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エピソード13 それは演技か本音か

 エリーに腕を引かれながら、サクヤはふと考える。
 エリーはサクヤが財布を落としたと勘違いしているが、実際はそうじゃない。サクヤは創造主の言う、便利なアイテムを探しに来ただけなのだから。
 では、その事実がエリーにバレた時、彼女はどうするだろう。「何でそういう事は、もっと早く言わないの!」とか、「おかげでリオンとキスも出来なかったじゃない!」と自分の早とちりは棚に上げ、金切り声で怒鳴り散らした後、最悪殺されてしまうかもしれない。
「おい、エリー。オレは、本当に財布を落としたわけじゃねぇんだかんな」
 怒鳴られるのも面倒臭いし、殺されるのはもっと嫌だ。だからもう一度だけ念を押しておこう。
 そう考えたサクヤは、自分が探していた貴重品が財布ではない事を、もう一度だけエリーに説明する。
 するとエリーはその場に足をとめ、そっとサクヤの腕を離した。
「エリー?」
「……」
 どうせまた、「怒らないから嘘吐かなくていいよ」と流されるかと思いきや、予想とは違う反応にサクヤは訝しげに首を傾げる。
 するとそんな彼に背を向けたまま、エリーはポツリと言葉を落とした。
「じゃあ、何してたの?」
「あ?」
「財布落としたなんて嘘を吐いてまで、一体何をしていたの?」
「は、え……?」
 別に嘘を吐いたつもりはないと反論しようとしたサクヤであったが、その直前で彼は言葉を詰まらせる。
 ようやくこちらを振り返ったエリーのオッドアイ。その双眼が今にも泣き出しそうな程、真剣にサクヤを見つめていたからである。
「何でサクヤは、あそこにいたの?」
「え? あ、それは……」
 じっとこちらを見つめているエリーの瞳は、とある答えを求めているようにも見える。
 しかし、その求めている答えが何かなんてサクヤには分からないし、下手に彼女のご機嫌を取るつもりも、損ねるつもりもない。
 もしかしたらここで彼女の望む答えを出し、彼女の機嫌を取れば世界を救えるのかもしれないが、その答えが分からない以上、本当の事を話すのが一番無難な回答だろう。
「オレが探していたのは、財布じゃなくって貴重品だ」
「財布じゃない貴重品って事? それって何?」
「魔王を倒すのに使えそうな便利な道具の事だ。魔王を絶命させる事の出来る聖剣とか、エリーの力を強制的に覚醒させる事の出来る聖石とか、一度死んでも復活出来る聖水とか、そんな感じのヤツ」
「え、そんな便利なモノがあるの?」
「さあ。でも創造主があるって言ってんだから、それ系統のヤツがどこかにあるハズなんだよ」
「創造主って何?」
「知らね。オレもアイツが何者なのかはよく分かんねぇからな。でも、そういう聖なる的なモノがあるとしたら教会なんじゃないかって、ヒナタに教えてもらったんだ。だからオレは、教会に貴重品を探しに行っていたんだよ」
「……それだけ?」
「ああ。そしたらそこに、お前と魔王がいたんだ」
「そっか……」
「エリー?」
「……」
 そっと視線を落とし、俯いてしまったエリーが落胆しているように見えたのは気のせいだろうか。
 まさかその落胆によって闇の力を発動させ、ここで殺されたりしないよなあ、と内心怯えながらももう一度名前を呼べば、エリーは俯いたままポツリと口を開いた。
「じゃあ、私がリオンとあそこにいるって分かって来たわけじゃないんだ」
「えっ」
 その一言に、サクヤの心臓がドキリと跳ねる。
 知っていたかどうかと聞かれたら、それはもちろん知っていた。でも知っていたのは十回目までのサクヤであって、十一回目のサクヤは本来であれば知らないハズだし、何より今回は二人の密会を問い質すのが目的ではない。ならば、知らなかったと答えても差し支えないだろう。
「し、知らなかった、デス」
「そっか」
 うっかり敬語になってしまったり、若干カタコトになってしまったが、幸いにもそれらはエリーの気にはならなかったらしい。彼女はそっと顔を上げると、「ごめんね」と苦笑を浮かべた。
「じゃあ、私がサクヤの探し物の邪魔をしていたんだ。悪かったわ」
「いや、いいよ、別に。また探しに行けばいいだけだしな」
 とりあえず最悪の事態にならなくて良かったと、サクヤはホッと胸を撫で下ろす。
 どうせ今回もダメだろうが、今回は創造主の言うアイテムを探して来なければならないのだ。それを見付けずに死んでしまったら、また彼女に何を言われるか分からない。それを避けるためにも、その手掛かりを見付けるまではなるべく死なないようにしなければ。
「でも、私の力を強制的に覚醒させる事の出来る聖石かあ……。それ、本当にあればいいのにな」
「……」
 そしたらすぐに魔王を倒しに行けるのに、と苦笑を浮かべるエリーを、サクヤは無言のままじっと見つめる。
 エリーが覚醒させるのは闇の力だ。そしてその力で自分達を殺し、世界を滅ぼす事になる。
 だから今の彼女の言葉は嘘で、魔王を倒す気はサラサラにないのは明白だが、今回の目的は彼女を排除する事ではない。
 だからここは下手に刺激せず、大人しく騙されておこうと思う。
「そうだな。本当にあるといいな」
「ねえ、サクヤはさ、どうしたら覚醒すると思う?」
「え?」
 その問いに、サクヤは思わず眉を顰めてしまう。
 どうもこうも、そんなのお前が一番知ってんだろ。ほとんどの世界で闇の力を覚醒させて、オレ達を殺してんだからよ……と思ったが、今回の目的は(以下略)。
「お前、光の巫女の末裔なんだろ? 覚醒の仕方なんて、オレより詳しいんじゃねぇのか?」
「それは、そう、なんだけど……」
 サクヤの指摘に、エリーは言葉を詰まらせる。その原因は、既に闇の力が覚醒しているからなのか、はたまた自分の中に眠る力が、光ではなくて闇である事を知っているからなのか。
(そういえばコイツの闇の力って、いつ覚醒したんだ?)
 ふと、サクヤはそれを疑問に思う。
 ほぼ毎回エリーの闇の力によって殺されてしまうサクヤだが、彼女の力がいつ覚醒しているのかは、サクヤにはまだ分からない。魔王城に突入する直前に覚醒するのか、サクヤが巻き戻った直後に覚醒するのか、はたまた最初から覚醒しているのか……。
(いや、ちょっと待て。そういや、オレが死んで巻き戻るのは、いつも同じ時間の同じ場所だ。違う場所や違う時間に巻き戻った事は一度もない。となると、巻き戻った直後のエリーはまだ覚醒はしていなくて、これから覚醒するって事か?)
 サクヤはエリーの覚醒した闇の力によって殺される事が多い。そして創造主の話では、サクヤの死後、エリーはその力を使って、魔王と世界を滅ぼしてしまうらしいのだ。
 ならばエリーが覚醒しなければ、世界は滅ぼされないのではないだろうか。そしていつも同じ時間、同じ場所に巻き戻る事に意味があるのなら、巻き戻った直後のエリーはまだ覚醒しておらず、それを防ぐ術もあるという事ではないのだろうか。
(じゃあ、創造主の言うアイテムって、エリーの覚醒を防ぐ道具って事か?)
 その便利な道具をエリーが覚醒する前に見付け、彼女の覚醒を阻止する。そうすれば魔王はエリーの闇の力を手に入れる事が出来ず、世界を滅ぼす事が出来ないし、エリーは覚醒した力がないから、自分達を殺す事が出来ない。つまりはそういう事なのではないだろうか。
(オレは今までエリーの正体を暴き、裏切り者である彼女を排除しようとして来た。でもそれは間違いで、エリーは排除するのではなく、力の覚醒を阻止する。それが正しい世界救済の方法なんじゃねぇのか?)
 そしてそのためにはアイテムが必要になる。だからそのアイテムを探して来い。
 それが、創造主の言いたかったヒントなのではないだろうか。
「あのね、サクヤ」
「うん?」
 では、そのアイテムは一体どこに……と考えていたその時、サクヤはエリーに名を呼ばれ、ハッと我に返る。
 それによって視線を向ければ、言いにくそうに視線を落としているエリーの姿があった。
「こんな事、あんまり言いたくないんだけど……」
「何だよ?」
「私、ちゃんと光の力が覚醒するのかなあ……?」
「あ?」
 視線を落としたまま口にしたエリーの不安に、サクヤは眉を顰める。
 結論から言えば、エリーは光の力など覚醒しない。覚醒するのは闇の力だ。それを今のエリーは知らないのだろうか。見た感じ、それを問うエリーは僅かに震えているようにも見えるが、もしかしたらこれはサクヤを油断させるための演技かもしれない。
 もう少し、様子を見てみよう。
「何だよ、覚醒させる自信がねぇのかよ?」
「そ、そうじゃない。そうじゃなくて、その……光じゃない、何か別の力が私の中にある気がして、その……」
「あ?」
 別の力? それはどう考えても闇の力だろう。でも、それをエリーが自ら打ち明けるのは今回が初めてだ。
 これは罠か否か……一体、どちらだろうか。
「何だよ、別の力って?」
「分からない、分からないけど……。でもずっと、私の中にあるの。サクヤ達と旅をしている間も消える事はなくって、それが最近、リオンに会う度にどんどん膨れ上がっている……」
「……」
「あのね、サクヤっ!」
 そこでようやくエリーは顔を上げる。
 そして恐怖に怯える目を、サクヤへと向けた。
「私、リオンの事、悪人だと思えないの!」
「……」
 そりゃそうだろう。だってお前ら恋仲じゃねぇか。
 と、サクヤは思う。
 二人は互いに愛し合っているからこそ、コソコソと逢瀬を繰り返し、最終的にはその愛を見せ付けながらサクヤを殺すのだ。だからエリーがリオンを悪人だと思っていない事はずっと前から知っている。わざわざ告白されなくとも、既に分かり切っている事なのだ。
 それなのに、それを今ここで打ち明けるとは。一体どういうつもりなのだろうか。
「ごめんなさい、サクヤ、実は私、みんなに隠れて何度もリオンと会っていたの。今日が初めてじゃないんだ。そしてリオンに会う度に、光じゃない別の力が膨れ上がっている、今にも爆発しそうなの!」
「……」
「どうしよう、この力が爆発してしまったら、きっともう元には戻れない。怖いよ、爆発しそうな力もそうだけど、リオンの事、悪人だと思えなくなっている自分も怖い」
「……」
 ギュッと胸の前で組んだ拳を握り締め、震えながら再度視線を落とすエリーをサクヤはじっと見つめる。
 ここは何と返すのが正解なのだろうか。何と返せば、エリーの覚醒を阻止する事が出来るのだろうか。
「会わなきゃいいんじゃねぇか?」
「え?」
 サクヤの答えに、エリーはそっと顔を上げる。
 何が正解なのかは分からない。だったら無難な答えを告げるしかない。
「魔王と会うから、その別の力ってヤツが膨らむんだろ? だったら会わなきゃいい。そうすりゃ、その力が膨らむ事もねぇだろ?」
「それは、そうかもしれないけど……っ」
 その答えに、エリーは寂しそうに視線を泳がせる。
「……」
 そうしてから、エリーはもう一度その赤と青のオッドアイをサクヤへと向けた。
「ねぇ、サクヤは、私がリオンと何を話していたかは聞かないの?」
「は?」
 何かを伝えたそうに揺らぐ彼女の瞳を見つめ返しながら、サクヤは訝しげに眉を顰める。
 何を話していたかも何も、その内容なんて二人で愛を囁き合っていたか、もしくは自分達を罠に陥れる作戦を練っていたかのどちらかだろう。前者なら聞きたくもないし、後者でもわざわざ説明してもらう必要も……、
『どうせ全部自分の都合の良いように解釈して、私を悪人だと決め付けて、納得して喜んでんでしょ!』
「……」
 前回で見たエリーの怒り。それを唐突に思い出す。
 これまでの『サクヤ・オッヅコール』は、エリーとリオンの密会を、愛を囁き合っているか、自分達を罠に陥れるための作戦を練っているかのどちらかだと決め付けていた。
 しかし仮にそれが、エリーの指摘するサクヤの都合の良い解釈なのだとしたら。本当は全く違う事を話していたのだとしたら。
 少しはこの無限とも思える死のループから、抜け出す事が出来るのだろうか。
「聞いてもいいのか?」
「え?」
「聞いちゃいけねぇのかと思って、敢えて聞かなかったんだが。でも聞いてもいいのなら聞く。魔王と何を話していたんだ?」
「……」
 もちろん嘘だが、ここで機嫌を損ねて突然殺されてしまっても困る。だからサクヤは、聞きたかったけど聞きにくかったという事を強調しながら、その会話内容を尋ねてみる。
 するとエリーは、少しだけ言い淀んでから、意を決したようにして口を開いた。
「サクヤ、実は……」
 しかし、エリーがそれを口にする直前だった。
「サクヤ、エリー!」
 向こうから走って来たカグラが、二人の名を叫ぶ事によってその話を遮ったのは。
「こんなところにいたのか? ヒナタの話では、サクヤは教会にいるって聞いていたんだけど……?」
「さっきまでな。これから村長のところに行こうと思っていたところだ」
「村長のところに? なら丁度良かった。僕も二人を村長のところに呼びに来たんだ」
「え、オレ達を? 何で?」
 その用件に、サクヤは不思議そうに首を傾げる。これまでの世界で、サクヤは村長のところに呼ばれた事など一度もないからだ。
 この村、バルトにて、サクヤはエリーとリオンの密会を目撃し、エリーに暴言を浴びせた後、瓦礫の撤去作業に戻る。そして村の解放の礼と祝いを兼ねた宴を開いてもらった後、早朝に村人達に見送られながらこの村を発つのだ。
 エリーを殺したせいで村人達に処刑されてしまうルート以外は、全部その流れだったハズ。村長のところに呼ばれた事など、一度もない。
(それなのに何で村長のところに呼ばれる事になった? 展開はどうなってやがる?)
 これまで全く動きのなかった村長の行動に、サクヤはどういう事だと眉を顰める。
 するとそんな不思議がっているサクヤに対して、カグラはニコニコと嬉しそうな笑みを向けた。
「ヒナタから聞いたぞ、サクヤ。お前は価値のある遺品を売ろうと思っていたわけじゃなくって、魔王討伐に役立ちそうなアイテムを探していたんだってな」
「いや、待て。お前はオレを一体どんな目で見ていたんだ?」
 心外である。
「それで、ヒナタが村長に聞いてくれたんだよ、聖なる的なアイテムを聞いた事はありませんか、って。そしたら村長、それに心当たりがあるらしいんだ!」
「な……っ、え、マジでか!」
 その報告に、サクヤは驚いたように目を大きく見開く。
 そしてその期待に目を輝かせながらカグラに詰め寄れば、カグラもまた嬉しそうに微笑みながら、首を大きく縦に振った。
「ああ、僕もまだ詳しい話は聞いていないんだけどな。とにかく、村長の家に行こう。そこで村長とヒナタが待っている」
「あ、ああ、分かった!」
 やった、これで以降の世界では、魔王を倒す事が出来るかもしれない!
 逸る気持ちを抑えながら、サクヤはカグラの後に付いて村長の家へと向かう。
 だからこそ、サクヤは気付けなかったのだ。
 嬉しそうに駆けて行くサクヤの背中を、エリーが悲しげに見つめていた事に。

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