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2話 理想の女性との出会い

 綾のことを知るはずもない凛は、思いのほか気さくに話しかけてきた。
「ハンカチ、落として汚れちゃいましたね。今日、このステージを見に来たんですか? まだ歌は続きますけど、帰られるということは、つまらなかったんですかね。」
「いえ、盛り上がってました。あなた方の歌、とってもお上手でした。」
「聞いていただいていたんですね。お世辞でも嬉しいです。ここで会ったのも何かの縁ですし、少し、この辺で、何か買って、食べながらお話しでもしませんか。」
「いや、でも今日、会ったばかりだし。」
「気にしないって。行こ、行こ。」
 強引に、学祭の綿菓子を買って、連れていかれてしまった。

 綾から見た凛の容姿や振る舞いは、天真爛漫というか、キラキラオーラー全開であったが、一方で、SNSの会話からは裏表がない、素朴な心の持ち主だと感じていたので、綾からは、この2つの面を持った凛がとても眩しかった。これだけ、周りの雑音にとらわれず、打算もなく、真っ直ぐしたいことをしている姿には、女性の嫌らしい面は全く感じられず、憧れを感じた。

「ねえ、初めての人に話すのもなんだかと思うかもしれないけど、気があう人だと直感で感じたので、聞いてくれる。私、SNSで知り合って、まだ直接には会ったことないんだけど、好きな人がいて、なかなか会ってくれないんだ。顔とか知らないだけど、いつも優しくしてくれて、会いたんだけど、どうすればいいかな?」
「そうなんだ。どんな話しする人なの?」
「どういう話しするっていうか、いつも私のこと聞いてくれて、それは大変だねとか、それは私の方が正しいよとか、いつも味方になってくれるんだよね。そんな人、初めてだったし、本当に私のことわかってくれて、こんな人と一緒にいたいと思っている。でも、今日も誘ったんだけど、来ないって。彼女とかいるんかな。」
「好きって言えないだけかも。」
「そうじゃない気がする。なんとなく避けられているような。多分、誰にでも優しいだけなんだよ。私って、男性運が低いから、本当にだめ。」
「そんなことないと思うけど。」
「ところで、さっき、泣いてなかった? なんかあったの?」
「いや、なんとなく学祭って、懐かしくて。」
「そうなんだ。色々、思い出があるのね。泣きたい時は、泣くのが一番だもんね。」

 歩きながら綿菓子を食べて、じゃあって別れた。綾は、凛って本当に心が透き通った人だなって思いつつ、告白する勇気もなく、自分の家に向かった。こんな体だから、凛に何も言えない。自分が凛と付き合いたいと言えば、彼女は気持ち悪いと言われる、そんなことを考えていると、また涙で目がいっぱいになってきた。

 それから1ヶ月ぐらい経ったあたりから、綾は、会社から帰る途中で、ふと気がつくと、凛が通っている大学の正門に来ていることが度々あった。凛と会えるはずもないけど、もしかしたらと思い正門の前に立っていたのだ。

 そんなことが続いて1ヶ月ぐらい経ったとき、正門で声をかけられた。
「あれ、綾さんじゃない。」
「え、こんなところで凛さんと会えるとは思っていなかった・・・」
「覚えていただいていたんですね。嬉しい。ところで、この大学に何か用事があるんですか?」
「いえ、会社からの帰りで、今日は早く仕事が終わったんで、プラプラしていただけで、特に、何か目的があって歩いていたわけじゃなくて、あれ、何言っているんだろう。」
「せっかく再会したんだから、飲みにでも行きませんか? 今日、友達とか誘っても誰もいなくて、でも飲みたい気分だったんですよ。」

 2人は、凛がよく行っているという、近くの安い九州料理の居酒屋に入った。
「前回は聞かなかったけど、凛さんは九州出身なの?」
「いえいえ、東京生まれの東京育ちですよ。門前仲町って知っています? そこでずっと暮らしたんですよ。」
「門仲なのね。和気あいあいとした、昔ながらの雰囲気があって、素敵よね。」
「知っているんだ。そうそう。この大学までは少し遠いいんだけど。ところで、綾さんは東京ですか。さっき、会社に勤めていると言っていたけど、どんな会社なんですか?」
「私も東京生まれ。高円寺って知ってる? 住宅ばっかりの街よ。」
「う〜、どこかな、スマホで調べてみると・・・中野のあたりなんですね。都会だ。」
「そんなことはなく、本当、住宅しかないって感じ。それで、働いているのは新宿にあるIT会社で、今はプログラマーかな。今年入った新人なの。凛さんと1歳違いかしら。最近は、リモートでも仕事しているけど、大体は机の上でPCと向き合っているわね。」
「そうなんですね。プログラム作れるって、すごい、すごい。でも1歳違いなんだ。なんか、背が高くてすらっとしているし、大人の女って感じで、憧れちゃう。そういえば、前回、会ったときはSNSの男性の話しをしたけど、綾さんは、社内恋愛とかしているの?」
「う〜ん。あまり、周りに素敵な男性がいないから、社内恋愛はないかな。SNSの彼とはうまくいった?」
「進展なしで〜す。もう、最近の男性って草食というか、ぐいぐい来てほしいのにっていう感じですよ。」
「そんなに焦らずに、穏やかな関係っていうのもいいんじゃない。」
「それもいいんだけど、やっぱ燃えるような恋っていうのもしたいし。」

 凛は、恋愛について、爽やかな夢を永遠に話していて、もう22歳ぐらいなのに、まだ夢多き、純白の心のようだと綾は凛の顔をずっと見つめていた。
「綾さん、私の顔ばかり見ているんじゃないくて、優しくしてもらいたいとか、どこかに連れて行ってほしいとか、男性に目を向けた方がいいよ。恋愛はもっと楽しいことが多いと思うだけど。」
「凛さん、少し酔っ払った? そろそろ帰ろうか。」
「そうね。お勘定は、割り勘っと。」
「また会おうね。今日みたいに誘う相手がいないときは、私のLINEに連絡して。」
「今日は楽しかった。そんなこと言うと、週1で誘っちゃうぞ。でも仕事もあるから、そんなには無理か。じゃあ、帰ろう。」

 ちょっと心配もあったが、東西線の改札口まで見送り、綾は、凛にバイバイと手を振って別れた。そして、自分はJRに乗り、自宅がある駅まで電車に揺られた。

 でも、本当に無邪気で、真っ直ぐな子。人を疑うとか考えたことないんじゃない。悩みとかない、とても幸福な環境で育ったのね。汚れている私とは正反対。そんな私だから、ずっと関係は大切にし、見守っていきたい。私が女性を好きっていうことは、今後、ずっと言わないつもり。

 最寄駅から自宅に戻る途中だった。やや暗い交差点で車が突進してきて、綾にぶつかった。綾は、あまりの衝撃に、気が遠のいっていった。

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