太郎は思わず灰色の猫に質問をする。
(……認識されないんじゃなかったのか?)
(この娘は感覚が鋭いみたいだニャ……)
「気のせいかな……あっと、忘れものー」
紡希はリビングのテレビを付けてキョロキョロと見回し何かをしばらく考えた後、何かを思い出したのか踵を返して二階の自分の部屋へと駆け出していく。
(ほんとにバレて無いのか? そーいや、ツムは勘が鋭いんだよなぁ……)
(うーん。今の感じだと、私の事を見てなかったから大丈夫だと思うニャ。それよりも、これは凄いニャ、魔法の絵……遠見の魔法? 違うわね、記憶うつしの魔法? 凄い勢いで場面が切り替わって……面白いニャ)
(……ほんとに大丈夫か?)
灰色の猫はテレビに興味深々になり、姿が見えないながらも見入って熱中している事が容易に想像できた。そんな中、紡希がスマホを片手に再びリビングにもどってくる。伸太郎目線では自然にいつも通りの紡希に見えた。
「兄ぃ兄ぃ、ママ、今日は早く帰るってさ。ご飯に間に合うみたい」
「分かった。珍しいな」
(ほうほう……これも興味深い、魔法の姿見? いや、魔法の文字を映し出している? 変な魔法の波長を感じるわね……)
伸太郎は料理の準備をしていて気がついていなかったが、紡希は普通に行動をしていたが、明らかにいつもと違う緊張した面持ちをしていた。が、紡希の「普段」を知らない灰色の猫は呑気に彼女の後ろに浮遊してスマホの画面を眺めているのだった。
「ただいまー! 」
いつもより慌ただしい感じで母親の珠稀が帰ってくる。若干頬が赤く火照った感じなので急いで帰ってきた感じだ。
「おかえりー、凄い早いね。丁度ご飯できたから良いタイミングだ」
「え? ん? ……そ、そう。ありがとう」
呑気にいつも通りに挨拶をしてくる伸太郎に戸惑うが、珠稀もリビングに入ると違和感を感じたのか、周りをキョロキョロと見回すが何事もないのを見て、一息ついて荷物をソファに置いてダイニングテーブルに着席する。
「ご飯中はスマホしちゃダメだったんじゃないの?」
「あ、あー、これだけ送らせて」
「ツムも真似してるじゃん?」
「あー、これ見たらそっち行く」
全員が席に座ると、「頂きます」をしてご飯を食べ始める。その間にもテレビを食い入るように見ている灰色の猫からの意思伝達魔法で、テレビの内容への質問が雨あられと伸太朗に注がれる。伸太郎は食べながらも灰色の猫の質問に答えるべくテレビを見続けなければならず、割と大変な状態になり箸が止まりがちになっていた。
「……兄ぃ兄ぃ……今日は静かだね」
「……そうねぇ、自称「空気が読める男」とか「ムードメーカー」じゃなかったっけ?」
妹と母親がいつもと違う様子の伸太朗をジトっとした目で見ていると、割と鈍感な伸太朗も気がついたようで少々慌てだす。
「……え?」
(ヤベッ、猫とばっかり喋ってたら、何も話していない状態になるのか、すごい喋ってる気分になってたわ……)
「……ごめん、なんだっけ?」
珠稀が伸太郎の瞳をじっと見つめた後、紡希に疑いの目を向ける。
「確かに心ここにあらずって感じねぇ……ツムちゃん、特におかしい感じは無いみたいだけど……違うんじゃない?」
「兄ぃ、今日はなんか変なところによって来たりしたの?」
「……え? してないけど? いつも通り真っ直ぐ帰ってきたよ」
「それじゃぁ、なんか積まれた石を蹴飛ばしちゃったとか、御札みたいのを剥がしちゃったとか?」
「そんな罰当たりな……ってか帰り道にそんなの無いでしょ?」
「確かに……」
「本当にまっすぐ帰ってきたのよね?」
「それは学校から……ってことだよね?」
「もちろん」
「寄り道なんてしたら大変なことになるのを知ってるでしょ?」
「……そうなのよねぇ……」
「そうだねぇ……」
それからも妹と母親のよくわからない質問が続くが、いつもどおりに過ごしていた伸太朗にとっては訳が分からない質問だった。
(あれ? もしかして猫がきたのに感づいているとか? か? 猫、今どこにいる?)
(ソファの上ニャ)
(……二人とも目線は猫の方に行ってないみたいだし……聞かなきゃどこにいるかわからないくらいだし……なんだろ?)
一通りの質問の答えに満足したのか、妹と母親はそれぞれ夕ご飯を終えてリビングでくつろぎだした。
「あ、俺、風呂入ってくるわ」
「はーい、珍しいわね早いなんて」
「追い焚きしないでね」
「え? わかった……」
伸太朗は早めに風呂に入って自分の部屋にさっさと帰って灰色の猫の魔法を試したかったのでそそくさと風呂の方へと向かっていった。灰色の猫はそんな家族のやり取りを横目に見ながらテレビを満喫していた。
伸太郎が服をランドリーボックスに入れる音がした後、浴室のドアが閉まる音がする。
その瞬間……
ピカッ! ドン!!
リビングで突然、眩い光が発せられると、見えないはずの灰色の猫が姿を現わしてしまう、と同時に珠稀がものすごい勢いで灰色の猫を地面に押し付けて短刀の様なものを突きつけて身動きができない状態にする。灰色の猫は油断しきっていたのか、あまりに突然の事に思わず喋ってしまう。
「!!……え??? 何事??」
「! しゃ、喋った!! 猫なのに喋った!! ツムちゃん、どう?!?」
珠稀が灰色の取り押さえながら慌てた様子だったが、伸太郎に聞かれまいとしてか紡希に小さい声で問いかける。
「魔のモノ……妖のたぐいでは無いみたいね……悪い気は感じないかな……」
「良かった……さて……正体不明の猫ちゃん……表に出てもらおうかしら?」
灰色の猫は突然すぎる展開についていけず、普通の人だと思っていた伸太朗の豹変してしまった家族を見て呆然とするのだった。
◆ ◆ ◆
「あれ〜? (どこだ〜? 猫やー?) え? ツムまでいないのか?」
風呂から出てきた伸太朗がリビングに戻るとリビングはもぬけの殻だった。
(母さんとコンビニ行ったとか? テレビはつけっぱなし……部屋に戻った?)
伸太朗はつけっぱなしのテレビを消すと、自分の部屋へ行くついでに妹の部屋を覗く。普通の小学生高学年女子らしい部屋だった。
「やっぱいないなぁ……たまにどっか行くんだよなぁ…」
(猫やぁ~どこいった~返事しろ~?)
伸太朗はしばらく家中を歩き回り猫を探すが諦めた様で、自分の部屋に戻り椅子に座りスマホをいじり始めていた。
(ああ、面白そうだったのになぁ……魔法のテストしているとか言ってたから、外行ってなんかやってんのか? 今の時間は俺にとっては「かなりやばい」からなぁ……外いきたいなぁ……昼だったら行けるのになぁ……)
しばらくして伸太郎は夜が更けて暗くなった窓から外の街頭の明かりを見ながら、物欲しそうな表情をしながらカーテンを閉めてベッドに寝転んだ。
◆ ◆ ◆
「奥さん。その持ち方はちょっと痛いニャ、優しく持つニャ」
「……」
灰色の猫は緊張の面持ちをした珠稀に周囲の人間からは服の袖で隠れて見えないように短刀を突きつけられ、首根っこを子猫の様にもたれながら人気のない近くの公園に向かっていた。公園の人気がない場所にたどり着くと、珠稀が周囲を警戒しながら紡希に指示をする。
「ツムちゃん、あれ広げて……」
「うん」
紡希が何やら模様やら呪文やらが描かれた和紙の巻き物を地面に置き、四隅に小石を置いて何やら念じながら固定をする。灰色の猫の目にはうっすらと模様が光っている様に見えた。
(おお、こちらの世界の魔法陣かしら? 魔力が籠っている? ふむ、変わった術式ね……)
母親の珠稀が灰色の猫を巻き物の中心に置いて何やら唱える。灰色の猫は、紙に描かれた文字が鈍く光った後、何かしらの力が発生したのを感じていた。
珠稀が灰色の猫から手を放すが何も起こらなかった。
紡希がいつもとの違いに気が付き、緊張した表情になる。
「大丈夫なの? なんかいつもと違うみたいだけど?」
「この猫が全然抵抗しないからね……これは電気の檻みたいな物だし。さて、猫? なんと呼べばいいのかしら? 何でうちの伸太郎に取り憑いていたのかしら?」
(伸太郎はこの世界には魔法は無いと言っていたけれど、代わりのものがあるじゃないの……この娘達は魔術を使えるようには見えないんだけど、魔力はあるわね……なにかしら?違う理? どういった理屈かしら?)
灰色の猫は珠稀の質問を上の空に聞きながら巻き物に書かれた文字や術式に魅入られウキウキしていた。それに対して母娘は緊張し、ふてぶてしく得体のしれないものに対しての臨戦体制が続き、彼女たちの額からは冷や汗が流れていた。なかなか質問に答えない灰色の猫に業を煮やした珠稀が思わず怒鳴り声を上げる。
「答えなさい!」
「……あ、ごめんなさい。面白くて……じゃなかった。えっと、とりあえず、食べてやろうとか、取り憑いて呪い殺すとかは無いから安心するニャ」
「……目的を聞いている!」
珠稀の声に殺意がこもってくる。灰色の猫はやれやれといった表情をしておどけた感じで質問に答える。猫のふるまいではなく、すくっと立ち、二本足の人間のようなふるまいで。
「伸太郎の願いを叶えるためにきたニャ」
「……」
「……信じられるとでも思うの?」
思いがけない返答に珠稀が若干狼狽しながらも手にもつ短刀を強く握りしめる。その様子を動じることなく見ていた灰色の猫は続けておどけた感じで答える。
「思わないニャ、荒唐無稽な話に思えるニャ」
「……でしょうね、それで……」
怒りをためた珠稀を遮るように紡希が、いつも通りの口調で灰色の猫に質問をする。
「ねぇ、猫ちゃん。兄ぃ兄ぃ、しんたろーには危害を加えない……でいいの?」
「ふむ、聡い子ね、危害を加える気だったら、もうとっくに加えているわねぇ……無防備すぎるもの。かわいい寝顔だったわよ?」
「……」
「……」
母親の短刀を握る手に力が入り、怒りを隠せなくなるが、ふとその瞬間に突然彼女の後ろの方から声が聞こえる。
「悪いことはしないニャ、私の目的を達したら居なくなるから安心するニャ」
「「!!?」」
珠稀と紡希が声の方向に振り向くと、また後方から灰色の猫の声が聞こえる。
「お互い干渉せずに、普通の猫として接してくれればいいニャ。周りに話しをすると色々厄介だから秘密にしてくれるとありがたいニャ……ん? あれはなんニャ?」
「「!!」」
二人にとって未知の能力で移動を繰り返していた電灯の上に登っていた灰色の猫をやっと視認し、灰色の猫の視線を追うと、そこには黒い靄をまとった何かが木の間からのそのそと這い出てきていた。珠稀は灰色の猫と黒い靄をまとったナニカを見比べる。若干迷った後、苦々しい顔をしながら紡希に指示をする。
「つむちゃん! 剛志達に連絡を! 私が相手する!」
「わかった! 猫ちゃんは?」
「……クッ……後回し!!」
慌ただしく黒い靄をまとったナニカに対応する二人を後目に灰色の猫は優雅にその場を去っていった。
◆◆◆
カチャカチャ……ガラッ
突然、伸太朗の部屋の窓ガラスの鍵が誰が触ることもなく勝手に開いたと思ったら窓がスーッと開いていく。
「ただいま……ニャ」
「おかえり……ニャ、どうしたんだ窓から、ってかすごいな、念力ってやつか??」
(鍵、自動で開いたし……)
「幸せそうで羨ましいニャ……(ちょっとだけ肝が冷えたニャ)」
伸太郎は灰色の猫がいつもと違い、口調に好奇心のようなものが感じられなかったので、時計の時刻をちらりと見た後に灰色の猫に質問をする。
「あー色々やりたかったけど……なんか疲れてる?」
「そうだニャ、ちょっと魔法を使い過ぎた……もう寝る時間ニャ」
灰色の猫はベッドの上に飛び乗ると、伸太郎の枕側の隅の方で丸まって寝始めてしまった。
(……また、明日かぁ……)
寝入ってしまった灰色の猫を見て残念な気持ちになった伸太郎はしばらくスマホをいじっていたが、寝る前にトイレに行こうと階段を降りて行くと玄関のドアが開き、珠稀と紡希が入ってくる。整えられていた髪がボサボサになり、なにかの運動をして帰ってきた感じだった。
「あれ? おかえり。コンビニ行ってたんじゃないの?」
「……ちょっと公園までお散歩してたかな?」
「……かな?」
「し、伸ちゃん? 何か変わった事はなかった?」
「なかった?」
若干、母親の慌てた感じで真面目な口調に驚いたが、少しばかり考えた後にいつも通りの口調で返答をする。
「うーん、無い……かな?」
(猫のことは話せないしなぁ…話して大丈夫かなぁ?)
「……わかった、無いのね」
「……」
伸太郎がトイレのドアを開けようとすると、二人はお互いに目配せしてそそくさと自分の部屋へと向かった。
(変なの……あれ? 猫の事がバレてる? 訳ないか……)
伸太郎は明日のことが楽しみ過ぎて細かい事に色々と気が付かない様子だった。ちょっとでも注意力があれば二人の靴が不自然に汚れていたり、怪我を負っているのに気がついたかもしれない。
が、割とおおらかで鈍感で目が悪いのに眼鏡をかけていなかった伸太郎は気が付かずに普段通りにトイレに入るのだった。