テルガド共和国。
アフリカの東海岸にある、人口2600万人の国。
鉱物資源が豊富で、特にダイヤモンドは主要産業といっていい。
だが、それらの利益が国民に公平に配られてはいない。
極端な格差社会だけが生まれ、改善されない経済は世界で最も貧しい国を作りだした。
結果、鉱物資源をめぐって国内は内戦状態に陥った。
何年にもわたる、国連などの機関からの介入もあった。
現在はそのかいあって、戦乱は収まりつつある。
これは、そうなるかどうかわからなかった、とても不安定だった頃の物語。
深い森だ。
上を見上げても、空の青さや太陽より、木々の葉のほうが多い。
赤道近くの強烈な太陽を受けて、育った熱帯雨林だ。
その中を走る、細い舗装道路。
急な山に刻まれている。
黒いアスファルトはところどころひび割れ、また崩れた山に飲み込まれかけている。
そこを駆け抜ける、5台の車列がある。
前後の4台は、深緑に塗装された、全長も身長も4メートルほどの人型ロボット。
セカンド・ボンボニエールという。
人型、といっても、その足は4本だ。
人間と同じような足が2本。
尻の部分から、同じ構造の足が前後逆向きに伸びている。
今はその足を前後に伸ばし、膝の下の後ろ、ふくらはぎに当たる所にあるタイヤで走行している。
タイヤのホイールに入った電動モーターが、静かに加速させる。
そしてその姿は、名前のイメージとは似合わないのが、誰の目にも明らかだ。
ボンボニエールとは、手のひらに乗るかわいらしい砂糖菓子(ボンボン)の入れ物であり、幸せを運ぶ贈り物。
だけどここを走っているのは、鉄板を溶接して作った、角ばった装甲の固まりだ。
先代のボンボニエールから装甲バランスを見直した結果、その角ばりはさらに顕著になった。
そして鋼鉄の両腕には、それに合う巨大な銃が握られている。
人間の持つ長さ1メートルほどのライフル銃をそのまま巨大化したようなものが。
それも、車列の中央にいる1台のSUV車を守るため。
乗用車の中では大きなエンジンと太いタイヤを持つそれは、防弾ガラスや装甲化もほどこされている。
重量は増えたが、その動きはパワフルで、俊敏そのものと評された。
だが、セカンド・ボンボニエールに比べれば、まだ丸みがあってかわいらしく見える。
日本国の政府専用車の一つ。
今乗っているのは、当時の官房長官、前藤 真志。
現在の首相。
私は浜崎 春代。
テルガド共和国日本大使館の職員で、今回の通訳案内者だ。
こちらの大学に通った、筋金入りといえば入りの外交官だ。
SUVの中は、快適だった。
イスの中にしっかりした骨格とスプリングを感じる。
こんなに疲れないイスは初めて。
包むのは白い牛革のように見えた。
ドアやダッシュボードには木目パネルが使われている。
落ち着いた、高級感ある内装だと思った。
シートは3列。
運転席以外は向かい合わせになっている。
一番安全な真ん中の列に、前藤官房長官。
さっきまで隣の秘書と書類を読んでいた。
だが今は、車酔いしたので外をながめている。
その目が、なんだか真剣そうに見えた。
道路のすみからすみまで見たいのか、視線を忙しくしている。
この車の窓は開かない。
防弾ガラスはそれだけ重く、ブ厚いからだ。
他の国の同種の車両には、絶対ない装備もある。
官房長官のすぐ上、天井には大きなボタンがある。
彼の異能力を生かすための、極めてシンプルな装置が。
そういえば・・・・・・。
「あの、官房長官はテルガドは二度目なんですよね」
私に振り向いた。
「ええ、200X年の海外派遣の時。この道路も二度目です」
その答えに、私は面食らった。
「二度目ですか」
「取材して本にしました。
自衛隊が作るときいてね。
今のテルガド内閣が決まった選挙の時です。
その時は、選挙に間に合わせるための砂利道でした」
その選挙のあと、しばらく平和な時代が続いた。
「後にその道はテルガドが舗装し、重要な街道筋となったと聞いたのですが、残念です」
そうだ。
この国は貧しい。
どこに予算をつぎ込んだとしても、そもそもの予算が少ない。
格差社会が続いた間に、鉱山関係以外の産業や教育などの福祉は、ずっとすみに追いやられてきた。
そして世代が替わるほどの時がたっても、格差と不公平感、そこから産まれた憎しみは消えない。
その結果、この国は政府軍とゲリラによる戦闘が、再びはじまった。
「グッ」
短いゲップのような音がした。
その音とほぼ同時に、天井のボタンが激しく叩かれた。
前藤官房長官が、大慌てで叩いたのだ。
ピーーピーーピーーピーーピーーピーーピーーピーー
せんたく機のエラーの音、電子的なブザーが、大音量で鳴り響く。
私は耳をふさいだ。
と同時に、私が後ろへ押し付けられた。
同時に、官房長官と秘書がこちらに倒れ込んだ。
車が急発進した!
その直後、後ろに光が走った。
ドン!
重たい衝撃音。
ロケット砲が打ち込まれたと後で知った。
泥のなかに突っ込み、爆発は閉じ込められていた。
ダダダダダダダダダ
外から、銃声が絶え間なく聞こえる。
セカンド・ボンボニエールには、ミニガンという弾丸をたくさん撃つ銃が着いている。
その音か。
キキー!
急発進は急停止で終わった。
セカンド・ボンボニエールたちの、私たちを逃す作戦計画は、失敗した。
ドンドン
銃声が止まらない。
ボンボニエール隊は逃げるのをあきらめ、戦うことを選んだようだ。
私はドアを開けて逃げようとした。
「よせ!」
秘書官に止められた。
彼は、いまだにへたり込んでいる官房長官を抱えている。
ドーン!
ひときわ大きな爆発を感じた。
「キャー!」
痛い!
車の後方が無理やり持ち上げられ、落とされた。
ロケット砲の直撃だ。
秘書官は正しかった。
イスが押し上げられて固まり、防弾ガラスに無数のひびが走る。
ドアを開けていたら、この爆風にさらされていたに違いない。
そして思いだした。
今回の仕事で忘れてはならないことの一つ。
官房長官は異能力者だ。
取材中に銃弾を受けた腹の傷。
そこが、危機が迫ると痛むのだ。
傷が痛んだ時は、柱のボタンを押して危機を皆に知らせる。
そしてもうひとつ気づいた。
私は、パニックにおちいっていた。
それまで必死に運転していた運転手が、あきらめて無線に呼びかけた。
「こちらタス。タスは動けない。救助してくれ!」
タス、とはフランス語でカップの事。
この車の呼び名だ。
ボンボニエールとの対比で決めたのかな。
車の周りに小さな花火みたいなものがとんだ。
とたんに茶色い煙か弾けた。
「煙幕・・・?」
そう思えるくらいには、落ち着いていたと思う。
そう、煙幕だ。
茶色い煙が、山からの視界を隠していく。
ゲリラの潜んでいた山が見えなくなる。
と、同時に一台のセカンド・ボンボニエールが駆け寄った。
「ドアからはなれて!」
運転手が叫んだ。
「ドアを引きちぎります! 予備のコンテナにうつってください!」
ボンボニエールの手がドアにかかる。
ロケット砲の直撃で曲がりながらも耐えた分厚いドア。
それが捩れる音を立てて揺さぶられる。
嫌でも不安な気持ちにさせる。
同時に、暑い空気が流れ込む。
木漏れ日でもやけ着くような太陽に熱せられた空気。
むせ返るような腐食した匂い。
私はなれているけど。
ドアが引きちぎられた。
黒づくめの男女がなだれ込む。
全身を防弾装備で固めた護衛たちだ。
「官房長官は動けません!
手を貸してください!」
「わかった!」
「あなた、早くでて!」
私が真っ先に引きだされた。
官房長官を連れだすのにじゃまになるのか。
すぐそばに来たボンボニエールには、護衛を乗せるためのコンテナを引かせていた。
それが予備のコンテナ。
そこに入れば、ここから連れだしてくれる。
不意に、車の進行方向だった方を見てみた。
ゾッとした。
先頭を走っていたボンボニエールが。
あの、人の胴体よりも太い鉄の足。
それが4本ともちぎれていた。
「あいつら、精鋭だな」
秘書官と護衛の肩を借りて、官房長官がいった。
苦しそうに、あえぎながらも。
「ここまで完璧に気配を消して、ロケット砲も豊富。
一体どういう奴らだ・・・・・・」
そこに気が向くのは、さすがのプロ根性と言うべきか。
でも、煙幕はそのプロ根性に答えてくれなかったみたいだ。
私たちの向かう予備のコンテナ。
そのさらに先に、茶色と緑のまだらもようがうごめいた。
人陰だ。
そう気づくと、見るみるイメージが明確になる。
助けに来た訳じゃないのがわかる。
二人だ。
銃をこっちにむけて、自動小銃だ、殺意を込めてーー。
その時、大きな力でつかみ上げられた。
そのまま、森の中へつれていかれる。
足が着かないほどの勢いで!
後ろで、けたたましい銃声がした。
護衛たちのものだ。
さっき襲撃した者たちがいた方は、見たくない!
横を見れば、秘書官がいた。
私も同じ顔だろう、驚きに固まっている。
彼も、私と同じように運ばれていた。
そして運んでいたのは、人2人を脇に抱えていたのは。
「官房長官!?」
答えはなかった。
不意に、木がなくなった。
代わりに目に飛び込んできたのは、石造りの小さな教会だった。
鋭く延びた塔に、十字架が付いている。
この辺りでは、小さな村でもかならず教会がある。
それに向かって放り投げられた。
「きゃっ!」
痛みはない。
草むらに落ちた。
「ウワッ!」
同時に、秘書と運転手も投げ飛ばされてきた。
あれ?
ここはただの草むらじゃない?
草の下にあるのは、石畳?
そこは、教会の中だった。
外よりはずいぶん涼しい。
石の壁で遮られているからだ。
それと、脅威からも。
石の壁に空いた穴から、官房長官が入ってきた。
ガラスのなくなった窓のようだ。
しっかりとした足取りで、その場で伏せるよう手で示す。
「官房長官、こんな所をご存知だったのですか?」
運転手が笑顔で聞いている。
確かに、道からは見えない場所だ。
「いや、俺じゃない。
だが、ウワサには聞いていた。
この付近に、紛争で人々が来なくなった教会があると」
そうだ。
すぐそこで作業していた自衛隊だって、
ここを通る多くの人々も気づかなかっただろう。
「気がつくと、腹の傷にロープみたいなものが見えたんだ。
痛みはないから、味方だと思う」
官房長官は話を続ける。
「すごい力が注ぎ込まれた感じがしてな。
それと、ここに逃げれば安全だ、と言われたような気がする」
「また、官房長官の不思議に救われましたね」
秘書がうるんだ目で感謝している。
私も同じ気持ちだった。
「いつも言ってるだろ。
こんなのは偶然何かのピースが合わさったときだけ起こるんだ。
いつも起こるなんて思うな」
セカンド・ボンボニエールのタイヤの音。
続いて草を踏む足音がした。
「こちらですか?!」
護衛たちだ。
「予備のコンテナは破壊されていました。
こうなったら、テルガド軍に救援を要請し、それに頼るしかありません」
「それまで、ここで籠城することになる。
まだ2台、セカンドボンボニエールがあります!」
「破壊された機体のパイロットは、無事です。
すぐ合流できます」
次々に状況が変わっていく。
それは覚えている。
でも本当のところ、自分でも何をどれだけ感じていてのか、わからない。
言葉も、官房長官の身に起こったことも、恐怖も。
受け止めきれない不思議な感覚。
でも、安心感はあったと思う。
闇を、色とりどりの輝きを放つ窓が照らしていた。
打ち捨てられても天使や偉人の行いを伝えるステンドグラスが、美しいと感じられたから。
それと、父と母に合いたい。
そう祈ったのだ。
マリア像を見た。
台座にダイヤモンドがはめこまれている。
大きなものだ。
世界的富豪のお宝として、テレビに特集されるような代物が。
ダイヤモンドは、マリアさまの象徴。
国歌になるほど知られている。
それを台座や手のひらにはめ込むのがテルガドの教会だ。
追撃はなかった。
やがて、夕焼けが見えた頃、ヘリコプターの音が聞こえてきた。
「官房長官!」
破壊されたボンボニエールのパイロットだ。
通信係になっていた。
「救援部隊です。
指揮官が通信を求めています」
「わかった。でよう」
ふと、これからこの教会で何が起こるのか。
恐ろしい確信が浮かんだ。
今、こういう教会は珍しくなってしまった。
かつてはテルガド中にあった、その地域の象徴なのだ。
だからこそ、敵対する勢力の目標になりやすい。
同じキリスト教徒だから、なんて関係ない。
次々に破壊され、もう、かつての3分の1にまで減ったと言う話もある。
「だから、この教会はのこしていただきたいのです。
新しい時代の象徴として」
もしかしたら、この時もパニックになってしまったかもしれない。
勢いのまま、話していた。
でも誰も、私の話をバカにすることはなかった。
『こちら、日本国官房長官、前藤 真志。
救援に感謝します』
彼は、英語が達者なのだ。
『突然かもしれないが、ひとつお願いしたい。
今回のテロリストにいかなる背景があろうと、この教会を含めて、いかなる教会の破壊も慎んでいただきたい』
私の願いを伝えてくれた。
『教会は、悪意の象徴であってはならない。
力を合わせる象徴であり、新しい未来への希望としたい』
しかし、彼の顔は優れない。
向こうの指揮官は、私たちが逃げたあと、ここを爆破するようだ。
『もし聞き届けて頂けるなら・・・・・・』
このとき、官房長官は決断したと思う。
『私は感謝状を書く。
望む転属先でも、海外への留学のための推薦状でもいい。
だから、ここへの破壊はやめてください』
やがて、ヘリコプターが降りてきた。
私たちはそれに乗り、無事帰ることができた。
官房長官たちはそのままとんぼ返り。
帰国後、官房長官は時の総理大臣にこってり油を絞られた。
感謝状はともかく、推薦状は救援部隊の指揮権を持たない官房長官には越権行為だからだ。
だが、数日でその話はなくなった。
あの時のテロリストが、自首してきたのだ。
あの教会の町で、外国人排斥のテロ組織があったのだ。
だが、その話がおかしかった。
私たちが帰ったあと、テロリストたちは教会に向かった。
ダイヤモンドを盗みだすために。
そこで、他のテロリストと鉢合わせしたのだ。
教会があることは、すでに伝わっていたからだ。
たちまち、銃撃戦になった。
私たちの時は、得体の知れないセカンド・ボンボニエールに慎重になっていた。
だが、今回は違う。
互いを侮り合い、泥沼の戦いは続いた。
ついに、双方ともに全滅近い損害をだし、物別れに終わった。
自首しているのは、そのときの生き残り。
官房長官は正しかったのだ。
やがて、多くの人が噂した。
この結末はマリアさまの怒りのように思える、と。