第4話 彼女の悩み、彼の違和感
帰宅した彩は、生真面目な彼女にしては珍しく、制服を着替えることもしないままベッドに倒れ込んだ。
「何、やってるんだろう、私。」
枕に顔を埋めて独り言。
父親へのプレゼントを買うという口実で、友達から部活の無い日をリサーチしてまで一緒に出かけたというのに。そして何の問題もなく楽しい時間を過ごせていたのに。
「何で逃げ出しちゃうかなぁ。」
ため息とともに吐き出す後悔の言葉。そして、何で言っちゃうかなと心のなかで付け足す。あの場の空気のせいだろうか、それとも話の流れのせいだろうか。隠しておきたいと思う反面、告げてしまいたいと思ってしまっただろうか。
自分に好きな人が出来た。そしてその人と付き合うことになったら…
好きな人と幼なじみは、共存できないのだろうか。恋人と幼なじみは並び立てないのだろうか。
不毛な考えが浮かんで、心をかき乱していく。そんな事を考えても答えなど出ないことなど、とっくに解っているのに、その考えが頭から離れない。
幼なじみと恋人、私が本当に欲しいのはどちらなのだろうと自問自答する。
「もう、やだぁ…」
弱々しく吐き出す言葉。あの人に想いを伝えたら、きっと幼なじみは私の隣に立ってくれなくなる。だけども、この想いを抑え込むことも苦しくて辛い。
「この気持、捨ててしまえたら、楽になれるのになぁ…。」
弱々しく呟いて、ベッドから身を起こす。
スカートがしわになってしまう、着替えないと、と考えて立ち上がろうとする。
その時、軽快な電子音が流れ出して、彩は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
倒れ込んだ時、投げ出されたスマホがベッドの端で音を鳴らし続けている。
手を伸ばしてスマホを手に取り、画面を覗き込むとそこには、おそらく彼女が今一番見たくない名前が表示されていた。「柊 燈矢」と。
◇◇◇
20コールを数えたところで、燈矢は赤い通話終了のボタンをタップした。
「何だよ、彩のやつ。」
文句を言いながらベッドに鞄とスマホを投げ出す。
彩が走り去ってから直ぐに、燈矢も帰路についていた。本当は楽器店でサックス用のリードを見たり、ストラップを購入したり、自分が憧れているバンドの楽譜のチェックをしたりするつもりだったのが、彩の最後に見せた表情が、何故か燈矢の心に重くのしかかり、楽しむ気分にさせなかったからだ。
小さい頃からの付き合い、何度も喧嘩もしたが、普段なら翌日には何もなかった顔をして彩は自分の周りをついて回り、少し面倒くさそうにしながら、それでも楽しそうに学校へ向かうだろう。そう、普段なら。
しかし今日の彩は変だった。ぱっと見はいつもどおりだったが、本当に僅かな所で、自分が知っている彩とずれているところがあった。それは感覚的なもので、何処がどう違ったかを言葉で説明することは出来ないが、明らかに少し違った。
だから、何となく、今までのように結論を明日にすると言うことに躊躇した。
電話でも直接あってでも、話をしたいと思った。
しかし、何度鳴らしても彩は電話に出なかった。
「…もう、知るか。勝手にしろ。」
苛立ちの言葉とともに、ベッドにダイブする。
何で俺がこんな事で、いちいち悩まないといけないんだ、クソッ
心のなかで、悪態をつきつつ、しかしなぜか彩の顔が脳裏から離れない事に、さらなるいらだちを覚えてしまうのだった。