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33.一粒の涙

 


「うーむ、泣けるのう」

「! ご当主様……」

 部屋に入ってきた老人を視界、シアナ・セラフィーユは腕に力を込めて上体を起こした。リレイヌが慌ててその体を支えるのを視界、「寝とっていいんじゃよ」と笑う老人は、ゆったりとした足取りでシアナの方へ。彼女の座るベッドの横、静かにその頭を下げてみせる。

「助けが遅くなってすまんかった」

 零される謝罪。
 シアナは困ったような顔で首を横に振る。

「いえ、元はと言えば私が招いたことです。謝罪などいりません」

「そういうわけにもいかんじゃろうて」

「本当に。大丈夫ですから……」

 やんわりと告げたシアナは、そっと娘の頭を撫でやると、「こちらこそあなた方にお礼を言いたい」と一言。皆の前で、そっと頭を下げてみせる。

「娘を助けていただき、感謝します」

「シアナ様……」

「禁忌と分かっていながら、それでも見捨てずに手を差し伸べてくれたこと、本当にありがとう。ヘリートを、あの人を助けられなくて、ごめんなさい……っ」

 震える謝罪だった。心の底からの、懺悔だった。
 誰もが口を閉ざして暗い顔をする中、シェレイザ家当主は静かにシアナの下げられた頭を撫でる。

「謝ることは無い。ヘリートもきっと、そう言うじゃろうて」

「……、っ……」

「ううっ!」、と嘆くシアナに、リレイヌは不安そうな目を向けた。「かあさま……」とポツリと零す彼女を、シアナは静かに抱き寄せる。

 頬を伝う涙が、とても、とても温かかった。

「……さて、皆、シアナちゃんのことは気になるじゃろうが、今はひとまず安静にしてやろうて。リレイヌちゃん、お母さんのことを頼んだよ?」

「……はいっ」

「うむ。良い返事じゃ。ほれ、何をしておるお前たち。撤収撤収」

 当主が手を叩いてそう言えば、皆はその目に涙を浮かべながらも静かに部屋を退室していく。残された当主、リック、それからリオルと睦月も、順に部屋を出ていき、残るはシアナとリレイヌだけとなってしまった。

 母の泣き声が響く部屋の中、そっとその背を撫でるリレイヌも下を向く。

 父が死んだ。
 その事実は、痛いくらいに重かった。

「……、……リレイヌ……」

 シアナが娘を呼ぶ。柔らかく、それでいて穏やかに。
 リレイヌはその呼び声に顔を上げた。不安そうな青色が、僅かながらも揺らいでいる。

「……リレイヌは、これからどうする?」

「え……?」

「これから、どう生きる? 私はもう、ココには居られない。だから遠い、遠いところへ行かないといけないの」

「遠いところ……?」

 繰り返し問うリレイヌを優しく撫で、シアナは微笑んだ。「母様と来る?」と問う彼女に、リレイヌはすぐに頷いてみせる。

「母様と行く。私、母様と行くよ」

「そう……そっか……」

 なら、一緒に行こっか。

 そう言い微笑んだシアナは、そっと視線を部屋の扉へ。そこにある、四つの幼子の気配に小さく目を伏せると、愛しそうにリレイヌの頬を撫でた。

「……リレイヌ。これから先、きっとたくさんの辛いことが待ってる。だから、それらに備えるために、貴女は強くならなくちゃいけない」

「力の使い方を教えます。だからそれを、覚えていきなさい」

「そして誰よりも強くなりなさい」

「貴女はだって、私たちの神様だから……」

 零される言葉たちに、リレイヌはただ一度、こくりと頷く。

「強くなる」

「みんなを守れるように」

「母様を、守れるように」

「私、強くなる」

 うん、と頷くシアナは、今一度愛しいその子を抱きしめると、そっと、最後となる涙を零すのだった。

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