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エピソード12 続、貴重品探し

 村にひっそりと建つ教会……というか崩れた教会。その意味を成さなくなった教会に、やっぱりエリーはいた。
 漆黒の長い髪をその背に流し、人成らざぬ者である証……二本の角を頭に生やした魔王も、いつも通り一緒である。
(さて、どうすっかなあ……)
 そこに身を隠しながら、サクヤは困ったように溜め息を吐く。
 いつもなら、エリーの悪事を暴こうと二人に声を掛けるのだが、今回の目的はそれではなく、創造主の言うアイテムとやらを探す事だ。二人が何をしていようが、今回の自分には全く関係がない。
 ならばいっその事、ここに隠れて、二人が立ち去るのを待っていようか。
(いや、でもここでヤり始められたら困る!)
 しかしすぐに最悪の展開を想像し、サクヤはヒッと息を飲み込んだ。
 これまではサクヤが途中で乱入したから、そういった行為に及ぶ事はなかったが、このまま二人に見付からずに隠れ続けたらどうなるかは分からない。
 二人は恋仲で、ここは人気のない崩れた教会なのだ。久しぶりに会えたからと、情交に及んでもおかしくはない。
(い、嫌、嫌すぎるだろ! さすがにそれは勘弁だわ! くそっ、アイツらマジでヤり始めたりしねぇよな! 昼間っからそんな話してるわけじゃねぇよな!)
 くそっ、詳しい話が知りてぇ!
 と、そう思った時、サクヤはふと思い出す。
 十回目の最期に、エリーが泣きながら訴えていた事を。
(話の内容は聞いていたのかって、アイツ言っていたな)
 エリーと魔王の密会。それは何回見たのか、最初に見たのはいつなのか、話の内容は聞いていたのかと、十回目の世界でエリーは泣きながらサクヤに尋ねた。
 何故、エリーが泣いていたのか、そして何故それを問うて来たのか、前回のサクヤには分からないまま終わってしまったが、今回のサクヤにはそれを知るチャンスがある。
 目の前で行われているエリーと魔王の密会。その話の内容を聞けば、彼女の涙の理由は分かるのだろうか。
(そう言われてみりゃ、アイツらが何の話をしているのか、ちゃんと聞いた事なんて一度もないんだよな)
 その雰囲気から、どうせ甘い会話でもしているのだろうと決め付けていたが、もしかして違うのだろうか。
(いや、でもちゃんと聞いてみて、ちゃんと甘い会話をしていたらどうするんだよ……?)
 好きだとか、愛しているとか。ヤらないかとか、人が来たらどうするのとか。
 しかもそんな話を聞いた上に見付かってしまったら、展開は最悪だ。ブチ切れたエリーにこの場で殺され、最速で『サクヤ・オッヅコール』の人生を終えた後、あの白い空間で創造主に冷たい視線を向けられる事は目に見えている。
 彼らに近付いて話を聞く事は、ある意味での危険を伴う行為のようだ。
(でも、いつまでも考えていたって仕方ねぇだろ。要するに見付からなきゃいいだけなんだから。近付いてみて想像通りの行為に及ぶようなら、全気配を消して最速で逃げりゃいいんだよ!)
 そう心に決めて、サクヤは二人に近付くべく、その一歩を静かに踏み出す。
 しかし、
 ――ガラン。
「っ!」
 その一歩を踏み出した瞬間、足元にあった瓦礫が音を立て、人が潜んでいる事をエリー達に知らせてしまった。
「誰だ!」
 その知らせを受けて、魔王であるリオンが鋭い声を上げる。
 そういえば忘れていたが、何回目かの世界でも、こうやって話を盗み聞こうとして失敗していたじゃないか。
(まあ、いいか。とりあえず最悪の事態は避けられたみてぇだし)
 しかし二人の情交を目撃し、エリーにブチ殺されるという最悪の事態は回避出来たのだ。それならばここは、逆に見付かって良かったと喜ぶべきだろう。
 発想の転換は大事だと思う事にすると、サクヤは大人しく二人の前に姿を見せた。
「サクヤっ?」
「そこで何をしていた?」
 まさか見られていたとは思っていなかったエリーが、驚愕に目を見開けば、リオンが鋭い視線を向けて来る。
 何回目かの世界で見つかった時は、「テメェらこそ、こんなところでコソコソと何してんだ?」と逆に聞き返して剣呑な雰囲気にしてしまったが、今回はそんな事をする必要はない。
 二人の会話内容が聞けなかったのは些か残念ではあるが、基本的には二人が何をしていようが、今回のサクヤには関係ないのだ。
 ここは適当にあしらって、さっさと逃げようと思う。
「貴重品を探していたんだ」
「……貴重品?」
「え、サクヤ、もしかして財布を落としたの?」
 斜め上の返答に、一瞬何を言われたのか分からなかったらしいリオンは、不思議そうに首を傾げ、貴重品とやらが財布だと勘違いしたエリーは、驚いた表情を見せた後に困ったように眉を顰めた。
「大半のお金の管理はヒナタがやっているハズだから、生活に困る事はしばらくないと思うけど……。でも、一体いくらくらい落としたの?」
「いや、財布を落としたわけじゃねぇよ。それより神父様知らねぇ? 神父様にも聞きてぇんだけど」
「えっ、神父様に聞かなきゃいけないくらいの大金を落としたの?」
「だから財布じゃねぇって」
「いいよ、怒らないから。本当の事話してよ」
(というか、何故私とエリーがひっそりと会っていた事よりも、コイツは自分が落とした財布の方が気になっているのだ?)
 普通、落とした財布なんかよりも、魔王と仲間が会っていた事の方が気になるモノではないのだろうか。
 そう思ったリオンであったが、それは敢えて口にはしない事にした。
「敵である私が言うのも何だが……。とりあえず村長に相談してみたらどうだ? 見付かれば届けてくれるだろうし、見付からなくとも、貴様は我が魔王軍からこの村を解放した恩人だ。それなりの金額は援助してくれるんじゃないのか?」
「いや、だから財布じゃなくって……」
「そうね、確かに村長に相談するのが一番かも。ありがとう、リオン。そうするわ」
 何で魔王がそんな助言をしてくれるんだ、と疑問に思う者はこの場には誰もいなくって。
 リオンに素直に礼を述べると、エリーはサクヤの腕をガシッと掴んだ。
「サクヤ、早速村長のところに行きましょう」
「見つかると良いな、財布」
「いや、だから財布を落としたんじゃなくって……」
「そういうのは、もういいから。ほら、早く行こう」
 どうやらサクヤの話を聞いてくれる者も、この場には誰もいないらしい。
 結局サクヤは、魔王に見送られるという新展開を拓いてから、エリーとともに村長の家に向かう事になったのである。

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