エピソード23 ゲームの正体
サクヤ、と遠くで自分を呼ぶ声が三つ。
その声に呼び戻されるようにして、サクヤの意識が徐々に覚醒する。
ゆっくりと目を開けば、よく知る女の子が三人。
みんな、心配そうに自分を見つめていた。
「良かった、サクヤ、気が付いたんだな!」
「光の巫女様に魂でも吸われたんじゃないかと、心配しましたよ」
「だから言ったじゃない、巫女様はそんな事しないって!」
ホッと安堵の笑みを浮かべるカグラとヒナタに、プクリと頬を膨らませるエリー。
そんな彼女らの声を聞きながら体を起こせば、エリーが心配そうな眼差しをサクヤへと向けた。
「大丈夫、サクヤ? 起きられる?」
「ああ、大丈夫だ?」
「というか、何でこんなところで倒れているんだよ?」
「え? あ、それは……」
「まさかとは思いますが、サクヤさん。そのスコップで墓を掘り起こそうとして、巫女様の怒りを買ったわけじゃないですよね?」
「えっ?」
放り投げられたスコップを目敏くも見付けたヒナタがそう問えば、まさかという疑心の目をエリーとカグラにも向けられる。
確かにその通りではあるが、ここで正直に頷くわけにはいかない。
サクヤはブンブンと激しく首を横に振ると、しろどもどろになりながらも必死に誤魔化す事にした。
「じ、実は魔王が巫女様の墓を破壊しに来るんじゃないかと思って、こっそり見張ってたんだ」
「えっ?」
「本当に?」
「それで、魔王は?」
「ちゃんと来た」
「じゃあ、そのスコップは?」
「え? あ、あれは魔王が持って来たんだ!」
「え、魔王が?」
「そう! あれで叩き壊そうとしていたんだ!」
「え、魔王が?」
「そう、魔王が!」
「そうか……魔王って意外とアナログなんだな」
「そうだったんですね……。そうとは知らず、疑ってすみませんでした」
「いや、キニシナイデクレ」
なるほどと納得するカグラと、申し訳なさそうに頭を下げるヒナタに、サクヤの良心がズキリと痛む。
しかしここで本当の事を言うわけにはいかない。この嘘は墓場まで持って行こうと思う。
「でも、それだとしたら水臭いじゃないか、サクヤ! 魔王が来るんじゃないかって思ってたんなら、どうして声を掛けてくれなかったんだよ!」
「ええ、カグラの言う通りだわ。リオンと対峙したんでしょう? 大丈夫だったの?」
カグラが不貞腐れたように頬を膨らませれば、エリーが心配そうにサクヤの顔を覗き込む。
そんな彼女らに対して、サクヤは「大丈夫だ」と苦笑を浮かべた。
「光の巫女様が助けてくれたからな。その力で魔王を追い払ってくれたんだよ」
「はっ? え、光の巫女様が?」
「え、光の巫女様に会ったのっ?」
「え? あ、ああ、おばけ……じゃなかった、妖精だったけどな」
「それで何て? 光の巫女様は何て言っていたのッ?」
「はっ? ええっ?」
光の巫女に会った。
そう伝えた途端、ヒナタとカグラは驚愕に目を見開き、エリーは捲くし立てるようにしてサクヤに詰め寄って来る。
そんなエリーの必死の形相にサクヤが目を瞬かせれば、エリーは更にサクヤへと詰め寄って来た。
「巫女様と会って、お話したんじゃないの?」
「あ? ああ、そりゃ話したけど……」
「何て? 巫女様は何て言っていたの?」
「何てって……?」
「どうしたら私の力が覚醒するとか、そういう話はしなかったのッ?」
「あ? ああ、えーっと……」
胸倉に掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄って来るエリーに戸惑いながらも、サクヤは巫女が話していた事を思い出す。
確か、エリーには光と闇の力があって、サクヤかリオン、どちらを好きになるか、その愛の力によって覚醒する力が決まるらしい。しかしそれを正直に伝えた上で、「だからオレを好きになってくれ」なんて言えるハズもない。世界救済のためとはいえ、烏滸がましい上に恥ずかしすぎる。
(他に何か言っていたっけ?)
さすがにそれは言えないと、サクヤは他の返答を探す。
何か他に、巫女が言っていた事で彼女に伝えられる事は……。
「あ」
ふと、それを思い出す。
確か彼女はこうも言っていたハズだ。記憶の鍵を使え、と。
「そうだ、記憶の鍵を使えって言っていたな」
「え?」
「記憶の鍵?」
予想外の返答に、エリーはコテンと首を傾げる。
そして不思議そうにしながらも、首から下げたその鍵を取り出してくれた。
「これをもう一度使えばいいの?」
「いや、使うのはオレやエリーじゃなくて……」
もっと身近な人物に記憶の鍵を使え。
巫女が示したであろう二人に視線を向ける。
カグラとヒナタ。二人は不思議そうにサクヤを見つめていた。
「カグラとヒナタに使わせろ、だってさ」
「えっ?」
「私達……ですか?」
巫女の指示に、二人は訝しげに眉を顰める。
そりゃそうだ。だって彼女らは巫女の末裔でも何でもない、ただの同行者なのだから。そんな自分達が使ったところで何の意味があるのかと、疑問に思う方が普通なのだから。
「別に使ってみるのは構いませんが……」
「僕達が使ったところで、何か意味があるのか?」
「さあな。けど、巫女がそう言っていたんだ。だから何かしらの意味はあるんじゃねぇか?」
「まあ、確かに……」
疑問は残るが、巫女がそう言うのであれば仕方がないと、二人は了承の意を表す。
そんな二人にエリーが鍵を差し出せば、まずはカグラがそれを受け取った。
「ありがとう、エリー。で、これってどうやって使うんだ?」
「どうだろう? 私は覚えていないから。サクヤ、どうやって使ったか覚えてる?」
「さあ。気が付いたら使えていたからな。詳しい事は分かんねぇよ」
「ふーん……」
そう口にしながら、カグラは鍵を頭上に掲げる。そしてそれを下から覗き込む体勢で、彼女の動作がピタリと止まった。
直感だが、たぶん今、彼女の目には何らかの記憶が見えているのだと思う。
一体、何が見えているのだろうか。
(エリーがリオンじゃなくてオレを選ぶには、カグラとヒナタに記憶の鍵を使わせろと巫女は言っていた。だったら今カグラが見ている記憶が、オレにとっても重要な記憶になるハズだ)
鍵を覗き込んだままのカグラが、その記憶を見終えるのをただひたすらに待つ。
すると突然、カグラが耳をつんざくような大きな悲鳴を上げた。
「う、うわああああああああッ!」
「カ、カグラッ?」
「おい、大丈夫か!」
見えた記憶に、サクヤはショックを受けて倒れてしまった。だからカグラもその記憶にショックを受けて、気を失ってしまうんじゃないかと焦ったが、幸いにもそれは杞憂だったらしい。意識を失う事もなく無事に生還(?)したカグラは、ドキドキと激しく脈打つ鼓動を抑えながら、その青白い顔を不安そうな三人へと向けた。
「あ、ああ……っ」
「ど、どうしたんですか……?」
「大丈夫?」
「ぼく、ごり……」
「あ?」
「え、何て?」
何を言ったのか上手く聞き取れず、もう一度言うように促せば、カグラは心を落ち着けるようにゴクリと息を飲み込んでから、ハッキリとそれを口にした。
「僕、ゴリラだった……っ!」
「は?」
「何て?」
ダメだ。ハッキリ言われたところで何の事だか分からない。
サクヤが鍵を使って前世を見て来た事から、カグラにも彼女の前世が見えて、それがゴリラだったと言いたいのだろうか。
「カグラ、もしかしてお前、前世はゴリラだったのか?」
「そう、ゴリラだったんだ……」
「じゃあ、森で生活していたんですか?」
「いや、みんなと一緒に魔王討伐の旅をしていた」
「え、じゃあ私達、ゴリラと一緒に旅をしていたんですか? はあ、それは魔王もドン引きですね」
「な……っ、ド、ドン引きって何だよ! 僕だって好きでゴリラになったわけじゃないし! それに、ヒナタなんてガリガリのヒョロ男だったんだからな!」
「人間なだけマシではないですか?」
「はあ? 僕だって人間だったわ!」
「すみません、カグラさん。もう少し分かりやすく話を纏めてもらってもいいですか?」
頭が混乱しているのか、支離滅裂な話をするカグラに、ヒナタが困ったように眉間に皺を寄せる。
カグラの話が理解出来ないのはサクヤもエリーも同じだったので、とにかく落ち着いて話すようにとカグラを促せば、彼女は数回深呼吸をし、心を落ち着けてから再び話を始めた。
「僕の前世か、もしくは違う世界の僕だと思うんだけど……。そこで僕は、今みたいに魔王討伐の旅をしていたんだ。ただ、その世界で僕は男だったんだ」
「男?」
「ああ、ゴリラ系の」
「なるほど、それでゴリラですか」
「ショックだったよ。こんなに可愛いこの僕が、その世界じゃゴリラ系男子だったんだから」
「大丈夫ですよ。今のあなたも割と女ゴリラですから」
「何だと!」
バカにしたように鼻を鳴らすヒナタに食って掛かるカグラはさておき。
記憶の鍵を使って見えたカグラの記憶。その中で彼女はゴリラ系の男子で、他のメンバーと魔王討伐の旅をしていたらしい……うん? ゴリラ?
(ちょっと待て。確かあの時、ポスターに映っていたのって……)
ふと、前世での記憶を思い出す。
女の後頭部を砕いた後に見えた大きなポスター。そこに映っていたのはサクヤとエリー、リオン、そして……。
「カ、カグラ! その、ゴリラ系ってどんな感じだったんだっ?」
「え? どんなって……そうだな、良く言えばガタイが良くって、強そうな感じかな? 髪も今みたいに艶やかな黒髪じゃなくって、もっと痛んだ黒髪を下の方で一つに束ねていたよ。服装は……ええっと、胸にサラシを巻いて、その上に胴着を羽織っていたっけな?」
「……」
前世に見たポスター。そこに映っていたゴリラ系男子の姿を思い出す。
うろ覚えではあるが、確かにそんな容姿の男子だったような気がする。
「他には? そうだ、そこに細身の優男はいなかったか?」
ポスターに映っていたのはもう一人。サクヤとエリー、リオン、そしてゴリラと細身の優男。ならばその細身の優男もいたのだろうか。カグラの見た記憶の中で、一緒に魔王討伐の旅をしていたのだろうか。
「それってヒナタの事か? ヒョロヒョロでガリガリの身長だけはある男。確かに一緒に旅をしていたよ」
なるほど、優男は悪く言うと、ヒョロヒョロでガリガリの身長だけはある男になるのか。
「それでもゴリラ男よりはマシですよ」
「はっ、あんな不健康そうな男だったら、健康的ゴリラの方がまだマシだよ!」
「カグラ、その優男の特徴を、もう少し詳しく教えてくれるか?」
「え? ああ、えーっと……うん、そうそう、今のヒナタみたいに、白い神官服を着ていたよ。もちろん、男子用の物だったけれど。あと、髪は今みたいに長くなくて、おかっぱくらいの長さだったかな。無駄にサラツヤストレートの金髪だった」
「何だ、痛んだ髪のゴリラより、全然素敵な美男子じゃないですか」
「あああ、煩い、煩い、うるさーいっ!」
口では自分の方がマシとは言いつつも、内心ではヒナタの方が良い男だったと認めているのだろう。勝ち誇ったような笑みを浮かべるヒナタを、カグラは涙目で睨み付ける。
しかしサクヤにとって、どっちが良い男だったかなんて、二人には悪いが重要な事ではない。サクヤにとって重要なのは、カグラの話にあった『ヒナタ』が、前世のポスターに映っていた優男と同じ容姿だったという事である。
「ねぇ、カグラ。もしかして私も、その世界では男だった?」
カグラとヒナタが男だったという話から、もしかして自分もそうだったんじゃないかと思ったのだろう。しかし何故かわくわくしながらそう尋ねるエリーに、カグラはフルフルと首を横に振った。
「いや、エリーは今と変わらない女の子だったよ。サクヤも男だった」
「そっか、女だったんだ……」
「え、何でそんなに残念そうなの?」
何故かガクリと肩を落とすエリーに、カグラはコテンと首を傾げる。
しかしそんな事よりも、何故カグラの見て来た世界では、カグラとヒナタは男だったのだろうか。そしてどうして彼女の見た世界の二人の容姿が、前世のポスターに映っていた二人の男性とそっくりだったのだろうか。
『ようこそ、サクヤ。×××の世界へ!』
「っ?」
しかしその時だった。
サクヤの頭の中に、聞き覚えのある声が流れ込んで来たのは。
『おばさん、誰、だと……? ……ふっ、ふふっ、いいだろう、答えてやる。私の名は創造主。この世界の神的存在だと思ってくれればいい。私の事は創造主と呼んでもいいが、女神様でもお姉さんでも、好きな風に呼んでくれても構わない』
『さて、私の事をおばさん呼ばわりしたキミに、とても素敵なプレゼントがある。このゲームの難易度を、ノーマルモードから鬼ハードモードに変えてやるのさ。このゲームを何度もプレイし、飽き飽きしているキミにはノーマルモードじゃ物足りないよな? 難しい方が、ゲーマーとしての血が騒ぐだろう?』
『とある設定を変えるよ。そしてキミが今プレイして来た、一回目の重要な部分の記憶を消してやる。それでもキミくらいのガチオタクなら、このくらい易々とクリア出来るだろう?』
『それじゃあ二回目のスタートだ。幸せな未来のために、精々頑張るんだね!』
「サクヤ! ねぇ、サクヤってば!」
「っ!」
頭に流れるその声を聞いていた時、突然肩を強く揺すられ、サクヤはハッと我に返る。
ハッとして顔を上げれば、心配そうなエリーとカグラが彼の顔を覗き込んでいた。
「ボーッとしていたけど……大丈夫?」
「え? あ、ああ、大丈夫だ、ボーッとしていただけだから……。ヒナタは?」
「サクヤがボーッとしている間に記憶の鍵を使ったよ。ほら」
カグラが指差す先では、鍵を掲げ、下から覗き込んだまま固まっているヒナタの姿がある。カグラの言う通り、彼女もまた何らかの記憶を見ているようだ。
「本当に大丈夫? 何か気になる事でもあった?」
「いや、大丈夫だ。本当に何でもないよ」
もう一度心配そうに尋ねて来るエリーに、サクヤはもう一度「大丈夫」と首を横に振る。
それにしても先程聞こえたあの声。あれは確かに創造主のモノだ。しかし彼女が口にした今の言葉は、サクヤの記憶にはない。いつ言われたのかも分からないモノばかりだ。しかも一部分、聞き取れなかったところもある。あそこは一体、何と言っていたのだろうか。
(一回目とか、二回目のスタートとかとも言っていたな。って事は、もしかしてあれは一回目が終わった後の言葉か?)
一回目。それはサクヤが創造主の怒りを買い、消されてしまった記憶だ。そしてその一回目と二回目では、創造主によって何らかの設定が変えられてしまっている。二回目以降の記憶からしかないサクヤには、その変えられた設定が何なのかは分からないが……。
しかしポスターに映っていた人物や、カグラの記憶から見て、もしかしてその変えられた設定とは、カグラとヒナタの性別だったのではないだろうか。
「カ、カグラっ! その記憶で魔王はどうなったんだ? オレ達は勝って世界を救ったのか? それとも負けて世界は滅ぼされたのか?」
もしもカグラの見て来た記憶が一回目の世界であれば、自分達はエリーや魔王に殺され、世界も滅んでいるハズだ。
だからその世界が滅んでいれば一回目の世界で確定、救われていれば全く違う世界と見てまず間違いないだろう。
しかしそれを確認するべく尋ねたサクヤであったが、カグラは申し訳なさそうにフルフルと首を横に振った。
「ごめん、サクヤ。自分やヒナタが男だってインパクトが強すぎて、それ以外の事はあんまり覚えていないんだ。覚えているのは僕とヒナタが男で、エリーやサクヤと一緒に魔王討伐の旅をしていた、それだけなんだよ」
「そ、そうか……」
「何かごめんな。期待に応えられなくて」
「いや、別にお前が悪いわけじゃねぇし。気にすんなよ」
そうか、カグラもそこまでは覚えていないのか。
一回目の世界か否かを知りたかったサクヤがガクリと肩を落とせば、項垂れてしまったサクヤにカグラが申し訳なさそうに視線を落とす。
しかしそんな彼女にサクヤが「気にするな」と笑みを浮かべた時だった。
記憶の鍵を使っていたヒナタが、「あ」と声を上げたのは。
「ああ、もう終わっちゃいましたか……」
「ヒナタ?」
何故か残念そうに溜め息を吐くヒナタに、サクヤが不思議そうに声を掛ける。
するとヒナタは、これまた残念そうな視線をサクヤへと向けた。
「すごく良い夢を見ていた時って、目が覚めると残念な気持ちになるじゃないですか。正にそれです」
「は?」
「何て?」
恍惚の表情を浮かべてそう話すヒナタに、三人は揃って首を傾げる。ちょっと言っている意味がよく分からない。
「現実に戻りたくないくらい、良い記憶が見えたって事?」
「女王様にでもなっていたのか?」
「違いますよ。夢の中で私は男でした」
「もう夢って言っちゃってるし」
ヒナタの中では、それはもう記憶ではなくて夢として認識されてしまったのだろう。とにかく今見て来たその夢を、ヒナタはうっとりとしながら話し始めた。
「私は背の高い金髪のイケメンだったんです。おそらくカグラさんの記憶にいた男性と同一人物だと思います」
「あのガリヒョロ男だな」
「そこで私は剣士の男性と光の巫女、そしてゴリラと一緒に魔王討伐の旅をしていました」
「誰がゴリラだ」
「そして私は旅を続けるうちに、光の巫女と恋に落ちるんです」
「え?」
男ヒナタと光の巫女が? オレと光の巫女、じゃなくて?
「その後、光の巫女はその力を覚醒させ、私達は魔王を討ち、世界に平和を取り戻します。そして平和になったその世界で、私はみんなに祝福されながら、光の巫女と式を挙げるんです」
「えっ、式っ?」
「結婚したのッ?」
「マジでっ?」
「はい。剣士とゴリラも祝福してくれました」
「だからゴリラって言うな!」
「ライスシャワーを浴びているところで夢は終わりです。甘美な新婚生活も見たかったのに……残念です」
「何だよ、夢にでも住む気なのか?」
「そもそもそれ、夢じゃなくて記憶じゃない?」
残念そうに溜め息を吐くヒナタに、カグラが呆れたように眉を顰めれば、エリーがとりあえずそれは夢じゃないと訂正を入れる。
するとサクヤが、さっきから引っ掛かっていたその呼称に、訝しげに首を傾げた。
「それよりもヒナタ。さっきから剣士とか光の巫女とかって言っているが……それって、オレとエリーの事じゃないのか?」
サクヤが引っ掛かっていた事。それは記憶を夢と認識している事でもなければ、その夢に住もうとしている事でもない。自分やエリーの呼び方だ。カグラをゴリラと呼ぶのは何となく分かるが、何故自分達の事も『剣士』や『光の巫女』と呼び、名前では呼んでくれないのだろう。まさかその剣士や光の巫女とは、自分達とは違う人物だったのだろうか。
「そうですね……剣士の男性はサクヤさんでした。今よりも愛想が良くて、キラキラ光るイケメンでしたが、あれはたぶんサクヤさんです」
「おい」
ヒナタの言い方に棘がある気がするが……。でもそれについては、深くは考えない事にしようと思う。
「でも光の巫女は……確かに見た目はエリーさんでした。ピンクの髪をハーフアップに結い上げた、赤と青のオッドアイを持つ女性。雰囲気もエリーさんでしたし、声もエリーさんのモノでした。ただ………」
「ただ?」
そこで一拍置いてから。ヒナタはその続きを口にした。
「名前が、違ったんです」
「名前が?」
「何て?」
「はい、私が夢で結婚したのは、エリーさんではなくて、サクラさんという女性でした」
(――っ!)
その少女の名に、サクヤはグラリと眩暈を覚える。
サクラ、という名には聞き覚えがある……いや、知っている。ヒナタの話では、サクラはヒナタと結婚したそうだが、それは四つ目の世界だったハズだ。
一つ目の世界では誰とも結ばれなかった。
二つ目の世界ではサクヤと結婚した。
三つ目の世界ではカグラと結婚した。
四つ目の世界ではヒナタの言う通り、彼と結婚した。
更に言うならば、五つ目の世界では光の力も闇の力も覚醒しなかったため、世界を救う事も滅ぼす事も出来ず、仲間ともども魔王に殺されてしまった。そしてその後は剥製にされ、滅んだ世界で永遠に魔王の狂愛を受ける事になった。
六つ目の世界でも失敗し、魔王との繋がりを疑われたサクラは、バルトでサクヤに殺されてしまった。
そして七つ目の世界では……、
(オレはリオンと恋に落ち、彼の手を取った。そして闇の力を覚醒させる事によってリオンとともに仲間を殺し、更には殺戮を繰り返す事によって、世界を滅亡へと追い込んだ。そしてその滅んだ世界で、オレは魔族に祝福されながら、リオンと結婚するんだ)
何度も繰り返されるサクラの世界。しかし彼女が歩んだ八つ目の世界を思い返そうとしたところで、サクヤはハッと気が付く。
オレは……って、何だ?
『サクラ? あはっ、柊君と一字違いだね』
「――っ!」
頭に響く愛しい声に、サクヤの脳がグワンと揺れる。
そうだ、サクラは朔矢だ。好きな女の子と話がしたくて、彼女が嵌っているんじゃないかというゲームを始めた時に付けた、ヒロインの名前だ。
(ああ、そうだよ。全部、思い出した……)
裏切り者であるエリーを排除する。裏切り者を消せば世界が救えるハズだ。
そう考え、世界を救おうとしていたサクヤだったが、それで上手くいかないのは当然だ。
だってこの物語の主人公はエリーなのだから。物語は主人公あっての世界だ。その主人公なくして世界は成立しない。だから彼女を排除して世界を救おうだなんて、そんな事出来るわけがなかったのだ。
(そうだ、このゲームの目的は世界を救う事なんかじゃない。このゲームの目的は、ヒロインである彼女が誰かと恋をして結ばれる事。そして何度も同じ世界を繰り返し、様々なエンディングを迎える事だ)
ああ、そうだ。このゲームのタイトルは『メモリーオブラビリンス』。
サクヤの前世である朔矢が何度もプレイする程に嵌り、アニメ化に書籍化、そして舞台化する程に人気のあった乙女ゲームである。