エピソード14 記憶の鍵
家、とは言っても半分くらいは崩れた家。そして他の家よりも少しだけ大きな家。その中に入ると、そこには村長とヒナタの姿があった。
「ただいま、ヒナタ。サクヤ達呼んで来たよ」
「お疲れ様です、カグラさん。サクヤさんとエリーさんも。とにかくみなさん早くその辺に座って下さい。早速話を始めましょう」
村長の家にも関わらず、ヒナタが取り仕切っている事に若干の違和感を覚えながらも、サクヤ達はその辺に腰を下ろす。
そうしてから、サクヤはヒナタの隣に座る高齢男性をじっと見つめた。
(この爺さんが、バルトの村長か……)
これまでの世界で、サクヤはエリーを排除する事だけを考えて行動していた。だから彼は、仲間達や魔王以外の人物の事など気にも留めていなかったのだ。
だからこうして、彼を『村長』と認識するのはこれが初めてだろう。髪の毛は薄く、長くて白い髭を生やした小柄な老人。そうか、この人がバルトの村長か。
「サクヤ殿、まずは我らの村、バルトを魔王軍から解放してくれた事、改めて礼を申し上げる。本当にありがとう」
「いえ、自分達は礼を言ってもらえるような立場ではありません。この村の人達全員の命を助けられたわけではないのですから」
それよりも助けが遅くなってしまい、申し訳ございません。
そう言って頭を下げれば、頭を上げるようにと村長に促された。
「確かに多くの者が魔王軍に殺されました。けれども、それ以上の者が助かったのもまた事実なのです。だから村長として礼を言わせてもらいたい。ありがとう、感謝しています」
「いえ……」
深々と頭を下げる村長に、サクヤは暗く表情を歪める。
確かに自分達は村を解放する事により、多くの村人達を助けた。しかしその助けた村人達も、最終的にはみんなエリーと魔王によって殺されてしまうのだ。だから村長に礼を言われる資格など、どちらにせよサクヤにはない。
しかし、それを今伝えたところでどうにもならないだろう。だからここは、素直に礼の言葉を受け取っておこうと思う。
「ところでサクヤ殿、ヒナタ殿から話はお聞きしました。魔王討伐のためのアイテムを探しているらしいですね?」
「あ、はい、そうです! 村長さんに心当たりがあると聞いたのですが……一体どこにあるんですか!」
「どこも何も……」
そもそものここに来た目的。魔王討伐のためのアイテムに村長が話を切り替えれば、サクヤが食い入り気味にその話に飛び付く。
すると村長は、その視線をサクヤの隣に座っていたエリーへと移した。
「エリー様の故郷、リバースライトにあるのではないですか?」
「え?」
村長に指摘され、サクヤはその視線をエリーへと向ける。
気のせいだろうか。エリーのその表情が強張ったように見えたのは。
「エリー様は、百年前に魔王を倒した光の巫女様の末裔。そしてエリー様の故郷であるリバースライトは、その巫女様を祀る場所。ならば魔王を倒すためのアイテムがあるとするならば、巫女様の眠るリバースライトなのではありませんか?」
「確かに一理ありますね。ですが、エリーさんの故郷であるリバースライトは、既に存在しません。あそこは巫女様と、その末裔であるエリーさんに脅威を抱いた魔王が、エリーさんを連れ去った後に破壊してしまったのですから」
村長の意見に、ヒナタが異論を唱える。
ヒナタが指摘するように、エリーの故郷であるリバースライトは、魔王であるリオンが彼女を連れ去った後に破壊している。このバルトのように占拠したわけではない。言葉通りに破壊したのだ。民は皆殺しにされ、建物は焼き尽くされ、そこには最初から何もなかったかのように、歴史も何もかも、全てを葬り去ってしまったのである。
(そうだ、魔王は光の巫女の力を恐れて、彼女と関わりの深いリバースライトを破壊した。誰も助からなかったと聞く。だから今、そこに行ったところで意味はない。人どころか何もないだろうからな。いくら光の巫女が祀られている場所とはいえ、そんなところに魔王を倒せるアイテムがあるとは思えない)
もしあったとしても、自分達にとって便利なアイテムは、魔王にとっては都合の悪いアイテムだ。そんなモノ、わざわざ魔王が残しているわけがない。村を破壊した時に回収するなり破壊するなりしているだろう。
しかしそう考えるサクヤやヒナタにフルフルと首を横に振ると、村長は改めてエリーに真剣な眼差しを向けた。
「確かに今、リバースライトに行ったところで何もないかもしれません。しかしエリー様、あなたは光の巫女様の末裔として、代々受け継いでいるモノがあるのではありませんか?」
「え……?」
「っ!」
村長にそう指摘されれば、エリーの肩がビクリと跳ね上がる。
しかしそんな彼女の反応には構う事なく、村長は更に話を続けた。
「我々が若き頃、実しやかに流れていた話です。時代の流れとともに徐々に消えて行ったようですので、今の若い方はご存じないかもしれませんがね。しかしエリー様、それが本当かどうかは、あなたが一番ご存知なのではありませんか?」
「エリー?」
「今のお話、本当なんですか?」
「……」
光の巫女の子孫が代々受け継いでいるモノ。そしてそれをエリーが持っているかもしれない可能性。
初めて聞くその話に、サクヤは驚愕の眼差しをエリーへと向ける。カグラやヒナタもその話は初めて聞くのだろう。彼女達もまた、同じような眼差しをエリーへと向けている。
そしてその真意を問うべく彼女へと話を促せば、エリーは少しだけ躊躇った後に、首から下げた銀色の鍵を服の下から取り出した。
「エリー、これはっ?」
まさか本当に持っていたなんて! これこそが創造主の言う便利なアイテムなのではないだろうか!
エリーがそのアイテムを持っていたという驚きよりも、そのアイテムを見付けたという喜びが勝ったサクヤは、食い入るようにしてその鍵を見つめた。
「村長さんの言う通り、光の巫女の子孫は代々この鍵を受け継いでいる。私も十五になった時、お母さんからこれを受け継いだの。一番上の女の子が受け継ぐ物だって、来たるべき時に使いなさいって、そう言われて受け継いだの」
「な、何でそんな大事な物持っているって、今まで教えてくれなかったんだよ!」
「そうですよ! 何で今まで黙っていたんですか!」
「そ、それは……っ!」
「止めろよ、二人とも!」
どうしてそんな大事な事を黙っていたんだ、仲間だろ、早く教えてくれれば良かったじゃないか、と咎めようとするカグラとヒナタを、サクヤが制する。
そりゃそうだ。だってサクヤにとっては、このアイテムが出て来た事の方が重要なのだから。裏切り者であるエリーがそんな重要な事教えてくれるわけないだろ、といった事実など今はどうでもいい。よくぞそのアイテムを出してくれた。ありがとう、エリー。早くそれをオレにくれ。
「エリーはエリーで事情があったんだろ。今、出してくれただけでもいいじゃねぇか」
「う、確かに……」
「そうですね……」
しかしそんなサクヤの本心など知らない二人は、上辺だけの意見に納得させられると、申し訳なさそうにエリーに頭を下げた。
「ごめん、エリー。エリーにだって事情があったのに……。勝手な事を言って悪かった」
「私も浅はかでした。すみません」
「い、いいよ、二人とも! 気にしないで!」
謝ってもらう必要はないと、エリーは慌てて首を横に振る。
するとパッと顔を上げたカグラが、「ところで」と首を傾げた。
「エリーはこれ、使ってみたの?」
「え?」
「あ、そうですね。これを使えば、力が覚醒したりするんじゃないですか?」
「あ、えーっと……」
何せ、光の巫女の子孫が代々受け継いでいる物だ。それなりの力があるに違いない。
しかしそう期待を込めて詰め寄って来るカグラとヒナタに、エリーは困ったように眉を顰めた。
「それが、使い方がよく分からないの。先祖代々受け継いでいるってだけで、私も受け継いだだけだから」
「じゃあ、エリーにも使えないのか?」
「使おうとしてみた事は?」
「あるよ。ある、とは思うんだけど……」
「思うって?」
「えっと……」
カグラとヒナタの質問にあやふやな答えを残したまま、エリーは言葉を詰まらせる。
そして少しばかり言い淀んだ後、エリーは再び言葉を続けた。
「その時の事、覚えてないの。たぶん使ったとは思うんだけど、気が付いたら部屋で倒れていて……。この鍵を使おうとしたところまでは覚えているんだけど、そこから倒れるまでの記憶が私にはない」
「記憶がないって……?」
「じゃあ、どう使ったのかも覚えていないという事ですか?」
「ええ、全く」
「何だろう。危険なアイテムなのかな?」
「このアイテム、何というアイテムなんですか?」
「記憶の鍵だって」
「記憶の鍵だってッッ?」
「っ?」
その名称に思わず声を上げると、サクヤは勢いよく立ち上がる。
そんな突然の彼の行動に驚いたのだろう。エリー達はビクリと肩を震わせると、驚愕の眼差しをサクヤへと向けた。
「うわっ、びっくりした」
「な、何なんですか、突然っ?」
「急に大きな声出さないでよ」
「わ、悪い……」
「もしかしてサクヤ殿は、その道具を知っておられるのですか?」
「あ、いえ、そういうわけではないですけど……」
先程の大声で腰を抜かしていた村長にそう尋ねられれば、サクヤは首を横に振りながら静かに腰を下ろす。
しかしサクヤは確信していた。
エリーが持っていた記憶の鍵。これは自分のためにある物なのだと。
(そうだ、オレには一回目の記憶がない。創造主を怒らせて、その記憶を封じられたからだ)
でも、この鍵の名称は『記憶の鍵』。ならばこの鍵を使えば、封じられていた記憶を呼び覚ます事が出来るのでないのだろうか。
(あの時創造主は、難易度を上げてやるとか言っていた。その難易度と一回目の記憶に関係があるのなら、一回目の記憶を思い出せば、世界を救う道が見付かるかもしれない)
創造主の言っていたアイテム。それはこの記憶の鍵とやらで間違いない。
そう確信を得ると、サクヤは期待の眼差しをエリーへと向けた。
「なあ、エリー。その鍵、ちょっと貸してくんねぇか?」
「え、ええ?」
「貸してって……何に使うつもりなんだよ、サクヤ?」
「変な事に使うつもりじゃないですよね?」
「ちげぇよ。オレにもちょっと思い出したい記憶があるんだよ。だからそれを思い出すのに使えねぇかと思ってさ」
「何だよ、思い出したい記憶って?」
「村長さんじゃあるまいし……あなたまだお若いでしょう? それくらい自力で思い出して下さいよ。」
「っ?」
ヒナタの一言にショックを受けている村長はさておき。
エリーは不安そうに視線を下へと落とした。
「で、でもこれ、使い方もよく分かってないし、例え使えたとしても、サクヤが倒れちゃうかもしれないし……」
「いいよ、倒れるくらい。死ぬよりマシだろ」
「それはそうだろうけど……」
いいから貸してくれ、と手を差し出すも、エリーは眉を顰めてそれを躊躇う。
するとそれを見ていたカグラが、「いいじゃないか」と助け船を出してくれた。
「サクヤもこう言っているんだし、倒れたところで自業自得だよ。貸してあげてもいいんじゃないか?」
「そうですよ。それにどうせ使えませんって。触るだけ触らせてみてはどうでしょうか」
「う、うん……そう、だね……」
カグラやヒナタの言葉に棘がある気がするが、エリーを説得してくれたので、まあよしとしよう。
鍵を貸す事に躊躇いを見せていたエリーであったが、カグラやヒナタに説得されると、彼女はようやく首からチェーンを外し、その鍵をサクヤへと差し出した。
「はい、サクヤ。でも無理はしないでね」
「ああ、ありがとう」
不安そうなエリーから鍵を受け取り、まじまじと見つめる。
掌よりも小さな鉄製の鍵。一般家庭の玄関に使われていそうな、何の変哲もない、ごくごく普通の鍵だ。
(これ、本当に創造主の言っていた重要なアイテムか? どう見たって、普通の鍵じゃねぇか。ゲームの重要なアイテムってんなら、もっとこう黄金色に輝くとか、逆に錆び付いて古めかしいとか、そんなデザインにすればいいのに。これじゃあ、オレん家の鍵とそう変わんねぇよ)
雑な造りだなあ、とサクヤは呆れを含んだ溜め息を吐く。
(……ん?)
しかしそこで、サクヤはふと気付く。
ゲーム? オレん家?
え、オレは今、何を思った……?
周囲の喧騒に、朔矢はハッと我に返った。
自分達を取り囲む沢山の人々は青ざめ、怯えや焦りの悲鳴を上げている。
前方を見れば、何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くす幼い女の子を抱き締めている老夫婦の姿がある。彼らは目に絶望を浮かべながら、何か罵声のようなモノを朔矢へと浴びせていた。
(……?)
何を言っているのかと不思議に思いながらも、視線を下へと向ければ、そこにあったのは頭から血を流し、俯せに倒れている人。俯せのため顔はよく見えないが、体つきからしてたぶん女性だろう。
そして自分の手元を見れば……、
(え……?)
その手に握られていた物を見て、朔矢はゾッと震え上がる。
そこにあったのは、ゲーム中に何度も登場するサクヤの愛剣『エクスカリバー』。しかしそれは、血でベッタリと赤黒く塗られていた。
(な、何だよ、これ……っ!)
視界に次々と飛び込んで来る様々な光景に、剣を握る朔矢の手がカタカタと震えて来る。
だって、この光景は、どう見たって、自分が、この女性、を……っ、
(え……?)
そこでようやく、老夫婦の言葉が耳に届く。
彼らは朔矢に向かって確かにこう言っていた。
人殺し、と……。
「うわあああああああッ!」
「えっ?」
「サ、サクヤッ?」
突然、耳をつんざくような悲鳴を上げたサクヤに、エリー達は驚愕の目を向ける。
ついさっきまでは、記憶の鍵を見つめていただけだったのに。それなのに突然、どうしたのだろうか。
「ああああああああッ!」
「サクヤッ!」
「どうしたんですか!」
「落ち着いて! サクヤッ!」
狂ったように泣き叫ぶサクヤを宥めようとするが、それは上手くいかず、彼は頭を抱えながら悲鳴を上げるばかり。
自分達の声は届いていないのだろうか。カグラが力づくで取り押さえようとすれば、サクヤは思いっ切り腕を振り払う事によって、彼女の体を突き飛ばした。
「とにかくサクヤ殿を取り押さえなければ……っ!」
「くそっ、こうなったら、僕が殴ってサクヤを眠らせるっ!」
「いや、それはちょっと……」
「サクヤ! ねぇ、しっかりして! サクヤッ!」
村長が狼狽え、カグラが拳を握れば、ヒナタが引き攣った眼差しをカグラへと向ける。
そしてエリーが泣きそうな声で彼の名を叫んだ時だった。プツリと糸が切れたようにして、サクヤがその場に倒れたのは。
「サクヤ……? サクヤッ!」
ドサリとその場に倒れたサクヤを、エリーが慌てて抱き起す。
名前を呼んでも、揺すってみても、一向に目を覚ます様子のないサクヤ。
そんなサクヤを抱き起しているエリーが、彼にどんな目を向けていたのかなんて、気を失っているサクヤには残念ながら分からなかった。