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(12)陰謀の気配

「今日も盛況ですね」
「ああ。ほぼ三か月ぶりに足を運んだが、その時より活気が増しているように思う」
「生活必需品や食料の品揃えは問題ありませんし、価格帯も大きな変動はありませんね」
「そうなのか。それなら良かった。この領地内外での流通、売買が滞っていない証明だからな」
「ええ。そういう事です。……水面下でダレンさんとシーラさん主導で、少しずつ軍需物資を集めている筈ですが、その影響は表面化していませんね。他領からの密偵が潜り込んでいても、すぐには察せないでしょう」
 周囲を見回しつつ、声を潜めてエディが結論付ける。それを聞いたカイルは、僅かに表情を硬くしながら問い返した。

「こちらに戻ってから、ダレンにでも聞いたのか?」
「いえ、全く。でも、城内の気配でなんとなく、でしょうか? エンバスタ国側の情勢も漏れ聞こえていますし、断片しかない情報でも取捨選択して統合すれば自ずと推察できます」
 冷静にエディが告げると、カイルは彼に向かって思わず愚痴を零した。

「こちらに移ってから治安も安定して、収益も順調に上がってきたところだったから、十年くらいは平穏無事に過ごしたかった」
 しかしそれに対する家臣の言葉は、全く容赦の無いものだった。

「どう考えても、十年は無理でしょう。カイル様の加護が加護ですし。俺としては一年半近くなんて、良くもった方だと思いますよ?」
「……それは言わないでくれ」
 どうして自分の人生は平穏無事とは程遠いのかと、カイルは本気で項垂れてしまった。すると少し離れた場所から、聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえてくる。

「よう、おばちゃん! 元気にしてたか?」
「おや、ロベルトじゃないかい! 本当にご無沙汰だね!」
「お、今日も美味そうな物を売ってるな。これを貰うぜ、釣りはとっておきな!」
「相変わらず気前が良いね。おまけだ、これも持っていきな!」
「ありがとさん!」
 カイルが慌てて顔を上げ、声がした方に目を向けた。すると露店を出していた女性から、ロベルトが何やら串焼きらしいものを複数受け取っているのを目撃する。すると立て続けに別方向から、聞きなれた声が伝わってきた。

「やあ、久しぶり。なかなか良い物を出しているじゃないか」
「アスラン、ご無沙汰だったな。メリアさんは元気かい?」
「ああ。そろそろ雑踏に出すのが心配だから、今日は連れて来なかったんだが元気に過ごしているよ」
「それは良かった。時期的には過保護すぎると思うが、出産したら祝いを贈るよ」
「ありがとう。伝えておく」
 刃物を取り扱っている商人らしき男と笑顔で言葉を交わしているのがアスランだと分かり、カイルは思わず額を押さえて呻いた。

「何をやっているんだ、あの二人は……」
「カイル様にへばりついて護衛ができないので、偶々同じ時間帯に市場散策をしているんですね……」
 エディも突如として現れた二人に呆れた視線を向けつつ、溜め息を吐く。

「まあ、でも……。あの二人が目立って人目を引きつけてくれているおかげで、俺達には周囲の視線が集まりませんから。さすがにあの目立つ二人が、こちらに寄って来るような愚行はしない筈ですから、こちらはこちらで予定通り視察を続けましょう」
「そうだな」
「全く……、あいつら過保護すぎるぞ。揃っていい年をして、何をやっているんだか」
「…………」
 ぼそりと呟かれた台詞に全く反論できず、カイルはおとなしくエディの後について市場を進んで行った。




 予想外の護衛を無視しながら予め目星をつけていた箇所を順当に回り、昼時にエディは予定通りカイルを食事処に案内した。

「それじゃあ、今言った物で頼む」
「畏まりました。お待ちください」
 手早く注文を済ませたエディは、その直後、何を思ったか大して広くもない店内や出入り口を素早く見回す。それを目にしたカイルが、不思議そうに尋ねた。

「エディ、どうかしたのか?」
 その問いかけに、エディは些か気まずそうに応じる。

「あ、いえ。さすがにここの店内まであの二人が押しかけてきたら、さすがにその頭に酒かスープの類をぶちまけてやろうかと思ったもので」
「あの二人でも、さすがにそこまではしないだろう」
 カイルがそう宥めると、エディが肩を竦めながら愚痴っぽく告げる。

「まあ、良いんですけどね。俺が護衛として役に立たないのは、自分が一番知っていますから。ですがカイル様の足を引っ張らない程度の才覚は、持っているつもりなんですが」
「それはそうだろう。そうでなければあちこちで歩いて、情報収集なんかできないだろうし。エディの才能は、戦闘能力ではないというだけの話だ。それはあの二人も分かっているよ」
「俺も分かってはいますがね」
 そこで話題を変える必要性を感じたカイルは、先程聞いた内容を思い出しながら尋ねた。

「ところで、ヴォール男爵領を通って戻ったと聞いたが、そうなると今回は南の方を回って来たのか?」
「ええ。最初は王都の宰相閣下のところにダレンさんの封書を預かって行ったのですが、閣下から『戻るついでに南東部を回って行くように』と厳命されたもので」
 それを聞いたカイルは、真顔で考え込んでしまう。

「南東部? このトルファンはこの国の北西部寄りだから、ほぼ反対側になるだろう? どうして大叔父様は、そんな遠回りにも程があることを命じたんだ?」
 するとここでエディは周囲を見回して警戒しながら、声を低めて語り出した。

「この国の南から南東にかけての広い地域がバルザック帝国と接していますが、その中の一部、リステアード侯爵領内がきな臭くなっています」
「リステアード侯爵領? そこは確か……」
「第二王子のランドルフ殿下の生母が現リステアード侯爵の娘で、殿下は現リステアード侯爵の外孫に当たりますね」
「それで?」
 因縁がありすぎる相手と、彼にまつわる不愉快な出来事を一気に思い出したカイルは、無意識に渋面になった。人伝にそれを聞いていたエディは余計なことは一切口にせず、淡々と説明を続ける。

「ひと月前くらいの話ですが、そのリステアード侯爵領テスカナと国境を挟んで接しているバルザック帝国のマイラン伯爵領ユディールで、跡目争いが勃発しました」
「跡目争い? 正当な後継者がいないということか?」
「はい。直系の者達が悉く流行り病で亡くなり、傍系のかなり遠縁に当たる者達が複数自分の正当性を主張して領内でいがみ合っているとか。挙句の果て領内のあちこちで私闘に及び、領民たちが巻き込まれて家や作物を焼き討ちされたり、死傷者が出ている事態に発展しているそうです」
 他国の事とは言え、主家の内輪揉めで領民に被害が出ていると聞いて憤慨したカイルは、思わず声を荒らげた。

「なんだそれは!? 国境沿いの領主家の内紛にしても、どうしてそんな事態になるまで統治者である皇帝が放置しているんだ! それに周辺の領主たちが仲介したり、皇帝に上申したりしないのか?」
 ここでエディが、思わせぶりに口を開いた。

「……カイル様。どうしてバルザック帝国民でもない俺が、そんな帝国内の内輪揉めの内容を知っていると思います?」
「…………」
 その指摘で、カイルはそれが異常事態だとすぐに察した。

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