バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

二十九話 別れはすぐに

 


「いいですかぁ、メニーさん! お友達とはこうあるべきだというものを、このボクが、ええ! この! ボクが! 一から教えて差し上げようじゃあありませんか!」

「わー」

 パチパチと鳴らされる無感動な拍手に、パティはムッとメニーを振り返った。

 メーラとアルベルトの前、お友達となったパティとメニー。メニーに問えばお友達とは何たるかを全くもって知らないとのことだったので、ここは一肌脱ごうとパティは急いで私服に着替えて皆の元へと舞い戻った。そして冒頭のセリフ。
 メーラが冷たい目を、アルベルトが楽しげな笑みをそれぞれ向ける中、パティはにこやかに「よいですか?」と腰に手を当て胸を張った。

「まず、お友達とは、会話をするものです!」

「はい、会話はしていますよ」

「はにゃ、確かに……で、ではでは次です! お友達とは! そう! 一緒にショッピングをしたり、美味しいクレープを食べたり、そういったことをするものです!」

「ショッピングに、クレープ?」

 目を瞬いたメニーに、パティの目がキラリと光る。まるでその問いを待っていたとでも言うように、彼は「ええ! そうです!」と鼻高々に宣言した。

「お友達は、一緒にショッピングしながら! クレープを食べるのです!」

「……コイツはショッピングとクレープが何かを問いたいんじゃないかしら?」

「はにゃ!? そうなのですか!?」

 驚くパティに頷くメニー。まさかお友達となった相手がショッピングもクレープも知らないとは、とパティは震える。
 だがしかし、逆に親しみ度を上げることに対してやる気が湧いてきたのも事実であり、彼は「ならば教えて差し上げましょう!」とこれまた胸を張って言ってのけた。

「ショッピングとは、簡単に言えばお買い物のことですね! それでもってクレープとは、こう、薄い生地に生クリームたぁっぷり入った、あまぁ〜い食べ物です!」

「あまぁ〜い食べ物……」

 ほう、とメニーは頷く。それに気を良くしたのか、パティは続けた。

「街の方にもショッピングが出来る場所やクレープのワゴンがあったりしますので、よければ一緒に行ってみませんか? 今日はアルベルトも非番みたいですしね! にゃはっ!」

「いや、僕は決して非番ではないのですが……」

「主様のお傍にいないなら非番みたいなものですよね。それに、ボク知ってるんですよぉ? アルベルトがメニーさんの護衛をつとめてる事!」

「それはまあ、そうですけれども……」

 でも決して非番ではない、と告げるアルベルトを無視して、「というわけで街の方へレッツゴーしましょう!」とパティはメニーの手を取った。手を取られたメニーは一瞬驚いた顔をするも、直ぐにいつもの笑みを顔に張り付け、「構いませんよ」と頷いた。これでふたりの街行きが決定する。
 アルベルトが自然と苦笑を浮かべる中、「くっだらない」と吐き捨てたメーラはそのままその場を退散。メニーが引き留めようとしたのも無視して、彼女はさっさと屋敷の奥へ消えていく。

「……虫の居所悪かったんですかね」

 ポツリと囁くメニー。

「メーラ様はいっつもあんな感じですよ。怒るとおっかないから、ボク苦手なんですよねぇ〜」

 返すパティに、アルベルトが「そんなこと言ったらダメですよ」と、軽い注意を促していた。



 ◇◇◇



 窓から見える中庭。そこに集う三人の少年を窓から見下げ、リレイヌは小さな息を吐き出した。彼らにこれから待ち受ける運命に対し、覚悟がわかない。漠然と、そう、心苦しい気持ちだけが、募っていた。

「主様」

 カツカツとブーツの音を鳴らし、従者がやって来る。既に人形はレヴェイユへと送ったのか、その手元に何も無いことを確かめてから、彼女は「なにか?」と一言。静かなそれに、従者──イーズは軽く目を細めてゆるりと首を横に振る。

「いえ、お見かけしたので呼んだだけです。邪魔をしたのでしたらすみません」

「構わないよ。どうせもうそろそろ部屋に戻ろうと思ってた頃だしね」

「十分も経っていませんが?」

「いいんだよ。それに、部屋の外は私にとって息苦しい」

 告げたリレイヌに、イーズは無言に。少しして窓の外を見やると、「パティたちのことが気がかりですか?」と問いかける。
 リレイヌはひとつの沈黙のあと、頷いた。視線をまた窓の外へと移せば、なにやら騒いでいる彼らが目に映る。

「……折角出来た友達を、引き剥がさねばならない」

 ポツリと告げる彼女に、イーズは黙った。黙って、そっとその傍に寄る。

「運命とは本当に、残酷なものだな……」

 悲しげな言葉。紡がれるそれは、どこか泣いているようでもあった。
 イーズは何かを言おうと口を開け、それを閉ざす。何をどう言えばいいか、どう言うべきか。悩んで結局、答えが出なかったのだ。
 無言の彼に、リレイヌは視線を向け、笑みをひとつ。「弱音を吐いてはいけないな」と、律するように前を向く。

「戻ろう、イーズ。仕事がまだ山積みだ」

「……仰せのままに」

 ゆるく頭を下げ、歩く主人の後を追う従者。彼はひそりと息を吐くと、悔しそうに、その拳を握りしめるのだった……。

しおり