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第四十九話 建国宣言(準備)


 イーリスが緊張した面持ちで部屋に入ってきて、おっさんの正面に座る。
 おっさんの横には、カリンが座っている。もちろん、反対側にはバステトが座って、カリンの肩には、シュリが止まっている。

 イーリスは、最初におっさんを見てから、カリンが横に座っているのを見て、少しだけ顔を歪める。そして、カリンの肩に居るシュリを見て驚愕の表情に変わる。最後に、おっさんとカリンの座っている場所を見て、何か納得した表情をしてから、背筋を伸ばす。

「まー様。カリンさん」

「なんだ?」

「辺境伯フォミル・フォン・ラインリッヒは、辺境伯の地位を帝国に返上して、ラインリッヒ公国を宣言する運びになりました」

 びっくりするカリンとは対照的に、おっさんはどこか面白そうな雰囲気を醸し出している。

「そうか?それで、俺たちに何を望む?」

「はい。まず一つは、公国とまー様たちの拠点との友好的な関係構築を」

「わかった。今までと同じでいいよな?」

「はい。領都から人を出して、街道を繋げたいと降ります。ラインリッヒ公からの依頼として、まー様たちが構築した街道に繋げるご許可と、問題がない範囲で護衛をお願いしたい」

「繋げるのは大丈夫だ。護衛は、タダでは無理だ」

「はい。報酬をお支払いいたします」

「個別に対応するのは面倒だろう。食料と調味料の支援。伐採した樹木の所有権でどうだ?」

「・・・。わかりました。報酬の食料は、街に繋がる街道が出来てからでいいですか?」

「そうだな。分割で運んでもらえると助かる」

「その方が、こちらも助かります。ラインリッヒ公としては、まー様が治める街との街道は、領都だけにしていただけると嬉しいと・・・」

「そうだな。俺としては、ラインリッヒ公が無茶を言い出さない限りは、他の街に繋げるのも面倒だから、作らないが。他の街が作ることを規制するつもりもない」

「ありがとうございます」

 カリンが、おっさんの服を引っ張る。

「ん?」

 カリンが、スマホをおっさんに見せる。
 そこには、イーリスとのやり取りが簡単に書かれている。

 修飾された言葉ではなく、カリンが読み取った内容が箇条書きで書かれていた。

「これでいい?」

「十分」

 おっさんの言葉は少ないが、カリンの掻いた内容で満足をしているのが解る。
 カリンも、おっさんの言葉でほっとした雰囲気を出している。

「さて、イーリス」

「はい?」

 おっさんはイーリスに話しかける。
 話が終わったと思っていた、イーリスはおっさんの呼びかけに表情を変えてしまった。経験の差なのか、おっさんがタイミングを見ていたのか微妙な状況だが、イーリスが心の隙を見せたのは間違いなかった。

「そんなに、緊張しなくていい。ラインリッヒ公の建国宣言は、どのくらい後になる?」

「え?」

「まだなのだろう?」

「・・・。はい」

「え?まだ?何が?」

 カリンの驚きの表情でイーリスを見る。

「この短時間で、ラインリッヒ公に、連絡がつけられたとしても、決断を聞いて、動くのは無理だろう。それに、公は帝国に居て、まだ身動きが取れない。俺たちの動きを聞いて、判断を迷っている。だから、イーリスは、何か手土産を持って、王都に向かう予定なのだろう?」

「・・・」

「違うな。ロッセルが、既に向っているのか?」

 おっさんの指摘をイーリスは肯定する。
 ロッセルが、領都に向ったと報告が来ていることを、おっさんは知っているが、知っていることを告げていない。

「はい」

 イーリスは、おっさんからの指摘を受けて、内容を認めるような発言をしてしまう。

「あまり、賢いやり方ではないな。イーリス。一つでもタイミングがずれたら、全部がダメになるぞ?」

 辺境伯領の独立は、イーリスとロッセルの独断専行の考えだ。
 そして、おっさんが街道の件を認めてくれると考えて、街道の有益性と独立の意義を、ロッセルがラインリッヒ辺境伯に伝える役割を持って、王都に向っている。タイミングが少しでもずれたら、全てがダメになる可能性がある綱渡りな交渉だ。
 イーリスの緊張は、綱渡りだということが知られることで、全部をひっくり返されてしまう危険性を考えていたからだ。

「はい。解っております。その時には、私とロッセルの独断として・・・」

「はぁ・・・。わかった。協力してやる。でも、これが最後だ。こんな方法は、気に入らない」

 イーリスは賭けに勝った。
 最初は、ロッセルにおっさんへの対応を頼んで、自分が辺境伯の説得を行うことを考えていた。辺境伯と自分との婚姻が餌になることも解っていたためだ。しかし、イーリスはおっさんとの交渉を自分が行うことにした。
 それは、気持ちの問題もあるが、ロッセルではおっさんから妥協を引っ張り出すことが出来ないと考えたからだ。

 おっさんが懐に入れた人間に対して甘くなることを、イーリスは見抜いていた。アキやイザークへの対応を見れば、解ることだ。そして、アキやイザークよりも、自分の方がおっさんと近い位置で接してきたと思っている。

「はい。もうしわけありません。でも・・・」

 テーブルの上に置いた手を強く握って、まっすぐにおっさんを見つめる目からは、涙が流れ始める。
 慌てたのは、カリンだ。

 カリンは、おっさんの横から立ち上がって、イーリスの隣に移動した。
 持っていたハンカチ状の物で、イーリスの涙を拭こうとしたが、イーリスがやんわりと、カリンの手を制した。

 今の涙は、恥ずかしい涙ではない。決意の涙と、おっさんを落とすための涙だ。

「解っている。帝国の礎を残したいのだろう?初代の功績を食い潰す奴らを許せないのだろう?」

「・・・。はい。父も、母も、兄も、姉も、弟も、宰相も、殆どの貴族も・・・。どうしても、どうしても、許せない」

 イーリスの心の叫びに近い言葉は、カリンに衝撃を与えるのに十分だ。

「帝国をどうしたい?」

 おっさんも、イーリスの言葉を聞いている。心に響いている。
 しかし、それでおっさんが動くことはない。イーリスとは優先順位が違っている。イーリスが大事な物を抱えているのと同じで、おっさんもおっさんだけが認識している大事なことがある。

「出来るのなら、滅ぼしたい。です。でも、帝国には、5000万以上の臣民が居ます。何も知らずに、何も罪もなく、日々の生活を送っている人たちが居ます」

「そうだな」

「まー様」

「イーリス。考えすぎるな」

「え?」

「イーリスが全部を背負う必要はない」

「・・・」

「腕の長さは決まっている。腕を伸ばした状態で、荷物を持てば疲れてしまう。お前が、ロッセルが疲れて倒れてしまったらどうなる?」

「・・・」

「疲れない程度に、無茶にならないように、無理をしないように、そして、疲れたら休め」

「・・・。はい」

「協力はしてやる。でも、判断をするのは、自分たちだ」

「はい」

 握った手が涙で濡れているが、新しく手を濡らす涙は流れていない。

「イーリス。不躾な質問をするがいいか?」

「はい?なんでしょうか?」

「エルフの血が入っているのか?」

「え?なんで?ご存じなのですか?」

「いや、感というか、イーリスの考え方が、長命種・・・。黄龍に近いと思っていな」

「そうなのですか?」

「あぁ短期的な利益は、ロッセルが考えたのだろうが、長期的に不利益にならないようにしたのは、イーリスだろう?」

「え?」

「街道の整備に、人を出すと言い出したのは、イーリスだろう?」

「・・・。はい。なぜ?」

「ロッセルみたいな人間は、利益を最大限にすることを考える」

「・・・」

「まぁいい。それで?」

「まー様のおっしゃっている通りです。実際には、ハーフではなく、クォーターなので1/4がエルフです。でも、初代様の妃にもエルフが居たと言われています。その流れで、ハーフエルフが産まれることがあります」

「そうか・・・」

「・・・」

「棚上げだな」

「そうして頂けると助かります」

 カリンだけ意味が解らないのか、キョロキョロしている。
 おっさんは、イーリスの隣に座っているカリンを呼び寄せて、気にするなと話をした。

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