エピソード20 魔王降臨
辺りが暗くなり、みんなが寝静まった頃。サクヤはスコップを片手にそっとテントを出る。
隣に設置されたもう一つのテントでは、女性陣が眠っているのだろう。そんな彼女らを起こしてはいけない。もしも起こしてしまったら、彼女らはこう問うだろう。「どこに行くの?」と。
(墓荒しに行くなんて言ったら、またカグラが泣きそうだな)
そしてヒナタはドン引きするだろう。エリーに至っては、幻滅して覚醒してしまうかもしれない。それは困る。だから彼女らにバレるわけにはいかない。
(光の巫女の眠る墓だ。もしかしたら創造主の言うアイテムがあるかもしれない)
創造主の言う、ゲームの進行に欠かせない重要なアイテム。おぼろげな前世の記憶では、そういった重要なモノは、物語のキーパーソンがいるような重要な場所に隠されていた……ような気がする。だからこの『光の巫女が眠る墓』なんてのは、重要なアイテムを隠す場所に打って付け……のハズだ。
(そうだ、だからエリーの事が気になって眠れないから墓を掘りに行く、とか、そういうわけじゃねぇからなっ!)
と、誰に対しての言い訳なのか分からない言い訳をしながら、サクヤは巫女の眠る墓へと向かう。
光の巫女の眠る墓だ。隠されているのはエリーを覚醒させないためのアイテムか、はたまた魔王を絶命させるための聖剣か。
(まあ、使えりゃ何でもいいか。とにかく掘るぞ)
光の巫女の眠る墓に着き、スコップを構える。
しかし、その時だった。
「フッ、さすがだな」
「ッ!」
背後から聞こえて来た声に、サクヤは勢いよく振り返る。
いつからそこにいたのだろうか。そこにいたのは、二本の角を生やした人成らざぬ者、魔王ことリオンであった。
「お前……っ、何でここにッ?」
「何で? フッ、おかしな事を言うな。私がここに来るのを予想しての事だろうに」
「……?」
は? 予想?
「この墓はエリーにとっては大切な墓だろう? しかし、私にとっては忌々しい事この上ない墓だ。だから貴様はこう思ったハズだ。「魔王はエリーにバレぬよう、夜な夜なこの墓を破壊しに来る」とな。そして、そう勘付いた貴様はそれを阻止するべく、こうして私がここに現われるのを待っていたというわけだ。違うか?」
「……」
違います、けど?
「それにしても、エリーにも他の仲間にも伝えず、たった一人でこの私と対峙しようとは。さすがはエリーの選んだ男というわけか。その無謀な根性だけは誉めてやろう」
「……」
どうやらリオンは、自分が光の巫女の墓を破壊しに来ると予測したサクヤが、それを阻止するべく、こうして待ち構えていたのだと勘違いしたらしい。そうか、それは好都合。ならばこちらとて、本当の目的を知られるわけにはいかない。
その目的を隠すべく、サクヤはそっと、手にしていたスコップを背後に隠した。
「しかし貴様が邪魔をしに来たからといって、私とて大人しく引き下がるわけにはいかない。いくら愛しいエリーとはいえ、その力に目覚められるのは厄介だからな。その引き金となりそうな巫女の墓など、今この場で破壊してくれるわ」
「は?」
と、サクヤはリオンのその言葉に眉を顰める。
リオンはエリーの力を厄介だと言った。しかしエリーが覚醒するのは、世界を滅ぼす事が出来る闇の力だ。それを利用し、リオンはエリーとともに世界を滅ぼすのだ。
それなのに何故、リオンはエリーの力を厄介だと言うのだろう。もしかして魔王であるリオンでさえも、エリーが覚醒するのは闇の力である事を、現段階では知らないのだろうか。
「エリーが覚醒してくれた方が、お前にとっては好都合なんじゃねぇのか?」
「は? 何を言っている?」
そう尋ねれば、リオンは心の底から不審そうに表情を歪める。
その反応から、リオンが知らないふりをしているとは考えにくい。やはりエリーが持っているのは光の力ではなくて闇の力であるという事は、魔王でさえもまだ知らない事実なのだろうか。
「何故、私を唯一殺す事の出来る力の覚醒が、私にとって好都合となるのだ? 全く持って意味が分からないな」
「……」
なるほど、やはりエリーが闇の力を秘めている事は、リオンもまだ知らない事らしい。という事は、リオンはエリーの力欲しさに彼女を口説いていたわけではなくて、ただ純粋な好意だけで彼女を口説いていたのか。
どうやらリオンがエリーに一目惚れしたというのは、本当の事のようだ。
「貴様の話はよく分からん。だが、貴様が一人でここにいる事に関しては好都合だ。貴様とは一度、話をしなければならないと思っていたからな」
「は? 話?」
そう切り出したリオンに、今度はサクヤが不審そうに表情を歪める。
敵である魔王が自分としたい話なんて、一体何なのだろうか。
「何だよ、今更話し合いで解決しようってのかよ?」
「そうだな、貴様が私に忠誠を誓うのであれば、それでも良い」
「ふざけんな、誰が魔王の傘下になんか下るかよ。てめぇこそ世界征服なんて諦めて、とっとと宇宙に帰れ」
「生憎だが、それは出来ない。私の故郷はもう住める状態ではないからな。私は魔界の王として、新しく住める場所を手に入れなければならないのだよ」
(ああ、そうだったな……)
ふと、サクヤの脳裏に前世での情報が甦る。
宇宙から突然現れ、世界征服を目論むリオンであるが、彼とて悪戯に破壊活動をしているわけではない。彼には彼なりの理由があって、この星を侵略しようとしているのだ。
異常気象や気候変動、更には核戦争などによって、魔王のいた星……魔界は、もう生物が住める状態ではなくなってしまった。そしてその状況下において、魔界の王であるリオンは、生き残っている同族を救うべく、移住出来る場所を求めて宇宙へと飛び出したのだ。
そして不運にも彼の目に留まってしまったのが、サクヤ達が暮らすこの星だったのである。
(百年前に現われた魔王は、殺戮によって快楽を得るキチガイ野郎だった。でも、リオンは違う。コイツは魔界にいるヤツらを助けるために、その王として、この星を乗っ取ろうとしているんだ。もちろん、だからってコイツのやろうとしている事は許せないし、大人しく侵略されてやる気もないけれど……。でも、コイツにはコイツなりの理由があって、根っからの悪人ってわけじゃない。だからこそオレはコイツの事も……)
しかし、そこでプツリと記憶が途切れる。
オレはコイツの事も、何だっただろうか。
「ふん、突然黙り込んでどうした? まさか私に惚れたわけではあるまいな?」
「バ……っ、惚れるか、バカ! 誰が惚れるか!」
ふと、そこでリオンの茶化すような声が聞こえ、サクヤはハッと我に返る。一体何をどうしたらそんな勘違いが生まれるのだろう。全く持って意味が分からない。
「しかし、私には既に心に決めた人がいる。だから残念ながら貴様の好意は受け取れない。悪いな」
「だから違うっつってんだろうが! ふざけんな!」
「そう、私が貴様としたい話とは、そのエリーの事だ」
「……は?」
どの辺りが「そう」なのか「その」なのかも分からないが。
とにかくそう切り出したリオンに訝しげな視線を向ければ、リオンはフンと鼻を鳴らしてから、サクヤへと真剣な眼差しを向けた。
「貴様、エリーの事をどう思っている?」
「は? エリーの事、だと……?」
「ああ。抱きたいか、抱きたくないか、だ」
「いや、おかしいだろ、言葉のチョイスがっ!」
つまり、エリーの事が好きか嫌いかを聞きたいらしい。真剣な顔をして何を言い出すかと思えば恋バナかよ。魔王のクセにくだらねぇな。
「いや、どういう心境の変化かと気になってな」
「は?」
魔王曰く、どうやらただの恋バナがしたいわけではないらしい。ならば一体何だとサクヤが眉を顰めれば、リオンはもう一度フンと鼻を鳴らしてから言葉を続けた。
「エリーが貴様の言動に心を痛めていた事は知っていた。だから私は、このままエリーが貴様の傍にいれば、その内に心が壊れ、私のところに戻って来るだろうと高を括っていたのだ」
「……」
「しかし、貴様の最近の様子はどうにもおかしい。あれ程エリーに辛く当たっていたというのに、バルトでの一件を境に、彼女への態度が緩和されている。私が見る限り、貴様はエリーを仲間から追い出したい程に憎んでいたハズだ。それなのに突然の貴様の変わりよう、これは一体どういう心境の変化だ?」
「……お前、どこまでよく見てんだよ。その内ストーカーで訴えるぞ」
どうやら魔王がしたかった話とは、最近急激に変わった、エリーに対するサクヤの態度の事だったらしい。
しかし、そう聞かれても正直返答に困る。いくら魔王が相手とはいえ、「創造主の言った通りに動いてみた」とか、「前世を思い出したんだ」とか、「この世界、オレの前世ではゲームとして存在していたんだぜ」とか言ったところで信じてくれるわけがないし、それどころか「貴様、ふざけているのか」と下手に彼の怒りを買ってしまう可能性だってある。
正直に答えられない以上、やはりここは適当に流すしかないか。
「お前には関係ねぇだろ」
「そう言うな。私と貴様との仲ではないか」
「お前とそんなに親しい仲になった覚えはねぇよ」
「そうか、それは残念だ。貴様とは一度、腹を割って話してみたかったのだがな」
「……?」
フッと、一瞬だけリオンが寂しそうな笑みを見せたのは気のせいだろうか。
しかし訝しげなサクヤに改めて向き直ると、リオンは次の瞬間、冷酷な眼差しを彼へと向けていた。
「貴様がそう言うのであれば、私とてこれ以上話す事は何もない。無駄なおしゃべりはここまでにして、本来の目的を果たさせてもらおうか」
「本来の目的……?」
「ああ、今宵の私の目的は、その忌々しい墓の破壊だ。だから大人しくそこを退けば、今回だけは見逃してやるぞ、サクヤ?」
「墓の破壊って……はあ? 何だよ、それ! ふざけんな!」
そこを退くようにと命じるリオンに、サクヤはカッと目を見開く。
この墓を破壊するだって? 冗談じゃない! そんな事をされてしまったら、万が一墓に重要なアイテムが埋まっていた場合、それも一緒に破壊されてしまうじゃないか!
それは困る。何があってもこの墓だけは死守しなくては!
「この墓はオレにとって大事な墓だ! テメェに壊されて堪るかよ。絶対に守ってやる!」
「ほう、エリーのために体を張るか。いいだろう。ならば希望通り、墓もろとも貴様も破壊してやろう!」
そう言うや否や、リオンはその手に闇の魔力を溜め、それをサクヤに向かって撃ち放とうとする。
しかし、それに対してサクヤが迎撃態勢を取ろうとした時だった。
どこからか、聞き覚えのない女性の声が聞こえて来たのは。
「よくぞ言ってくれましたね、サクヤ」
「え?」
「何ッ?」
瞬間、どこからか現れた光の弾が、リオンの体を貫く。
完全なる不意討ちに避ける事が出来ず、その攻撃をまともに食らってしまったリオンは、悲鳴を上げながらその場に蹲った。
「やはり私の力では、現代の魔王を倒す事は出来ないようですね」
「え、何だ?」
「ぐう……っ、バカ、な……っ!」
何が起きたか分からず、ポカンとするサクヤはさておき。リオンは胸を押さえながら苦しそうに顔を上げると、憎々しそうに彼女を睨み付けた。
「貴様、何故ここに……ッ?」
自分を通り越し、その後ろを睨み付けるリオンに倣って、サクヤもまた自身の背後を振り返る。
「っ!」
そしてそれを見て、サクヤは驚愕に目を見開いた。
サクヤが振り返った先。そこにあったのは光の巫女が眠る小さな墓と、その傍に立つ、桃色の長い髪を靡かせた美しい女性の姿であった。