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エピソード22 前世の記憶2

「うわあああああああッ!」
 悲鳴とともに、サクヤは目を覚ます。
 そしてもう一度、彼は大きな悲鳴を上げた。
「ぎぃやあああああああッ!」
 それもそのハズ。目覚めた直後、自分の顔を覗き込んでいる顔が目の前にあったからである。
「人の顔を見て悲鳴を上げるとは、随分と失礼だね」
「寝起きに人の顔があったら、誰でもビビるわ! つーか、何、人の顔マジマジと見てるんだテメェ!」
「いや、やっぱりサクヤの顔はキレイだなーっと思って。……朔矢と違って」
「うるせぇ、黙れ!」
 いつもの白い空間。そこで目を覚ましたサクヤは、至近距離で自分の顔を覗き込んでいた創造主を押し退けると、勢いよく体を起こした。
「ここにいるって事は、オレは死んだか、また気を失ったか?」
「何? 殺された覚えでもあるの?」
「いや、殺された覚えはねぇ。でも……」
 そっと、自分の両掌を見つめる。
 その掌に残るのは、痛いくらいに剣を握り締めた感触と、頭を叩き割った感触。
「逆に殺した覚えはある」
「そ。で、何か思い出した?」
「いや……」
 ぎゅっと、両手を握り締める。
 思い出せたのは、あの女性に対する朔矢の強い殺意。しかし何故彼がそこまでの殺意を彼女に抱いてしまったのかは、分からなかった。
(一体、どうしたら思い出せるんだ?)
 創造主はきっと全てを知っている。しかし彼女は『仕様』とやらで何も教えてはくれないのだろう。ならば自力で思い出すしかないのだろうが、一体どうしたら思い出せるのだろうか。
「ちゃんと思い出してごらんよ」
「え?」
 その声に、サクヤはふと顔を上げる。
 いつもは「仕様だ」としか言わないのに。見上げた先では、珍しくも、創造主がじっとこちらを見つめていた。
「朔矢に憑依する前、キミは何かを聞いたハズだ。何を聞いた?」
「何って……」
 ちゃんとしたアドバイスをくれるなんて珍しいな、と思いながら、サクヤはそれを思い出す。
 巫女に指摘され、スコップから愛剣に持ち替えた時、確かにサクヤの頭に届いた声がある。
 あれは誰の声で、そして何と言っていただろうか。
「女の子の声だな。とても楽しそうで、どこか懐かしい声だった」
「他には?」
「男の声も聞こえた。たぶんオレと同じくらいの男子で、親しみのある声だった」
「あとは?」
「幼い女の子の声も聞こえたな。何かを強請るような声だった」
「それから?」
「それから……」
 笑。
「っ!」
 それを思い出し、再び沸々と怒りの感情が沸き上がる。
 女の出した鼻の鳴る音、嘲笑の声、蔑んだ視線。
 何故かは分からない。分からないがその女の存在自体が、サクヤの前世である朔矢の癇に障った。
「それじゃあその女の、蔑んだ視線の先にあったモノは何だい?」
「え……」
 創造主にそう尋ねられ、サクヤは怒りではち切れそうな頭を抑えながら、今見て来た前世の記憶を思い出す。
 女の後頭部を砕いた後に飛び散った黒い血液。それを浴びたのは自分と、そして女の向こう側にあった……、
「ポスターだ。掲示板があって、そこに大きなポスターが貼られていた」
 そうだ、女はそれを見ていた。だから無防備に背を向けていて、朔矢は背後から簡単に彼女の後頭部を砕く事が出来たのだ。
「なら、そのポスターに映っていたのは誰だった?」
「誰って……」
 創造主に導かれるまま、必死にその内容を思い出す。
 黒い血の飛び散ったポスター。そこに映っていたのは……、
「オレ……?」
 正確には、『サクヤ・オッヅコール』の格好をした誰か。他にも『エリー・ディファイン』の格好をした誰かと、『魔王・リオン』の格好をした誰かの姿もあった。
 そして……、
「他に男が二人いた。顔は思い出せないけど……でも、体格の良いゴリラ系の男と、細身の優男だった気がする」
「では、『キミ達』が映っていたそのポスターは何だ?」
「何って……」
 あと少しでそれも思い出しそうなのに。もうここまで出掛かっているのに。
 でもそれが思い出せない。ピースが一つ足りなくて完成しないパズルのように。最後で重要な何かが欠けていて、どうしても思い出す事が出来ない。
「それが、一回目の記憶だよ」
「え?」
 ふと、顔を上げる。
 寂しそうに微笑んだ創造主の顔がグニャリと歪んだ。
「このゲームの正体に気付いた時、キミはきっと全てを思い出す」
「創造主?」
「全てを思い出した上で、今度こそクリアしてくれ。前世でも出来なかった、この物語の本当のゲームクリアを!」
「本当のゲームクリア? それって……」
 それって何だよ?
 しかしそれを言い切る前に、サクヤの姿はその場から消えてしまう。
 自分だけが残された白い空間。先程までサクヤがいた場所を見つめながら、創造主は寂しそうに笑う。
「私もキミと同じなんだよ。世間一般の人が当たり前に出来る事が出来ない。キミは世間一般の人が出来る『我慢』が出来ず、ここに入れられてしまった。そして私は、世間一般の人が抱える事のない『感情』を抱いてしまったがために、ここに入れられてしまったんだ」
 その抱えてしまった『感情』こそが、私の罪なんだよ。
 その罪の告白は、誰の耳にも届く事はなくて。
 彼女の罪は、許される事なく虚空へと消えて行った。


 柊朔矢だった頃、とても好きだったゲームがあった。
 何故そのゲームを手に取ったのかは思い出せないけれど、とにかく彼はそれが好きで、何度も何度もプレイした。
 何度もプレイしたんだから、当然何度だってクリアした……ハズだ。ああ、クリアしたよな? うん、クリアした。創造主が変な事言うから、一瞬不安になっちまったじゃねぇか。
『巫女様に会うの、難しいらしいよ』
 まただ。また、あの子の声がする。
 懐かしくて、そしてとても愛しい声だ。
『ね、結婚式にはさ、ウェルカムボードにサクヤのぬいぐるみ飾りたい! だって朔矢と同じ名前だもん。カグラやヒナタ、リオンも捨てがたいんだけど……うん、やっぱりサクヤがいいな』
 ああ、そうだ。このゲームのキャラクター達、それはオレにとって特別な存在だったんだ。
 オレをあそこまで導いてくれた特別な存在。
 だからオレは、何も知ろうともせず、簡単に彼らを貶すヤツが許せなくて、ついカッとなって、それで……。
(それできっと、殺してしまったんだろうな)
 そっと手を伸ばす。
 するとまた、あの愛しい声が聞こえて来た。
『私はエリーだよ。あなたは?』
 その問いに自分は……朔矢は何と答えたんだっけ?

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