第153話 魔物の群れ
「リリ、ポチ。ちょっとストップだ」
「アイクさん?」
「くぅん?」
ダンジョンも中層を通過して、下層に向かおうとしている階段の途中で、俺は前を歩く二人に声をかけた。
急に声をかけられた二人はなんだろうかと小首を傾げていたが、何かに気づいたポチは鼻をひくひくとさせた後、小さく唸るような声を上げていた。
「この先に魔物がいる。それも、相当な数だな」
【気配感知】のスキルで周辺を探ってみると、俺達が階段を下りてすぐの所にスタンバイしている気配が数十個ほどあった。
俺たちが今から下に向かおうとしているのを知っているのか、その気配はそこから動こうとはしない。
俺たちが来るのを待ち構えているのだろう。
「アングラマウスの大軍がいるな」
その気配の正体は、先程から何度も相手をしているアングラマウスの群れだった。
おそらく、ダンジョンに入ってすぐのところで出会ったアングラマウスではなく、中層くらいから出会いだしたタイプのアングラマウスの群れだろう。
一体ずつ相手をするなら、強くなったアングラマウスでも問題はない。ただ、あの強さの魔物が集団で襲ってくるような事態はあまり考えたくはない。
もしも、予期しないタイミングで襲われでもしたら、俺たちでも苦戦するかもしれない。普通のA級パーティレベルでも、不意を襲われたら壊滅することもあるだろう。
おそらく、行方が分からなくなったA級パーティのメンバー達も、こいつらに襲われたのかもしれない。
「……こんなに統率が取れてるのはおかしいよな」
魔物が群れでいる状況というのはそこまで不思議なことではない。それでも、一つの対象に合わせて、息を合わせたように連携を組むような事態は普通ではない。
先程から何度も衝突していた、普通とは違う強さを持つ魔物達。そして、それらが連携を取っているという事実。
「裏に何かいるな」
「リーダー的な存在がいるってことですか?」
「分からん。でも、このまますぐそこにいるアングラマウスを倒しても、A級パーティたちの行方は分からないかもな」
正直、奇襲でもされないのなら、すぐそこいる魔物達を蹴散らすのは難しくない。俺でなくても、リリの結界魔法でも倒しきることができるだろう。
ただ、それだと魔物を倒すだけで、依頼内容にあったA級パーティの捜索はできなくなる。
……それなら、ここでの倒し方は限られてくるな。
「ここは俺に任せてくれ」
俺は二人にそう言い残すと、【潜伏】のスキルを使用してから階段を下っていった。
そして、ダンジョンの壁の影から俺はその気配の集団を覗き込んだ。
そこにいたのは五十近いアングラマウスの集団。その中には、僅かながらオークの姿も見える。
そのどれもが息を荒くして、興奮状態にあるみたいだが、その目は今まで相手にしてきた魔物達よりも落ち着いて見える。
まぁ、これだけ興奮していれば操るのは簡単か。
「【肉体支配】」
俺がそのスキルを使用すると、真っ赤な丸い形をしたバルーンが何もない所から無数に生まれた。
初めからそこにあったかのようなそれらは、ただぷかぷかと浮いており、突然現れたそれに魔物達は不思議そうな目を向けていた。
操るのは数体だけでいい。一気に全ての魔物の動きを止めるのではなく、ただ互いを刺激し合うように。
ぱんっと音を立ててバルーンが割れると、群れの中から五体ほどのアングラマウスの体の支配権を手にすることができた。
俺はその五体を操作して、近場にいる魔物に鋭い牙を突き立てるようにして襲わせた。
「ぴぎぃぃぃっ!!」
予想もしなかった仲間からの攻撃に対して、攻撃を受けた魔物が攻撃をしてきたアングラマウスに飛びかかる。
そこに、別のアングラマウスを投入させて、反撃をかわさせて、他の魔物にその攻撃を当てさせて。
それを繰り返していくうちに、興奮した状態で待機していた魔物達は、一気に仲間割れを引き起こした。
「……地獄絵図だな」
互いに興奮した状態では、一度着火した怒りは収まることなく燃え続けた。それこそ、互いが力尽きるまで永遠に。
俺は操作しているアングラマウスを一時的に避難させて、仲間割れが落ち着いた頃に再投入させて、しっかりと魔物達にとどめを刺しておいた。
そうして、アングラマウスが最後の一匹になったタイミングで、俺は【潜伏】のスキルを解除した。
「よっし。『おいで』」
俺は傷だらけになったアングラマウスの体を操作して、こちらにその体を持って来させた。
そして、そのまま額をこちらに向けさせて、俺はそこに手のひらを向けた。
「【催眠】」
【肉体支配】のスキルを解除して、俺は一体のアングラマウスに【催眠】のスキルをかけた。
【催眠】をかけられたアングラマウスは、興奮しきっていた目を落ち着かせて、力のない目をこちらに向けてきた。
「『この群れのリーダーの所に、連れて行ってもらおうか』」
俺が静かな声でそう言うと、アングラマウスは俺の言葉が伝わったのか、小さく頷いてゆっくりと歩き出した。