3話 脳移植
車を運転していた男性は、シートベルトをしていなかったのか、強く頭をフロントガラスに打ち付けて脳死状態だった。綾は、車に体を押しつぶされ、体の治療は絶望的だった。そんな中、二人の両親が呼ばれ、病院から、思いもよらない提案を受けた。
「今回、お二人の1人を助けることができる可能性があります。というのは、綾さんの脳を、涼さんの体に移植する手術をすることです。まだ実施例はなく、成功確率は通常は非常に低いのですが、お二人の血液、DNA等は相性が良いので、成功確率は40%ぐらいと考えます。ただ、女性の記憶を持った人が男性の体になり、当面の間は混乱するでしょうし、半身不随となるリスクもあります。ご両親をお呼びするのに時間がかかってしまい、考える時間は30分も残っていませんが、どうしましょうか?」
両親同士が困惑するなか、このままでは2人とも死んでしまうということで、よく分からないが進めようとなった。その後、綾の頭から、脊髄にある神経組織を含むオタマジャクシのような脳が取り出され、脳を取り出された男性の体に移植する手術が始まった。
「最近、神経細胞を幼児の時のようにまで戻し、適切なところに神経が伸びて繋がるよう成長させる液体が開発されて、日本で、その第一号の手術をできるのは光栄だ。」
6時間の手術後、手術のランプが消え、医者が部屋から出てきた。
「手術はどうだったんですか? 生きてますか?」
「なんとか成功しました。ただ、手術例が少ないから、すでにお伝えしているとおり半身付随になるかもしれないし、かなり賭けの要素が多い手術なんです。普通に動けるようになるまで、リハビリも含めて、半年ぐらいかかると思うので、じっくりと様子を見ましょう。」
2人の親は心配であったが、どうすることもできず、無事に復帰できた後の暮らしを相談していた。1つ目は、その時によって涼さんとか綾さんとかで呼ぶと、本人も混乱するだろうから、体に合わせて、今後は鮎川 涼と呼ぶこと、言い換えると綾さんの親も綾とは呼ばないこと、2つ目は、涼さんは1ヶ月ごとにそれぞれの家で過ごすこと、3つ目は、涼さんの彼女、一緒の会社で働いているとのことだが、綾さんの脳が女性と付き合うことにどう反応するか分からないので、状況も理解できるようになった後に会社に復帰し、彼女にはその後に初めて会うようにすることだった。
1週間後、涼は意識が回復し、薄ぼんやり見えたり、声が聞こえたりしたが、すぐには目や耳と脳が連携できておらず、十分に認識できる状況ではなかった。そして、病院生活は続いたが、想定以上に早く回復し、リハビリも頑張って5ヶ月後に病院を退院できた。
「お邪魔します。」
「涼、気にしないで入ってくれ。お前の家なんだから。」
「そうよ、そうよ。自分の家だと思って、気楽に過ごしてね。」
「はい。では、そうさせていただきます。」
「敬語じゃなくていいから。まあ、ゆっくり慣れていこう。」
涼は、男性の体になって、いくつか変わったと思うことがあった。一つ目は、生理がなくなったことだ。これは、本当に楽だ。男性って、生理がないぶん、どれだけ制約なく過ごせるのか、それならもっと多くのことをできると感じた。
一方、夢精にはびっくりした。自分のあそこが寝ている時に大きくなり、少し触ってたら、いきなり、何かが飛び出した。お漏らししたのかと見たら、白い液体が周りに飛び散ってしまい、どうしようかと困ってしまった。それ以降、定期的に、このような体験が襲った。女性の時は、性欲を感じることは全くなかったが、男性になると、下半身が勝手に走っていってしまう感じで、これは制御できずに困った。これは、週に1、2回、自分で処理することで、少し落ち着くことを学んだ。
あと、外のトイレでは個室ではなく、見ようと思えば見える状態で小をするのは、最初はだいぶ困惑した。ただ、回転率が高くて、ほとんど待つことはないこととか楽な面も多かった。
また、綾の時は視力が弱かったが、涼は両目とも視力がよく、裸眼でよく見えることは助かった。
そして、会社に行く日を迎えた。仕事の内容は、百貨店を運営している会社のIT部門でシステム開発をすることだった。綾だった時は、IT会社にいたので、業務自体は、業務知識以外はなんとかできて、あとは記憶障害とかで乗り切ることにした。
「鮎川さん、本当にお久しぶりだね。1年ぶりの復帰で、変わったこともあると思うし、記憶もまだ不安定だと聞いているので、大変かと思うけど。ただ、当社も人手不足なんで、早く昔のようにバリバリと仕事をしてよね。」
「よろしくお願いたします。まず、何をやればいいんでしょうか?」
「この設計書に基づいて、この部分のコーディングをお願いするよ。」
「はい、わかりました。やってみますので、後で、レビューをお願いします。」
「頼んだよ。」