75 マナト、ジンの考察①
「そうなんだ。……よかった」
「えっ?なにかよかったですか?」
「あっ、いや、何でも」
マナトが安堵しているのを、ルナは理解できていない様子だった。
……聞き入れてくれたということに、なる。
「さっ、いきましょう!ルナさん」
「はい!」
2人は料亭を通りすぎて、市場へと到着した。
相変わらずの人の多さだが、どこか昨日までと雰囲気が違っている。
所々で、ひそひそ話のような、囁き合いが見られた。
「みんな、なんかちょっと、よそよそしい感じが……?」
マナトが周りを見ながら言った。
「たぶん、ジンが王国の近くで出現したり、密林方面で雨が降ったりと、それらの話題で持ちきりなんだと思います」
「あぁ、なるほど」
「とてもいい知らせと、とても悪い知らせですから」
「ですね。それじゃ、ルナさん、なに食べたいですか?」
「そうですねぇ~」
ルナはキョロキョロと、楽しそうに店を物色し始めた。
「あっ!これ、美味しそう~!」
ルナがとあるデザート屋の前で止まり、指差した。
店に入り、複数のフルーツを、ナンの生地に乗せたデザートを注文した。
待っていると、隣の客達の声が聞こえてきた。
「雨の噂、ホントらしいわ。現場を見に行った人がいて、もう、そこらじゅう水浸しだったって」
「でも、ジンも、王国のすぐ外で出たって」
「それね。雨だけでよかったのにね」
「ホント、よりによってジンって……」
「この国、狙われてるのかしら……?」
……このヤスリブ世界の人々は、やはり皆、ジンを恐れ、忌み嫌っている。
このヤスリブという世界に来て、折りあるごとに聞かされてきた、ジンという存在。
……もし、最初に出会ったのがジン=マリードじゃなかったら、他の人々と同じように、忌み嫌う存在としてジンを見ていたかもしれない。
注文したナンのフルーツ乗せが、ルナの前に置かれた。
「いただきま~す!……ん~!おいし~い!」
ルナが幸せそうな顔をした。
……他のジンがどうかは知らない。だが、ジン=マリードは、人間と同じように、心を持っている。
最初は人を恐怖に陥れるだけの存在というイメージしかなかったが、ジン=マリードを通して、必ずしも、ジン、イコール、悪というのは間違いであるとマナトは考えるようになった。
……とはいえ、これまで実際のところ、ジン=マリードはカメ肉と称した、おそらく人のものであろう肉を平気で客に振る舞っていたことも、また事実だ。
つまり、ジン=マリードも、少なくてもこれまでは、殺人を繰り返していたことになる。
……う~ん。分からん。心境の変化があったとしか……。
おそらく、この王国の暮らしや、料亭での日々を通して、ジン=マリードの心に変化があったということは、間違いないだろう。
……あっ、でも、今回の件でいえば、客としての意見ということで、聞き入れてくれたっていうだけのことなのか?その場合は良心といえるのか……?
「……マナトさん?」