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エピソード21 光の巫女

 さっきまで、そこには確かに小さな墓しかなかったハズなのに。それなのに振り返った先にあったのは墓だけではなく、桃色の長い髪を靡かせた美しい女性の姿。
 何が起きたのか分からず、ポカンとするサクヤの前に突然現れた彼女は、憎々しそうに睨み付けて来るリオンに、クスリと穏やかな笑みを向けた。
「何故とはおかしな事を言いますね。ここは私の家です。そこに私がいて、何の問題がありますか?」
「ぐっ、死人が口出しを……っ!」
 立ち上がり、女性に反撃を試みる。
 しかし先程負った傷が痛むのだろう。リオンは呻き声を上げると、再び膝を着いてしまった。
「くっ、今回は引こう。しかし次はこうはいかない。サクヤも貴様も、この世界の全てを葬り去ってやる! 覚悟しておけ!」
 そう捨て台詞を残して。リオンは闇に溶け込むようにしてその場から姿を消した。
「私に出来るのは、せいぜい傷を負わせる事のみ。けれどもその傷もすぐに癒えてしまうのでしょう。やはり現代の魔王を倒せるのは、現代の巫女であるエリーだけのようです」
「えーと……あんたは?」
 残念そうに溜め息を吐く桃色の髪の女性に、サクヤは首を傾げる。
 すると彼女はゆるゆると顔を上げ、その青い双眼を優しく緩めた。
「初めまして、サクヤ。私は百年前、勇者達とともに魔王を倒した光の巫女です」
「光の、巫女……?」
「はい。エリーの先祖に当たります」
 と、いう事は、
「おばけか!」
「いいえ、妖精です」
「妖精ッ?」
 墓から這い出て来たその妖精は、どうやらこの墓に眠る百年前の光の巫女らしい。確かに白衣と緋袴を身に纏った彼女の姿は、よくよく見れば透けている。この世の者ではないというのは確かのようだ。
「それよりもサクヤ、先程はありがとうございます。身を挺して守ってくれた事、とても嬉しく思います」
「身を挺して守った?」
「はい、私の家を壊そうとした魔王から、守ってくれたではありませんか」
「は?」
「この家は私にとってはもちろんの事、エリーにとっても大切なモノです。その私達にとって大切なモノを、あなたは自分にとっても大切なモノだと叫び、全力で守ろうとしてくれました。とても嬉しかったですよ」
「……」
 そうか。墓にあるかもしれない重要なアイテムを守ろうとしたサクヤの行動は、巫女の目には、リオンから墓を守ろうとしているように映ったのか。そうか。ならばリオンだけではなく光の巫女にも、絶対に本当の事がバレないようにしなければならないな。
(つーかこの人、自分の墓の事、自分の家って言ったな)
 そんなどうでもいい事をぼんやりと考えていると、その家に腰を下ろした巫女が、ニッコリと微笑んだ。
「その気持ちに応えて、あなたに何かお礼をさせて頂けませんか?」
「礼?」
 その突然の申し出に、サクヤはキョトンと目を丸くする。
 すると巫女は、ニッコリと微笑んだまま更に言葉を続けた。
「こう見えて私は、神に近しい存在です。その力を使って、あなたの願いを一つだけ叶えて差し上げましょう」
「えっ、マジか!」
「はい、マジです」
「何でもいいのか?」
「もちろんです。あなたは何がお望みですか?」
 笑顔でそう尋ねる彼女に、サクヤは心の中でガッツポーズを作る。
 巫女は何でも願いを叶えてくれると言った。ならば、世界を救う事によってこのゲームをクリアし、この死のループから抜け出す事も出来るハズだ。
 やった! これでゲームクリアだ!
「じゃ、じゃあ、このゲームをクリアさせてくれ!」
「……?」
 良い笑顔で首を傾げられた。どうやら意味が伝わっていないようだ。
「じゃあ、魔王討伐に役立つ便利なアイテムを出してくれ!」
「……?」
 輝かんばかりの笑顔で首を傾げられた。どうやら意味が伝わっていないようだ。
「だ、だったら魔王を倒して世界を救ってくれ!」
「それはあなたの使命ではありませんか。私の仕事ではないですよ」
 神々しい笑顔で正論を述べられた。何でもよくないじゃん!
「魔王を倒す……ああ、もしかして、エリーの力の覚醒方法を教えて欲しい、という事でしょうか?」
「え?」
 じゃあ何だったら叶えてくれるんだよ、と頭を抱えるサクヤに、巫女は一人で納得したようにポンと手を打つ。
 間違った解釈ではあるが、とりあえず顔を上げれば、変わらずニコニコと微笑む巫女と目が合った。
「エリーもまた、力が覚醒しない事を悩んでいる様子。いいでしょう、それならば今、その方法をあなたに教えて差し上げましょう」
「いや、違……」
 あなたはエリー想いの優しい人なんですね、と微笑む巫女を否定しようとしたサクヤであったが、そこで彼はハッと気が付く。エリーが覚醒するのは闇の力のハズだ。そしてそれを使い、リオンと協力して世界を滅ぼすのだ。
 だったらそれ、覚醒したらマズくね?
「いや、待て待て待て待て! エリーが覚醒するのは闇の力だろ? だったらせめて、覚醒方法じゃなくて、覚醒しない方法を教えてくれよ!」
「ああ、やっぱり闇の力の事も知っていたのですね。さすがです」
「いや、さすがって……」
「確かに私達巫女の一族には、光と闇、この二つの力が秘められています」
「ああ、だから闇の力が……って、え、光?」
 え、光の力もあるの?
 巫女から告げられたその事実にポカンと目を丸くすれば、彼女は「そうですよ」と笑顔のまま頷いた。
「私達は光と闇、二つの力を持っています。しかし、覚醒するのはそのどちらか一方だけです」
「え、じゃ、じゃあエリーも闇の力じゃなくて、光の力が覚醒する可能性もあるって事、なのか……?」
「ええ、その通りです」
 コクリと首を縦に振る巫女に、サクヤは呆然とする。
 サクヤ・オッヅコールとして、死と巻き戻りを繰り返して早十回。そのうちのエリーに殺されるルートでは、その全てのルートでエリーは闇の力を覚醒させ、その力を使ってサクヤを葬っている。だからこそサクヤは、エリーが秘めているのは闇の力であって、光の力ではないと思っていたのだ。
 しかし巫女の話では、エリーは闇の力ではなくて、光の力を覚醒させる事も可能だと言う。
 では、どうしたら闇ではなくて光の力が覚醒するのだろうか。
「先程も話した通り、この私にも闇の力は存在していました。ですが、私が覚醒したのは闇ではなくて光の力。そしてそれによって、私は勇者とともに魔王を討ち滅ぼし、光の巫女として語り継がれる事となったのです」
「だ、だったらそれはどうやったんだ? あんたはどうやって闇じゃなくて、光の力を覚醒させたんだ?」
 エリーが闇ではなく、光の力を覚醒させる事が出来れば、サクヤは世界を救い、この死のループからも脱出する事が出来るハズだ。
 もしかしたらこれで世界が救えるかもしれない、という期待を胸に真剣に尋ねれば、巫女はサクヤの瞳を優しく見つめ返しながら、はっきりと答えた。
「愛の力です」
「あ、あい……?」
「そうです。愛の力によって、エリーは光の力を呼び覚ますのです」
「……」
 この人、一体何を言っているんだろう……?
「エリーがどちらに好意を向けるかで、全ては決まるんです」
「え?」
 この巫女ヤベェな、と思っていた時、彼女の落ち着いた声が静かに耳に届く。
 ニコニコと優しい笑みから一変、巫女は真剣な眼差しをサクヤへと向けた。
「エリーには二つの力が存在します。世界を救う光の力と、世界を滅ぼす闇の力。そして彼女は今迷っているハズです。世界を救うべきか、否かを」
「あ……」
 その言葉に、サクヤはハッと気が付く。
 確かにエリーは言っていた。自分の故郷を奪ったクセに、それをリオンのせいにしている国王が許せない。そしてそんな国王の言う事を聞き、世界を救う事に迷いがあるのだ、と。
 それからこうも言っていた。リバースライトの仇を取りたいがために国王に反抗し、リオンとともに罪のない人達を犠牲にする事にも抵抗があるのだ、と。
「その迷いこそが、エリーの力が覚醒しない原因です」
「じゃあ、エリーの力が覚醒するのは……?」
「エリーの心が決まった時です。世界を救うため、魔王を倒すと覚悟を決めれば光の力が。人間に愛想が尽き、魔王とともに生きて行くと決めれば闇の力が覚醒します」
(それじゃあ、これまでの十回は……)
 これまでの十回。その全ての世界において、エリーはどうするべきか迷っていたハズだ。そしてそのほぼ全ての世界で、彼女はリオンとともに生きて行く道を選んでしまう。だからこそサクヤはどの世界でも死に、何度も『サクヤ・オッヅコール』を繰り返さなければならないという、死のループから抜け出せなかったのだ。
 しかし今、巫女のおかげでその原因が分かった。そして彼女の話から、この十一回目の現在、エリーはまだ迷っている最中にあり、闇の力にも覚醒していないと言う。
 ならばこの十一回目はまだ間に合うハズだ。何とかしてエリーに世界を救う道を選んでもらう事が出来れば、彼女は光の力を覚醒させ、魔王を倒してくれるのだろう。そして世界は救われ、ゲームはクリア。サクヤもこの死のループから脱出する事が出来るのだ。
 では、どうしたらいい? どうしたらエリーはリオンと生きる道を選ばずに、自分達と世界を救う道を選んでくれるのだろうか。
「ですから、愛の力なんですよ」
「……」
 これまたおかしな事を言い出した。だから何なんだ、愛の力って。
「これだから男は」
「……」
 今度は溜め息まで吐きやがった。わけの分からん事を言っているのはそっちだろうが。
「でしたら、もっと分かりやすく言って差し上げましょう。エリーがあなたと生きる道を選ぶか、リオンと生きる道を選ぶか。その選択次第で、覚醒する力が決まります」
「え、オレ……?」
 どういう事だ、と尚更分からなくなってしまった説明に、サクヤは訝しげに首を傾げる。
 そんな彼に対して、巫女はコクリと首を縦に振ってから、更に話を続けた。
「エリーは今、光の道に進むべきか、闇の道に進むべきかを決めかねています。ならば彼女は、最終的に何を持って決断すると思いますか?」
「そう聞かれても分からねぇよ。だから困ってんじゃねぇか」
「その選んだ道の先にいる人物ですよ」
「人物?」
 その先にいる人物とは一体……?
 そう首を傾げるサクヤの瞳を真っ直ぐに見つめながら、巫女は更に話を続けた。
「光の道を選べば、エリーは故郷を奪った国王に従う事になりますが、それと同時にあなたの力になる事も出来ます。そして世界を救った先の未来で、彼女はあなたと生きて行く事になります」
「……」
「逆に闇の道を選べば、エリーは非人道的な事をしなければなりませんが、それは同時にリオンのために力を使う事にもなります。そして世界を滅ぼした先の未来では、彼女はリオンと生きて行く事になります」
「……」
「分かりませんか? エリーが最終的に決断する要素は、誰のために力を使いたいか、そして誰とともに生きて行きたいか、なんですよ」
「つまり、オレのために力を使いたいと思えば光が、魔王のために力を使いたいと思えば闇の力が覚醒するって事か?」
「概ねそんな感じです。でもどちらかと言えば、どっちのために力を使いたいか、ではなくて、どっちと一緒に生きたいか、ですね」
 その覚醒条件を確認するサクヤに、巫女はそう考えていいと首を縦に振る。
(確かに……)
 と、サクヤはこれまでの十回の世界を思い返す。
 これまでの十回。その全ての世界において、エリーはどうするべきか迷っていたハズだ。そしてその決め手となる自分は、エリーが裏切り者だと決め付け、嫌悪感を抱き、何とかして正体を暴いてパーティーから追い出してやろうと、彼女に辛く当たっていた。
 対してもう一人の決め手となるリオンは、サクヤとは逆にエリーに好意を抱き、ともに来て欲しいと、その純粋な好意を彼女に伝えていた。
 嫌悪感を抱き、言葉の暴力を振るうサクヤと、純粋な好意を抱き、その想いを真っ直ぐにぶつけるリオン。
 エリーがどちらのために力を使い、どちらとともに歩く未来を選ぶかなんて、そんなの後者の方に決まっているだろう。
(それじゃあ、これまでの世界が滅んじまったのは、全部オレのせいだって事かよ……っ!)
 その気付いた事実に、サクヤはギリリと奥歯を噛み締める。
 どの世界でも、どうするべきか迷っていたエリー。それでも好意を向けてくれるリオンをすぐに選ばなかったのは、それが非人道的な道で、人として選んではいけない道だと分かっていたからだろう。しかしエリーを正しい道に進ませる事の出来る、唯一の存在であるサクヤが、彼女に辛く当たってしまっていた。パーティーから追い出そうとした事もあれば、殺される前に殺そうとした事もあった。その度に、エリーは傷付いていったのだろう。そしてエリーの心が限界を迎えた時、彼女は遂に決断を下してしまう。故郷を奪い、それをリオンのせいにする国も、自分の事を信じもせず、ただ傷付けるだけの仲間もいらない。私は私を愛してくれるリオンと一緒に生きたい。そのせいで見ず知らずの人間が死のうが、不幸になろうが、どうだっていい、と。
(オレがいつも同じ時間に巻き戻っていたのは、エリーがまだ決断を下さず、まだ取り返しが付く時間だったからだ。だからオレは早くそれに気付き、エリーに敵意を向けるんじゃなくて、彼女がオレや世界のために力を使ってくれるように、導いてやらなくちゃいけなかったんだ)
 この十一回目で、これまでにない展開になったり、エリーが自身の想いを吐露してくれたりしたのは、サクヤがエリーに敵意を向けていなかったからだ。創造主が「アイテムを探せ」と言ってくれたから、サクヤはエリーよりもアイテム探しを優先させた。だからこそ十一回目のエリーは、まだ世界を見捨てる決断を下していないのだ。
 その決断を下させていたサクヤが、今回はまだ彼女の心を壊していないのだから。
「私もあの時、勇者と生きたいと願いました。勇者の力になりたい、彼とともに世界を救いたい、そして世界を救った後の彼の笑顔が見たい、とそう願ったんです。その時でしたよ。私の中に眠る、光の力が覚醒したのは」
「だったらエリーも、オレを選べばいいのか? エリーがリオンじゃなくてオレを選んでくれれば、アイツは闇の力じゃなくて光の力を覚醒させ、世界を救う事が出来るのか?」
「そうです。そういう事です」
「だったらオレはどうしたらいい? どうしたらエリーはリオンじゃなくて、オレを選んでくれるんだよ?」
「……」
 エリーの覚醒のシステムは分かった。けれども具体的にどうすればいいのかが分からない。
 十一回目の現在、光と闇の狭間にいるエリー。サクヤやリオンのこれからの行動で、彼女の力はそのどちらかに傾くのだろうが、どうしたら光に傾いてくれるのだろう。どうしたら闇に傾くのを阻止出来るのだろうか。
「記憶の鍵を使うのです」
「記憶の鍵?」
 その答えに、サクヤはキョトンと目を丸くする。
 先程エリーに返した記憶の鍵。それを使い、サクヤは前世で犯した罪を思い出す事が出来た。
 しかしその後、それ以上鍵が反応する事はなかったから、もう使い道はないだろうと思い、サクヤはエリーに鍵を返してしまったのだが……。
 もしかして、まだ使い道があったのだろうか。
(そういやオレ、まだ一回目の記憶思い出してねぇな)
 ふと、サクヤはその封じられた記憶に気付く。
 創造主の怒りを買い、封じられてしまった一回目の記憶。記憶の鍵だと聞いた時、サクヤはその一回目の記憶を思い出すための道具なのだろうと思った。
 しかし、記憶の鍵を使って思い出したのは、まさかの前世の記憶。そのせいで、一回目の記憶の存在の事などすっかり忘れていたのだが……。
 そうか、やはり記憶の鍵を使って、一回目の記憶も思い出さなければならないのか。
「もう一度、記憶の鍵を使えって事だな?」
「はい。ですが、記憶の鍵を使うのは、あなたではありませんよ」
「え?」
 え、違うの?
「そもそも、記憶の鍵は一生のうちに一回しか使えない物です。記憶を見て、現実世界に帰って来たら、記憶の鍵は二度と反応しません。あなたとエリーは既にそれを使い、一度記憶の世界を見ていますよね? ですからもう、あなたとエリーには反応しませんよ」
「一生に一回……」
 つまり、十一回目の『サクヤ・オッヅコール』にはもう使う事が出来ない。となると、一回死んで十二回目を迎えてから、もう一度使えという事だろうか。
「つまりエリーが光の力を覚醒するためには、オレはもう一回死ななきゃなんねぇって事か」
「何でそんな物騒な話になるんですか?」
 真剣な表情でとんでもない事を言い出したサクヤに、巫女は口角を引き攣らせる。記憶の鍵を使えと言っただけなのに。何で死ななきゃいけなくなったのだろうか。
「あなたとエリー以外の人物に使わせろ、という意味です」
「つー事は魔王か? でもどうやって使わせるんだ? アイツが素直に使ってくれるとは思えねぇぞ」
「でしょうね」
「いや、でしょうねって……」
「もっと身近な人物でいいですよ」
「身近な人物?」
 そう指摘され、サクヤは該当するだろう人物を頭に思い浮かべる。
 身近な人物であり、素直に使ってくれそうなのはもちろんカグラとヒナタだ。しかしあの二人に使わせてどうなるのだろう。エリーが光の力を覚醒させるきっかけとなる、何か有力な情報でも持っているのだろうか。
「それはそうとサクヤ」
「うん?」
 と、サクヤが考え込んでいる時だった。不思議そうに首を傾げた巫女が、それを指差したのは。
「さっきから気になっていたのですが、それは何ですか?」
「え……?」
 スッと、長い指で差された先にある物。それを見て、サクヤはマズイとばかりに表情を強張らせる。
 巫女が示したのは、サクヤの手に握られたままのスコップ。しまった。そういえば手に持ったままだった。
「それは何ですか?」
「えっ、あ、いや、これはその……っ!」
 もう一度同じ質問をされ、サクヤはわたわたとたじろぐ。言えない。巫女の墓を掘り起こすつもりだったなんて、絶対に言えない。
(バレたら殺される!)
 リオンを撃ち抜いた光の魔法を、今度は自分に放たれるんじゃないかとサクヤは青ざめる。
 すると巫女は、怪訝な目をサクヤへと向けた。
「まさかとは思いますが、それで私の家を掘り起こそうと……」
「違う! 違います! 武器と間違えただけです!」
「武器と間違えた?」
「そうです! さっき魔王と対峙しようとした時に、このエクスカリバーと間違えて……」
 そう言いながら、サクヤはスコップを投げ捨てると、愛剣であるエクスカリバーを手に取る。
 しかし、それを巫女に見せようとした時だった。
『良かったー、間に合ったー! 買えて良かったー!』
(え……?)
 頭の中に、様々な声がドッと流れ込んで来たのは。
『あの子、オタクじゃん』
『アミたんに感謝の意を捧げろ』
『重さも大きさも、かなり拘って作ったらしいよ』
『ちょっとこれ持ってて』
『だってトイレに持って行くのは邪魔だもん。終わったら交代するから。だからちょっと持って待ってて』
『ママー、エンジェルハートはー?』
『ハッ、絶対に嫌。(笑)』
(っ!)
 笑。
 流れ込んで来る様々な声の中、その声が聞こえた瞬間、自分の中の何かがカッと熱を持つ。
 熱を帯びたのは心か内臓か。沸々と湧き上がって来る怒り。この感情はどういう事なのか。
『こんなの誰が観るの?(笑笑)』
 抑え切れない怒りは脳を侵食し、全身の神経を震え上がらせる。
 瞬間、サクヤの視界がグラリと暗転した。


(殺す……殺す殺す殺す殺す、死ね、消えろ……ッ!)
 ――っ!
 脳を支配するその言葉に、サクヤはハッと気が付く。
 しかし心はここにあるのに、体は自分のモノではない。だって自分の意志とは関係なく、体が勝手に動くのだから。握り潰さんばかりの力でその剣を握り締め、無防備に背を向ける女性の頭をかち割ろうと、ゆっくと近付いて行くのだから。
 ――何するつもりなんだよ! 止めろよ、止めてくれ! 頼む!
 必死にそう叫んでも、体は言う事を聞いてくれない。ユラユラと女性に歩み寄り、いつもは片手で振り回している剣を両手で握り締め、それを大きく振り上げる。
(殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……)
 ――嫌だ、止めろーッ!
 自分の体のハズなのに、それは全く言う事を聞いてくれなくて。
 振り上げた鈍器を思いっ切り叩き付ければ、頭蓋骨が砕ける感触が手に響き、目の前の女性がグシャリと倒れる。
 大きく飛び散る赤黒い血液。
 それは彼自身と、彼女の向こうにあった大きなポスターを真っ黒に染めた。


「うわああああああッ!」
 甦った前世の記憶がよほどショックだったのだろう。サクヤは悲鳴を上げると、バタリとその場に倒れてしまう。
 そのまま気を失ってしまったサクヤを見つめる巫女の瞳に、先程までの怪訝な表情や微笑みはどこにもなくて。
 彼女は悲しそうに、倒れた彼を見下ろしていた。
「こう見えて私は、神に近しい存在。しかしそんな私も、創られた一人に過ぎません」
 フッと瞳を伏せ、そしてそっと開ける。
 そうしてから、彼女はそっと天を仰いだ。
「私が出来る事はここまでです。来世では、私もあなたに会える事を願っていますよ」
 一陣の風が吹く。
 それは故意に吹いた風なのか否か。
 その風が吹き去った時、そこにはもう巫女の姿はなかった。

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