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無職、本業よりも先に副業が見つかる

 「ここが港町のルースです。私達が通ってきた国境の近くにある街です」

 「よく知ってるね」

 「下調べはしてきたので。モゼさんもされてますか?」

 「えっと……俺は……してない」

 モゼは間を何回も取りながら言う
 一緒に行きませんか?って誘われたはいいけど足手まといになりそうだ
 

 「なら私が色々案内します」

 「いいの?」

 「助け合いながら行きましょう。私もさっき助けられましたし」

 パレードは眩しい笑顔をモゼに見せる
 助け合う比率9:1くらいになりそうだ
 俺が助けるような状況って不定期だし、パレードの場合は定期的に助けてくれる
 
 
 「まず、ここに何日か滞在しましょう。そのために宿を探さないといけませんね」

 「じゃあ宿探しからだね」

 「ところでモゼさんってお金どれくらい持ってますか?」

 「1000トークンくらいかな」

 「それだけしか持ってないんですか?本当に旅する気あります?」

 パレードはモゼに疑惑の視線を送る
 俺もしかして疑われてます?そんなに少ないの
 金銭感覚が子どものままで止まってるな


 「実を言うと金銭感覚が分からなくて……」

 「はぁ……なら宿を探す前にお金を稼ぎましょう」

 「どうやって?」

 「世界にはギルドという冒険者のために作られた組織があります。ギルドに魔物の素材を持ち込めばトークンと引き換えてくれます」

 ギルドという名前は知っている。ギルドによって冒険者の地位が確立したとも言われている
 魔物の素材を持ち込んだらトークンと引き換えてくれるのか。そこまでは知らなかったな


 「モゼさん、さっき倒したスライムの素材持ってますか?」

 「蒸発しちゃったから無いや」

 「じゃあ集めに行きましょう。ルースの近くには魔物の森がありますし、ルースにギルドの支部もありますから」

 何でも知ってるな。どうやって調べたんだろうか
 俺はパレードに言われるがままに近くの森へ向かった


 

 ――――――
 
 
 「結構奥まで来ましたね」

 「魔物の素材も結構手に入ったし、そろそろ出ない?」

 「そうですね。出口に行きましょう」

 俺たちは森に入ってから探知スキルで見つけた魔物はすべて倒してきた
 おかげでかなりの素材が手に入った
 これだけあれば宿代には困らないと思う


 「……!」

 「モゼさんどうしました?」

 「ヤバそうなのが近づいてきてる」

 「え?」

 一応近くに魔物がいないかとスキルを使ってみたら何やらヤバそうな魔物がこちらに向かってきていたのだ
 逃げようにもスピードが早すぎて追いつかれる
 戦うしか無いのか?強い魔物と戦うのは時間がかかる
 まだ太陽は沈んではいないが空は先程までように青くはない
 少しオレンジがかり太陽も西に傾いている
 今戦えば終わる頃には夜になり帰ろうにも帰れなくなるかもしれない
 だが、多少被害が出てもいいというならすぐに終わらせられる
 本気でやっていると疲れるし、周りに二次被害が出る。1年の修行で分かったことだ
 最初のうちは加減が分からず草原が焼け野原になったこともあった
 だからいつも制限して使っている。ここは自分たちのことを考えて周りの被害には目を瞑ろう


 「グワァァァァ!!!」

 「大きい!モゼさん逃げましょう!」

 「いや、逃げてもすぐに追いつかれる」

 「じゃあどうするんです!」

 二人の前に巨大なクマのような魔物が現れる。普通のクマと違うのは頭部に角が生えているところ
 手足に生えている鋭い爪が夕日を受けてオレンジ色に光っている
 危機的状況にも冷静なモゼにパレードは違和感を覚える
 サイズは想像より大きい。でもこれでビビってたら旅なんて出来ない
 この先こいつより強い魔物と遭遇するかもしれない
 こんなところで躓くわけにはいかない


 「戦う。それしか無い」

 「正気ですか!?こんなに大きい魔物と戦うなんてモゼさんがいくら強くても無謀です!」

 「無謀かどうかその目に焼き付けておいてよ」

 「へ?」

 俺がそう言うとパレードは素っ頓狂な声をあげる
 俺は意識を集中させる
 パレードが何か言っているような気がするが俺の耳には届かない


 「グワァァァァァ!!」

 「|炎爆《フレアバーン》!」

 クマが俺に向かって突進してくる
 クマの鋭い爪が俺に当たる寸前で魔法を唱えた
 目の前で炎が炎上すると共に大きな爆発も起こった
 少し爪が掠りはしたもののクマの魔物は炎と爆発に巻き込まれ生きてはない
 炎が止むと先程の魔物の骨の一部と爪が落ちている
 これは素材が残ってよかった。火力が強すぎて全部消失するかと思った


 「えっ……倒した?」
 
 パレードは爆風で顔を手で覆っていたが、手をどかすと目の前には魔物はおらず素材となっていた
 その光景が信じられず唖然としていた

 
 「ふぅ。危機は去ったか。戻ろう」

 「え、あ、はい」

 「いやちょっとまって。|水胞《バブル》」

 炎は止んでも火が木に燃え移ってしまっている
 このまま放置すれば森が全部焼け落ちてしまう
 それを防ぐため水魔法で火は消しておく
 この魔法を使っておけば水の泡が森全体に広がり火を消してくれる
 
 
 「本当に何者なんですか?」

 「俺はただの旅人だよ。ちょっとだけ腕が立つけどね」

 モゼは二の腕をポンポン叩きながら言う
 パレードはその様子をぽかんとした表情で見ていた


 

 
 ――――――

 「ギルドってどこにあるの?」

 「ルースの中心部にあります」

 俺たちが森から出てくると空はまだオレンジ色だった
 だが太陽は既に沈んでしまっている
 もうじき暗くなるだろう。早くギルドに行って素材をトークンと引き換えて宿を探さないと
 それに疲れた。本気出したの久しぶりだったし体が重い
 
 
 「ようこそギルドへ。素材の換金ですか?」

 「はい。これをお願いします」

 「少々お時間頂きますがよろしいですか?」

 「大丈夫です」

 ギルドに着くと冒険者のような格好をした人が何人もいた
 受付に向かい持っている素材をすべて渡す


 「お嬢ちゃん。一緒にご飯食べない?」

 「綺麗だね!!俺らと一緒に行こうよ」

 「いえ……待ち人がいるので」

 モゼがパレードの元へ行くと数人の輩に絡まれていた
 パレードは困ったような表情を浮かべている
 モゼが止めに入ろうとすると目の前に屈強な男が現れた

 
 「くだらねぇことしてんじゃねぇよ」

 「「は、はい!!すいませんでしたぁぁ‼」」

 屈強な男が一言言うと輩たちは一目散に消えていった
 その光景を見ていたモゼは、ぽかんとしていたが慌ててパレードの元に向かう
 

 「ごめんな、嬢ちゃん。あんたみたいな綺麗な人見慣れてないやつ多いんだ」

 「パレード、大丈夫?」

 「あんたか、嬢ちゃんが言ってた待ち人って。うちのやつがすまねぇな」

 俺は割って入ると男は申し訳無さそうな表情で謝る
 これ勘違いされてないか?
 俺たち別にそういう関係じゃ


 「私達はそういう関係じゃないので」

 「お、あ、そうか……ごめんな」

 男が謝ると場になんとも言えない空気が流れる
 モゼも口を開くことをためらってしまうほど場の空気は微妙だった


 「あなたはどちら様ですか?」

 「俺はルース支部・ギルド長のファルマンだ。よろしくな」

 パレードが微妙な空気を切り裂くように言った
 ファルマンと名乗った人物はモゼとパレードに握手を求める
 二人は軽く握手を交わした


 「えー!」

 「どうした!?」

 「ファ、ファルマンさん!これ!」

 突如、受付の奥の方から大きな悲鳴ような声が聞こえる
 直後に奥から人が慌てた様子で出てくる
 ファルマンは出てきた人の後を追って受付の奥に向かった


 「二人に話がある。ついてきてくれるか?」

 「はい……」

 ファルマンさんは先程とは違う真剣な表情で俺たちの元に戻ってくる
 またしても重い空気が流れる。今回はファルマンさんの圧によって重くなってる
 俺とパレードはファルマンさんの後を追う形で受付の奥に入っていった


 「話というのは?」

 「あぁ。これのことだ」

 俺たちが連れてこられたのはギルド長の部屋
 つまりファルマンさんの自室
 三人だけになったことで空気がさらに重苦しくなった
 ファルマンさんがそう言うと受付嬢が扉を開けて入ってくる
 手には布で覆われた|何《・》|か《・》が握られている
 ファルマンさんは受付嬢から何かを受け取ると慎重に布を取る
 

 「これって、さっき倒した」

 「お前たちが倒したのか?」

 「はい」

 布が外れるとそこにあったのはさっき倒したクマの魔物の素材だった
 この素材と俺達がどう関係しているのだろうか
 

 「こいつはな、バレッドベアといって近くの森の主とも言える存在なんだ」

 「はい……」

 これ勝手に森の主を倒しちゃったからめちゃくちゃ怒られるやつか
 大切な森の主だと知ってたら倒してなかったですよ

 
 「こいつは昔からルースに害をもたらしていてな、倒そうと何回も戦いはしたんだが返り討ちに遭うだけだったんだ。そんな怪物をお前らが倒してくれた。とても感謝している」

 モゼとパレードはファルマンの言葉を聞き、胸を撫で下ろす
 良かった。怒られるかと思ったけど称賛された


 「そこでだ、話ってのは感謝だけじゃねぇ」

 ファルマンが一呼吸おいて再び話を始める
 モゼとパレードも背筋を伸ばしてファルマンの話に耳を傾ける


 「良かったら冒険者にならねぇか?」

 「え?」

 「バレッドベアを倒すほどの実力を持ってるんだ。冒険者となってその力を存分に発揮してみねぇか?」

 「モゼさんどうします?」

 「うーん……」

 ありがたい話ではあるんだけど冒険者って職業だよな
 ここはエルサ帝国じゃないから天啓と違う職業に就いても良いんだけどアドナイ様の天啓に背くのは気が引ける


 「別に無理にとは言わねぇさ。お前らにも色々な事情があるだろう」

 「ありがたい話なんですが、冒険者に就くってなると……」

 「ん?冒険者は職業じゃねぇぞ。冒険者登録してる奴らは全員普段は違う仕事をしてる。副業ってとこだな。冒険者で食ってるやつもいるが、冒険者ってのは正式には職業じゃねぇ」

 冒険者は職業じゃない……?
 なら、アドナイ様の天啓に背くことにはならないのか?
 めちゃくちゃなことは言ってるけど筋は通ってるはずだ


 「やります、冒険者」

 「モゼさん本気ですか?」

 「俺は本気だよ」

 「そうか。ギルドはお前を歓迎するぜ。お嬢ちゃんはどうする?」

 「え?私?私は何もしていませんし……」

 「やろうよ!一緒に冒険者」

 「……分かりました!私もやります」

 母さん。あの言葉嘘じゃなくなったよ
 アドナイ様これくらい見逃してください
 旅はまだまだ始まったばかりだ!

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