63 尾行④
依然、亭主の入った建物からは、悲鳴や争う音などは、聞こえてこない。
「……」
「……」
「……」
そこそこ、時間が経った。
――カチャッ、キイィィィ……。
建物の扉が開き、亭主が出てきた。
「野郎、やっと、出てきやがった……!」
ミトとラクトの顔に、一気に緊張が走る。
歩く亭主の顔に、緑や紫色の光があたった。
少し、顔が高揚しているというか、ツヤツヤしている。
……うわぁ、あれは完全に、事を済ませてきた顔だ。やることやってるなぁ。というか……。
マナトはもはや、本当に、料亭の亭主がジンなのかどうか、自分で実際に見て、ミトやラクトに言っておきながら、段々、分からなくなってきていた。
尾行した結果見えてきたもの、それは、料亭の亭主は、とても働きもので、この王国の人たちに慕われ、どこまでも人間臭いということだった。
……いや、むしろ。
ちょっとずつ、この亭主がジンであってほしくないと、思ってきてしまっている自分がいた。
「血とかは……!」
「……ちょっと、遠くて分からねえけど、ついてないっぽいな」
ミトとラクトのほうがむしろ、疑う余地なしといった様子だった。
亭主は、歓楽街の、入ってきた時とは別の細い横道に入った。
のぞきこむと、今度は一本道のようで、ずっと亭主の姿が見えた。
少し待つ。
「……亭主が横道を抜けた!」
気をつけて見ていたミトが言った。
「よし、追うぞ」
横道を、一気に駆け抜ける。
すると、市街地の外に出た。
畑がずっと広がり、所々に民家が点在するという、農業地帯が、姿を現した。
マナのランプはなく、代わりに満天の星空の光が、やさしく畑に降り注いでいる。
亭主はどんどん歩き、市街地から離れてゆく。
民家に隠れながら、マナト達は追い続けた。
このアクス王国内も、キャラバンの村のように、草木が生い茂る密林のような景色が農地の向こうには広がっていて、そっちの方向へと、どんどん亭主は消えていこうとする。
……これは?
「ミト、ラクト」
「んっ」
「これ、誘い込まれてるんじゃない……?」
「……」
ミトもラクトも、黙って進み続ける。無論、ここまで来た以上、マナトも何をかいわんやではあった。
密林に入った。
木を切り開いてつくったであろう、一本道を亭主は進み続けた。
密林内は、星空の光が入ってこない。まさに暗闇。
闇に紛れ、マナト達はひたすら追った。
そして、星空の光が届く、少し開いた草原に、出た。
亭主は、満天の星空を見上げていた。
「……フゥ~」
料亭を出たときにしたようなため息を、もう一度した。
そして、こちらを向いた。
「歓楽街の時点で、諦めてくれるって思ってたんだけど、どうやら、気づかれてしまっていたようだね~」
「!!」
「……いつ、分かってしまったのかなぁ~?」
――ザッ。
隠れていたミトとラクトが、草原に出た。