二十二話 答えは聞かずに
メニーという人物の話をしよう。
彼の生まれはとある研究所の研究室。小さなビーカーの中だった。
まだ形を持たぬそれは影と呼ばれる生き物に酷似しており、ゆらりゆらりとビーカーの中を漂う。
ありとあらゆる薬を投与され、結果として人の形を保つことが出来るようになったメニーに、研究所の者は手を叩いて喜んだ。
「君は多くの者を救うことになる。多くの意思を継ぎ、多くの命を担ぎ、多く、長く、生きることになる。故にこう名付けよう。Many……メニー、と」
多という意味を持つ名を、彼はもらった。しかしそれは、彼にとってひどくちっぽけなこと。
彼の求めるものはそこにはない。故に彼は逃げ出した。抜け出した。ただガムシャラに求めて。自分を生み出した血の親を、探し求めたのだ。
二つの龍の血。貴重なるそれを──。
◇◇◇◇◇◇
「たーすーけーてーくーだーさーいー!!!!」
にゃーん!、という泣き声のような、鳴き声のような音が響いていた。蠢く、黒く巨大な塊に飲まれるように半身を捕らわれた少年が、ぴいぴいと身動ぎながら嘆いている。
そんな少年の傍ら、同じく塊に捕らわれたメニーはただぼうっと前方を見ていた。どうしてか光の宿らぬ瞳を白い街に向け、音もなく小さな呼吸を繰り返している。
メニー、メニー、メニー、メニー。
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「パティ!」
ふと、澄んだ声が耳に届いた。求めて求めて仕方がなかったそれは、しかし自分の名を呼んではいない。
それが憎たらしくて仕方がなかった。ドロドロとした感情が浮き出すように、黒い感情が見え隠れする。
「主様ぁっ!!!」
「パティ! 大丈夫かい!?」
「大丈夫じゃないですよぅ! 動けなくて最悪です! 助けてくださいー!!!」
えーん!、と嘆く少年──パティ。ジタバタともがく彼を見上げ、黒い塊の足元にいるリレイヌとコトザは視線だけを見合わせ塊を避けた。そして、両者片手を上げ、それを下ろす。
ズドンッ。
轟くような音が響き、晴れた空から落下した落雷が黒い塊を貫いた。「ビエッ」と謎の声を上げ、黒い塊は塵と化していく。
「にゃん!?」
べしょっと投げ出されたパティが地面へ。そんな彼の隣、ふらつきながらも地に足をついたメニーが、己の視線を寄ってくる二人の神へと向けた。そして、一度、ゆっくりと目を瞬き、口を開ける。
「どうしてここに居るんですか?」
「君を追ってきたんだ」
「追ってきた? どうして?」
「わからないかい?」
問い返された質問に、メニーは口を噤んだ。そして、ぐっと拳を握る。
「……帰るよ。今の外は、君にとっては危険だしね」
「……」
「……帰るよ」
差し出された手を、メニーは掴んだ。弱々しい力で彼女の手を握り返す彼は、小さく瞳を伏せて歩き出したリレイヌを追う。
「……聞くんですか?」
歩きながら、疑問をひとつ。
「聞かずともわかる」
返ってきた答えに、妙に恐ろしい感情を抱いた。