二十一話 行動理由に疑問を抱いて
どこへ向かっているのだろう。
どうして逃げ出してしまったのだろう。
自分という存在の行動に疑問が浮かぶ。されど止まることは許さないと動く足は、確かに、確実に、この聖地の出口を目指していた。
はやく、はやく、はやく、はやく。
急かされているわけでもないのに、急げと自分の中の何かが言う。
否定される前に、逃げなくては──。
「わあ!? っととと!」
走っていたら、丁度聖地の入口。その前で誰かとまたぶつかりそうになってしまった。
慌てていたということもあるが、前はちゃんと見ないといけないなと反省しながら視線を前方へ。急ブレーキをかけた相手方を見て、小首を傾げる。
ふわふわとした白い髪を持つ、目の色が左右異なる少年……いや、少女……?
兎にも角にも、八重歯が特徴的な子供である。
白いシャツに魔女のようなマント、帽子、それから黒い短パン。短パンから伸びるすらりとした細い足は長めのブーツに包まれており、子供が動く度にこつこつと音をたてている。
子供の左太ももには青色のベルトが巻かれ、それにはよくよく見ればチョークが数本刺さっていた。あんなもの何に使うのだろうか。考えていれば、「もー! 危ないですよ!」と憤慨したように怒られる。咄嗟に謝り、頭を下げた。
「ボクじゃなかったら今頃大事故が起きていたところですよ! 反省してください! はぁ〜、今日はせぇっかく、久しぶりに! 主様の所へ帰れると思って楽しみにしていたのに……これじゃ開始早々ついてないじゃないですか」
「……主様?」
まさかオカーサンのことかと、メニーは目を瞬いた。そんなメニーを知ってか知らずか、目の前の人物は「そうです! 主様です!」と胸に手を当て、空いた片手を大きく開いてみせる。
「主様……我らが主君、リレイヌ・セラフィーユ様! 美しく可憐で儚い雰囲気を持ちながらもしっかりと自身を持ち、知的な話し方で他を魅了する素晴らしきお方……! ボクはですねぇ、主様のかわいいかわいいお人形なので! はやく! お傍に! 戻らなくてはならないのですよ!」
「……お人形?」
「はい! そうですそうです! ボクは猫のぬいぐるみなのです! にゃーお!」
あざといとも言える仕草で一声鳴いたその人物。オカーサンって変なのに好かれるなほんと、と思考するメニーは、そこでようやっと自身が落ち着いていることに気づく。
今までの焦りが嘘のように冷静になった頭で思考を回し、彼はにこやかな笑みをその顔に貼り付けた。
「お屋敷に戻るんですよね? ご一緒しても?」
「おや? 聖地から出られるのではなかったのですか? 随分急いでいたように思えますけど……」
「はい、先程までは。今は落ち着いたので一度戻ってみようと思ったんです。あなたのお陰ですね」
「はにゃにゃ……よくわかりませんがなにやらお役に立てていたもよう……これは喜ぶところなのでしょうか……」
悩ましいと小首を傾げる相手に無言を送り、「まあ、まあ良いでしょう!」と頷いた彼に笑みを深める。
「とりあえず戻ることが先決です! ささ! 足元に気をつけてレッツゴー!」
片腕を振り上げ歩き出すその人物を追いかけるメニー。だが、彼の足は数歩進んだところで止まり、何故か引きずられるように後方に進んでいく。
「ぁ、へ……?」
「はにゃ? どうしました?」
メニーの呟くような声に振り返った彼の顔が、驚きに染まった。
◇◇◇◇◇◇
「なぜ止めなかった、コトザ」
「急いでたみたいだから」
カツカツとブーツの音を鳴らし、急ぎ足で聖地を歩くリレイヌ。その後ろ、朗らかに微笑みついて行くコトザはどこか楽しそうである。
先程、メニーが部屋を飛び出して行った後、嫌な予感を感じてリレイヌはすぐに彼を追いかけた。が、見つけたのは護衛の双子を放置し、一人この屋敷を訪れたレヴェイユの象徴、コトザだけ。
聞くところによるとメニーは屋敷を出ていったらしく、リレイヌは急いで屋敷を出て聖地に足を踏み込んだ。その後を追いかけるのはコトザだけで、他の護衛は見当たらない。まあ、影の中にアルベルト辺りは潜んでいるのだろうが、それにしても無謀である。
「メニーはウチの客人だ。レヴェイユでも調査依頼を出している程重要な存在。知っていて止めなかったわけではあるまいな」
「そうだとしたらどうするの?」
「……面白そうで厄介事を増やすな」
吐き捨てたリレイヌに、コトザは微笑んだ。微笑んで、歩を早めて彼女の隣へ。並ぶように横を歩き、「かわいそうな子だよね」と前を見る。
「あれはもう長くない。多分、無茶してるんだと思うよ、相当。それも、ただ一重に、君に、僕に、会うためだけに」
「……」
「ねえ、本当は知ってるんじゃないの? 彼の過去、現在、そして未来……知らないわけないよね。だって君は全知全能の神様だもの。わざわざ調べる必要なんてない。君が視れば全てわかる。わかってて君は、わざと時間をかけてるんだ。そうでしょう?」
「…………」
不服そうに顔を歪めて口を閉ざすリレイヌは、そこでふと、声を耳にし足を止めた。それはどうやらコトザも同じらしく、彼は珍しくその顔から表情を消し、どこか一点を見つめている。
「……なにかいる」
「わかってる」
一言。
言葉を交わした両者の目の前に、巨大な、黒い塊が飛び込んできた。