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5話 初めてのイタリアン

 今日は、恵比寿か。仕事はもう少しで終わるし、遅れずにいけるな。こんな年だけど、今井さんと飲めるって、可愛いし楽しみ。あの笑顔は魅力的だ。まずは、しっかりとした大人の男を見せて、その後、そうはいっても優しい人と思わせるという感じかな。話しは、まあ、その時の気分でなんとでもなるだろう。なんたって、今井さんが自分に興味があるんだから。自惚れすぎ? いや、大丈夫。

 さて、今日はリモートだから、私服で行くからねと言っておいた。恵比寿だし、日頃みないラフな格好で行ってもおかしくないし、そんな姿を見るのもいいだろう。30分ぐらいで着くだろから、そろそろ出ようか。じゃあ、部屋のエアコン消して、出かけよう。

 今井は、お店には、少し早く来て、いつもの通り、SNSに載せる、お店の外見や内装の写真を撮っていた。

 もうすぐ時間だ。リップはさっき確認したし、髪は乱れていないかな。耳出した方がいいかな、いや、今日は髪はすっと落としておいて、後で、すくってイヤリングを見せよう。スカートのしわはない、大丈夫。男性は見ないとか言われているけど、マニキュアももうすぐ夏っていう感じで頑張ってみた。私服で来ると言っていたから、私も私服にしたけど、ちょと、胸出し過ぎだったかな。いやいや、今更変えられないし、清楚な雰囲気だから問題なし。もちろん、今日を決めたのは私だから、体調もバッチリ。なんだったら、子供も作れるタイミングだけど、そこまではいけないね。

 河北さんは、時間に厳しいから、待ち合わせ時間ピッタリに来るはずで、あと5分ぐらいで来るだろう。男の人と待ち合わせするのに、こんなワクワクと思ったのは初めて。今日は、可愛く、清楚な雰囲気の女性でいこう。私って、女優の素質もあるかも。あ、来た。

「こっち、こっち。」
「あれ、待たせたなか。」
「いえいえ、私も、今、来たところです。」
「ビアバーとか言っていたけど、イタリアンにしたんだね。」
「このお店、前から来たくて、でも安いのでご安心を。」
「値段のことじゃないんだけど・・・。」
「そんなことより、お料理、何にします? それよりも、まず飲み物ですね。シャンパンで乾杯とかいいですか。」
「任せるよ。」
「では、これ。すみませーん。これ、2杯、お願いします。」
「かしこまりました。あと、お料理は、どうされますか。」
「うーん。少し待ってね。」
「承知しました。では、お飲み物をお持ちします。」
「お願いします。河北さん、お料理、何を頼みます? 私は、生ハムの盛り合わせ、イベリコ豚の炭火焼き、濃厚チーズリゾットあたりかな。」
「美味しそうだね。じゃあ、それと、グリル野菜のピクルスもいいかな。」
「わかりました。シャンパンが来たし、乾杯しましょう。かんぱーい!」
「乾杯!」

 最初は、本当に仕事の話しから始まった。

「今井さんに相談があると言っていたけど、まず、私から伝えたいことがある。今井さんの部下に西川君がいるけど、彼は、この仕事には向かないのでメンバーから外すことにする。」
「え、河北さん、彼はできる人だって本人に言っていたじゃないですか。まあ、どうかなとは思っていたけど。」
「本当のことなんか本人に言えないだろう。やる気もなくなって、パフォーマンスも落ちるし、パワハラとか言われるかもしれないし。それも見越して、先月、山本君を投入した。」
「そうだったんですね。ちょっと、うちのチームでは人が多すぎかなと思っていたので、納得しました。でも、西川さんはどうするんですか?」
「西川君には財務部に行ってもらうことにする。彼には、優秀だけど、チームの中だけだとできる幅が狭くなってしまうので、社内のリレーション構築も含めて、今後の幹部候補生に向けて、よりできる仕事の範囲の幅出しを全社組織でやってもらいたいと意識づけしてくれ。そういえば、やる気も出るだろう。」
「本当のことを言ったらどうですか?もしかしたら、転職などをして、向いている職場で活躍した方が本人のためかもしれないし。」
「当社は、地頭はいい人材がいっぱいいて、のらりくらり使い倒して、最後までいてもらった方がいんだ。西川君だって、新しいビジネスモデルの構築とかはダメだったけど、数字を扱うとか、論理的に物事を整理するには十分な能力がある。今は、中途採用とかあって、それ自体は否定しないけど、よくわからない人を採用するより、今いる人の優秀なところを引き出す方がよっぽど効果的だと思う。」
「会社ってドライですね。私も、河北さんの指導のもとにもっと経験を積みます。」
「ところで、相談したいことってなんだったけ?」

 相談したいことは本当はなかったが、そう誘ったので、当たり障りのないことを言ってみた。

「相談っていうほどではないんですけど、最近、リモート会議とか増えているじゃないですか。そんな中で、人と合わない時間が増えて、メンタル気味になる人が増えていると聞いたんですけど、私は、メンバーにどう接すればいいかなって。」
「定期的に、少しの時間でいいから、ちょっと相談させてとか、これどうなっているとか話す時間を作って、一緒に笑顔で話せる時間を作ることかな。今井さんは笑顔が素敵なんだから、笑いかけられれば、みんな、自分のことを気にしてくれてると思って、やる気になると思うよ。」
「そうなんですね。メークもしていないので、Video on にしていないけど、時々、onにしてみた方がいいということですかね。なんか、おばさんがうるさいとか思われないですかね?」
「そんなこと思う人いないよ。とっても可愛い顔なんだから。」
「セクハラ上司と言われないように気をつけてやります。」

 今井さんからは、付き合ってオーラを感じるな。どうしよう。この年になっても、付き合うという程の関係ではないが、2人で飲みに行くような女性は何人もいる。そんな女性と、一夜を過ごすことは、その後が面倒なので少ないが、飲んだ後に、濃厚キスぐらいはすることはしょっちゅうある。そんなつかず離れずの関係で、なんとなく続けばいいが。

 最近はあまり行っていないが、コロナ前は、毎月、グルメ会に行っていて、大体1回3〜5万円のお寿司とか焼肉とか楽しんでいた。メンバーは、予約すると1年後ぐらいになるお店を予約して、行きたい人いるかとSNSでアナウンスし、集まった人たちなので、8割ぐらいは知らない人だ。美味しい料理とお酒という同じ趣味で集まったので、知らない人ばかりでも安心できるのか、女性1人という人もよく見かける。メンバーがそういう関係なので完全に割り勘制であり、5万円とかぽんと出せるという意味で、女性だとほぼ一人暮らしという人で、年齢も40代ぐらいの人が多い。そのようなグルメ会で、何回か会うと意気投合して、LINEで連絡して2人で飲みに行く女性も数人できた。

 そういえば、少し前まで結婚していた。今では、同僚でもまだ結婚していない人もたくさんいるが、30歳ぐらいの頃には、今後、出世するためには家族を持っていないとダメだという先入観があって、その頃、特に好きというほどでもなかったが、付き合っていた女性と結婚した。その女性は、キレイな人で、顔がタイプだったのでつきあい始めたが、性格は可もなく不可もなくという感じだった。でも、自立している女性で、お互いに干渉せずに自由に生きていこうと言われ、結婚しても自由に生きていけるのかなと漠然と思っていた。その頃、そろそろ結婚しないとと思っていたので、子供ができたら、お互いに理由ができるかなと思って、つけずに数回寝たら子供ができて、できちゃった婚となった。

 でも、子供ができてから、妻のせいではないが自由はなくなり、やっとやることが終わると、妻から、今日1日の話しとか始まって、聞く気になれないと言っていたら、話す機会もなくなった。そのうち、家にいるときは、全て妻が仕切るようになり、俺が稼いでいるのにとは言わないが、どうして、何をするにも妻の許可が必要なのか、どうしてこんなに妻の顔色を見ながらビクビクしなければいけないのかという気分になって、10年も話ししなかったら、そのうち自然に離婚となった。不倫とか暴力とかはなく、ただ会話をしなかっただけであり、子供も就職しているので、慰謝料などはなく、案外と楽に離婚はできた。

 そんな話しはどうでもよくて、今井さんとどうしようか。顔とかスタイルはタイプで、魅力的だ。そういえば、バツイチとか言っていたな。おそらく、男性と一緒に暮らして、男性のいい所、嫌な所とかも、一応、知っているんだろうから、それでも付き合うことであれば、大人の関係で付き合えるかもしれない。でも、同じ職場だし、面倒かな。まあ、今のひと時を楽しめればいいとも言える。付き合ってと言われるのを断るのも、もったいないし。

 1時間を過ぎ、ワインも3杯目になっている頃、話題は日々の生活に移っていた。
「河北さんって、日頃、どんな食事をしているんですか?」
「お肉焼いたり、乾麺茹でたり、たまにはお好み焼きを作ったりとかかな。そういえば、先日、1人用の焼肉を焼くプレートを買って、1人でジュージューって焼肉もしているよ。コロナでリモート勤務も浸透し、家で過ごすことが多くなって暮らし方が変わったね。家を出ないと、服とかも買わないし、数百円あれば1日の食事も十分だし、仕事が終われば、すぐにお酒を飲んで、酔っぱらったら即寝れるし、いいことが多いと改めて気づいたよ。」
「野菜とか食べてます?」
「キャベツとか千切りにして、マヨネーズをばーとかけて食べたりしているよ。」
「朝ランニングもしているし、山とかも言っているので、マヨラーでも太らないですね。」
「今井さんも、時々、ランニングしていると聞いたことあるけど、健康のために運動することはいいよね。私は、山も、風景というよりは運動という感じかな。」
「山って、どこら辺にいくんですか?」
「日帰りが多いので、日頃は、奥多摩とか山梨あたりかな。ただ、年に何回かは登山旅行に行って、温泉に入ってなんていうこともある。」
「魅了的だなー。温泉付きの登山旅行、行ってみたいな。今度、一緒にどうですか。」
「またまた、一緒に旅行なんて、みんなにバレたら大変だ。」
「もちろん、温泉旅館とかは別の部屋ですよ。偶然、一緒の温泉宿だったといえばいいじゃないですか。山登りも、体力はあると思うけど、初めてなので指導を受けたいし。お願いしますよー。」

 積極的に誘ってくるな。これは同じ部屋でも泊まれそうだ。温泉、美味しい料理、お酒、その先には、朝までというコース、これは楽しみだ。今井さんの生まれたままの姿も見てみたい。なんたって、35歳と若いし、暖かい、柔らかい肌、これだから人生は楽しい。そうは言っても、こちらか誘ったという証拠を残しちゃまずいから、あくまでも今井さんから言わせる、これは徹底しよう。まずは、健康的な時間を過ごすだけ、その後は、今井さんから誘われて、仕方がなく、そうなったというのがいい。今井さんだから部屋は2つ予約するだろうけど、1つしか予約しないかもしれない。それも今井さんに任せて、僕は知らなかったと。

「仕事だけじゃなくて、プライベートも積極的だね。今井さんの魅力には負けちゃうよ。では、来週ぐらいだと、東北では紅葉も綺麗だと思うので、一緒に行こうか。前から狙っていた福島県にある猪苗代湖の近くに安達太良山という山があるから、そこにしようか? その麓に温泉宿もあるし。」
「それ、いい。温泉宿は私で探して予約してみます。安達太良山の麓って、中ノ沢温泉って所ですかね。この地図見ると、磐梯吾妻レークラインとか、五色沼とかあるじゃないですか。もう1泊してレンタカー借りて旅行しましょうよ。」
「楽しそうだね。お互い独身だからいいけど、本当にいいのかなー?。」

 苦笑いしているけど、ちょっと強引すぎる? いや、お酒のせいにしておけば大丈夫、大丈夫。河北さん、まんざら嫌ではなさそうだし。この調子なら、強引に1つの部屋しか取れなかったと言っちゃおう。そうすれば、横の部屋が空いていたら嘘だったのとなっちゃうけど、成り行きで一緒に過ごせる。まあ、そんなことは気にしないと思う。私、ポジティブだし。

「大丈夫、大丈夫。たまたま旅行先で会うだけなんだから。登山グッズ、何が必要か教えてくださいね。」
「わかった、わかった。」

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