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32.母の願い

 


「シアナ様……!」

 聞こえる。誰かの焦ったような声が。
 聞こえる。私の愛しい子の声が。

 フ、と目を開けた視線の先、艶やかな黒髪がふわりと揺れる。透き通るような青が焦ったような色を灯す様子に思わず小さく笑ってしまえば、「わあ!!!!」と大歓声が周囲で上がった。目を向ければ、懐かしい。シェレイザ家の人達がそこにいる。

「シアナ様が! シアナ様がお目覚めになったぞー!!!!!」

「急ぎご当主様、ならびにリオル様、リピト様に報告を!!!!」

「シアナ様!!!! お水!!!! お水はいりますか!!??」

「焦るなアジェラ!!!! シアナ様はまだ病み上がりで──」

 騒がしい彼らをよそ、私は腕を伸ばし、目の前の愛しい子を抱き寄せた。包帯だらけの腕の中、愛しいその子がゆっくりと目を見開いていくのがわかる。

「……ごめんね……ごめんね、リレイヌっ」

 私がもう少し周りを警戒していたなら。
 もっとずっと、魔法を上手く扱えていたなら。
 遠い、今よりも遠いところに身を隠していたならば、きっと。
 きっと、こんなことにはならなかった。

 自分の甘えが、ヒトへの信頼が、ふたりといる安心が、崩壊を産んだ。この崩壊は、きっともう、止められない。

「……ごめんねっ」

 紡ぐ謝罪。嘆く私。黙り込むシェレイザの者たち。

「……母様」

 ポツリと紡がれた、出なかったはずのその声にその子を見れば、子はめいっぱいの涙をその瞳に溜めながら、私のことを見つめていた。その姿にもう一度謝罪を零せば、子は……リレイヌは、ゆるりと首を横に振り、そうして口を開く。

「皆が言ってた。禁忌を産むのは悪いことだって。私が産まれたから、母様たちは苦しんだ。私が禁忌じゃなかったら、きっと、こんなことにはなってない……」

「そんなこと……!」

「……ごめんなさい。でも──」

 産んでくれて、ありがとう。

 紡がれた謝罪と感謝。二つの相反する言葉に歪む視界。
 私は知ってる。きっとこれから、貴女が産まれたことを後悔する時が来ることを。それでも、いつかはまた、産まれたことを喜ぶ時が来ることを。

「……こちらこそ。産まれてくれて、ありがとう──大好きよ、リレイヌ」

 辛い運命が待ってる。けれどどうか挫けないでと、愛しいその子を抱きしめる。
 大丈夫。最後には絶対、貴女には笑える時がやってくる。大きな幸せが待っている。だからそれを信じて、どうか……。

「……どうか、生き抜いて」

 この辛い世の中を、どうか……。

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