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エピソード3 変わらぬ反応

 翌日。魔王軍によって破壊された村の復興を、サクヤ達は少しだけ手伝っていた。
 というのも、魔王軍に占拠された町はここだけではないからだ。ここ以外にも占拠された町の人々を助けに行かなくてはならないし、それに何より、自分達には魔王城に乗り込み、魔王を倒すという使命がある。
 だから自分達が復興を手伝えるのは今日だけ。明日の朝にはこの村を発つつもりだ。
「なあ、サクヤ。お前、最近エリーに冷たくないか?」
 瓦礫を片付けていたその時、ふと背後から声を掛けられる。
 振り返れば、咎めるような眼差しを向けたカグラの姿があった。
「冷たいって、何がだよ?」
「だから、エリーに対してだよ。特に昨日なんて言い過ぎだ。光の力が覚醒しない事をエリーが悩んでいるって、お前だって知っているハズだろ? それなのに覚醒する気がないだの、魔王を倒す気がないだのって、あんまりじゃないか?」
「……」
 言い過ぎなんて事はない。だって事実なのだから。本当の事を言って何が悪いんだ?
「カグラ。エリーは魔王側の人間だぞ」
「は?」
「だから、エリーはもともと魔王側の人間なんだって。最初っからオレ達を騙し、陥れるつもりでオレ達に近付いたんだ」
「え、何言って……?」
「エリーが覚醒させようとしているのは、光の力じゃなくて闇の力だ。その力を使って、魔王とともにこの世界を滅ぼすつもりなんだよ」
「サクヤ……」
 サクヤが口にするのは、全て真実。これまで何度も巻き戻った世界で知った、彼女の正体。
 しかしそれを何度説明したところで、カグラは信じようとはしない。どうせ今回だって、彼がその事実を口にすればする程、彼女の表情は歪み、そして遂には頭を抱えてしまうのだろう。
 そしてサクヤの想像通り、カグラは困惑したように頭を抱えてしまった。
「魔王城が近付いてピリピリするのは分かるが、八つ当たりはよせ。らしくないぞ」
「別に八つ当たりで言っているわけじゃねぇよ。それに、今の内に手を打っておかねぇと、お前もエリーに殺されるぞ」
「……。ここの瓦礫の片付けは僕がする。向こうでヒナタが炊き出しの手伝いをしていたから、お前はそこで少し休んで来いよ」
「……。分かった。そうさせてもらうよ」
 やっぱり今回も信じてもらえなかったか。
 いつもと変わらないカグラの反応に溜め息を吐くと、サクヤはその場を彼女に任せ、炊き出しをしているヒナタのところへと向かう事にした。



 野菜がたっぷり入っている温かい豚汁。その最後の一杯を乱暴にサクヤに押し付けると、ヒナタはその不機嫌そうな目でギロリとサクヤを睨み付けた。
「で、何であんな事言ったんですか?」
「あ? 何がだよ?」
「何がって、昨日の事ですよ! 覚醒する気がないだの、魔王を倒す気がないだのと! エリーさんが、光の力が覚醒しなくて悩んでいる事、あなただって知っているハズでしょう? それなのにどうしてあんなに酷い事が言えるんですか!」
「……」
 カグラと似たような事を口にするヒナタに、サクヤは眉を顰める。自分は仲間やこの世界のためを思って言っているのに。それなのに何故自分が怒られなくちゃいけないのだろうか。
「ヒナタ。エリーは魔王側の人間だぞ」
「は? 頭でも打ったんですか?」
 治癒魔法で治して差し上げましょうか、と続けるヒナタに、サクヤは眉を顰めたまま、カグラに伝えた事と同じ台詞を口にした。
「エリーはもともと魔王側の人間なんだよ。最初っからオレ達を騙し、裏切るつもりでオレ達に近付いたんだ」
「起きながら寝言を言えるとは、随分と器用な方ですね」
「寝言じゃねぇし」
 カグラ同様、全く話を信じないばかりか、厭味までぶつけて来るヒナタに、サクヤはムッと眉を顰める。
 するとヒナタは呆れたように溜め息を吐いてから、これまた呆れたように口を開いた。
「エリーさんは光の巫女の末裔です。百年前、魔王を倒したという巫女の力を受け継いでいます。だからこそ、その力に脅威を覚えた魔王は、エリーさんの故郷を襲ってまで彼女を連れ去りました。そしてそんな彼女を助けたのは、他でもないあなたではありませんか」
「……」
 魔王が現れて世界を滅ぼそうとしたのは、実は今回が初めての事ではない。百年前にも似たような事があり、その時はエリーの先祖である光の巫女が、その力を以て魔王を倒し、事なきを得たのだ。
 そして今回、再び現れた魔王に対抗するべく、国は百年前の巫女の末裔を捜した。それが、今サクヤ達とともに行動をしているエリー・ディファインである。
 しかし国がエリーを保護する前に、彼女が百年前の巫女の末裔である事を知った魔王は、エリーの故郷に襲い掛かった。そして自分の脅威となり得るエリーを連れ攫った後、光の巫女との関係の深いその村を破壊し、そこに住んでいた村人達をも皆殺しにしてしまったのだ。
 しかし囚われても大人しくしているような性格ではないエリーは、魔王の隙を見て、閉じ込められていた魔王城から脱出した。そしてその途中、王都に向かっていたサクヤと偶然にも出会い、そこから行動をともにするようになったのである。
「だから、その出会い自体がエリーの罠だったって言ってんだよ」
「モンスターに襲われていたところを、進んで助けたそうじゃないですか。それなのに何を言っているんですか」
「それについては女の子が襲われているのに、素通りするヤツの方がどうかしていると思うけどな」
「まあ、それはそうですけど」
「それにあの時はオレだって、アイツが魔王の仲間だなんて知らなかったんだから仕方ねぇだろ。それと……」
 と、そこで一度言葉を切ってから。サクヤは更に話を続けた。
「エリーの中に眠っているのは光の力じゃない。闇の力だ。だからアイツは、もともとあっち側の人間なんだよ」
「今度は何を言い出すんですか?」
 頭が痛くなって来た、とヒナタは深い溜め息とともに頭を抱える。
 そうしてから、彼女は苛立ちながら「そんな事はない」と首を横に振った。
「エリーさんが光の巫女の末裔である事に間違いはありません。その証拠に、国はエリーさんに魔王討伐の依頼をしましたし、再び魔王に囚われぬよう彼女の身を守るべく、私達が同行する事になったんですから」
「……」
「魔王だってその力に脅威を覚えたからこそ、エリーさんを誘拐し、その上で彼女に関わった可能性のある、村の人達をも皆殺しにしたのでしょう? もしもあなたの言う通り、エリーさんに備わっているのが光の力ではなく闇の力であるのなら、国は彼女にそんな依頼などしませんし、魔王だって彼女を利用するべく連れ去りはしても、村の人達を皆殺しになどはしなかったハズです」
「アイツは魔王側の人間なんだぞ。嘘を吐いて、オレ達や国を欺く事くらい簡単だろ」
「それならば何故、わざわざ私達と行動をともにしているんですか? エリーさんが本当に魔王側の人間であれば、二人でさっさと世界を滅ぼせば良いじゃないですか。私達を騙してともに魔王討伐に向かうなど、まどろっこしい真似をする理由がありません」
「オレ達が騙されている姿を見て、楽しんでいるかもしれねぇだろうが。何せ、侵略者とその仲間だ。性格が歪んでいてもおかしくねぇよ」
「魔王の目的は、この世界を侵略する事です。いくら性格が歪んでいても、そんな茶番をしている暇があるのなら、さっさと世界を侵略すると思いますけどね」
「じゃあ、何でエリーは光の力が覚醒しないんだよ? それはアイツに光の力がないからなんじゃねぇのかよ」
「力の覚醒方法については、まだはっきりとは分かっていないんです。エリーさんのせいではありません」
「そんな事ねぇ。それはアイツに光の力がないからだ。もしくはアイツに、光の力を覚醒させる気がないからだな」
「ひっどい言い方をしますね。その力が覚醒するまで温かく見守ってあげるのが、仲間なんじゃないですか?」
「オレはアイツを仲間だなんて思ってねぇよ」
「最っ悪ですね」
「そう言うんなら、ちょっと付き合えよ。その証拠を見せてやるからさ」
「はっ、付き合い切れませんよ」
 バカバカしい、とその誘いを断ると、ヒナタはくるりと踵を返した。
「私は他にも仕事があるので失礼します。サクヤさんも、それを食べたらさっさと仕事に戻って下さい。どうせカグラさんに全部押し付けて来たんでしょう? さっさと戻って手伝ってあげて下さいね」
「別に押し付けてなんかいねぇよ」
 その声が聞こえているのかいないのか。言いたい事だけを言い終えると、ヒナタはさっさとその場から立ち去って行った。
(やっぱり誰も信じてくれねぇか)
 カグラもヒナタも、誰もサクヤの言う事など信じてくれない。それはいつもの事であるし、そんな二人が自分よりも先に殺されてしまうのも、またいつもの事だ。
 そしてこの先で起こる事も、きっといつもの事なのだろう。
(今度こそ、化けの皮剥がしてやる)
 ヒナタから受け取った豚汁を喉に流し込む。
 胃の中に落ちて行くそれは、既に冷たくなっていた。

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