第一話 プロトタイプ
大型軍用機が曇り夜空を縫う。
轟音と機体のランプ点滅が闇を照らす。
両翼の二つのプロペラがせわしなく回る。
まるで少しは休ませろという感じだ。
機体の窓に雨粒が伝う。
遠くで雷鳴が轟いた。
コックピットでパイロットと副パイロットが操縦桿を握りながら計器や航空機器を弄る。
「極秘夜間飛行だ。レーダーをよく見とけ。」
パイロットが両手で操縦桿を握りながら相棒に振り向く。
「分かってる。嵐が近づいてるな……」
副パイロットも両手で操縦桿を握りながら
航空機器のレーダーを一瞥してコックピットの向こうに広がる
黒雲に不吉の予感を見て呟いた。
「不味いな……このままだと嵐に突っ込む。
飛行ルートを変えた方がいいと思う。私は大佐に相談してくる。
すまないが後は頼む。」
パイロットも航空機器のレーダーを一瞥してヘッドセットを外して立ち上がり、
彼は副長の肩に手を置いて操縦室を出た。
副長が操縦桿を握りながら腕時計のスイッチを押した。
デジタル数字がカウントダウンされる。
副長が不敵に笑い、彼は腕時計を付けた腕を下ろして両手で操縦桿を握る。
彼の細い黒サングラスの奥で、紅い瞳が光る。
同時に、額に黒い十字架が浮かび上がる。
航空隊の努力を嘲笑うかのように遠くで雷鳴が轟いた。
両耳が立ち鋭い足爪を持った紅い眼と鋭い牙。
四本脚で肩と脹脛がアーマーに覆われ背中に大きな二本のキャノン、肩に小さな副砲。
尻に二つのブースター、長い尾も含め全身がアーマーに覆われ
尾の上下が尖っている金属の大型の獣が機内に鎮座していた。
肩と両脇腹に太いケーブルで大型装置に繋がれている。
その『機獣』の周りでプロジェクトリーダーが大型装置を操作して
大型装置の画面を見ながら手持ちの書類にペンで書き込み、
他の研究員達が椅子に座って机の端末にデータを打ち込んだり、
左右の壁の大型モニターを見て立ち話している。
軍服を着た中年男─『大佐』が大型モニターの前でパイロットと立ち話している。
大佐が彼の手持ちの端末を覗き込む。
「大佐、前方に大きな嵐です。私の予測ですが嵐の影響で電子機器故障により
墜落する可能性があります。今飛行ルート修正中です」
彼の端末画面に3D表示された黒い大きな嵐雲。
画面の黒い大きな嵐雲が渦を巻いて雷が光り、嵐雲を避けるように緑の線が伸びて
線上を大型軍用機が進む。
「……それは厄介だな、燃料は?」
大佐が顎に手をやってズボンに手を突っ込んで唸り、彼は軍帽を取った手で頭を掻いた。
「迂回しても、目的の試験場まではギリギリ持つかと。」
パイロットが端末を指でスライドさせて3D地図に切り替え、
二本指で地図を拡大縮小する。
「明日の軍事演習に間に合わせろ。これはどうあっても遅れるわけにはいかない。」
大佐がズボンに手を突っ込んだまま軍帽を被り直しパイロットの肩に手を置いた。
「頼んだぞ。」
「最善を尽くします!」
パイロットが大佐に敬礼して重い足取りで操縦室に向かう。
(明日の軍事演習で、我が帝国の軍事兵器を他国に見せつけねばならん。
嵐如きでプロトタイプを水泡に帰させてたまるか)
大佐がズボンに手を突っ込んだまま、不安そうに片手で頭を抱えて顔が曇って頭を振る。
彼はパイロットの背中を見送りながら
胸ポケットからライターと葉巻を取り出して葉巻に火を点ける。
「帝国の軍事兵器、プロトタイプがようやく完成した。
我々にとってはハンターと呼ぶべきか……。
実用化、量産化までこぎつけなければならん」
大佐が葉巻を吹かしながらライターを胸ポケットに入れて機獣の元に歩み、
片手をズボンのポケットに突っ込んで機獣の顔を見上げてぼやく。
(そろそろか……)
操縦室で副長が腕時計を見るとカウントがゼロになり、操縦室が開いてパイロットが戻った。
「飛行ルートは修正中か? デカい嵐に捕まりそうだな」
パイロットが操縦席に座りヘッドセットを付けて航空機器のレーダーを見る。
「時間が掛かる。長い夜になりそうだ。」
副長が操縦桿を握りながらパイロットに振り向き不敵に笑う。
機内の大型装置の裏に取り付けられた小さな装置が赤から緑に点灯した。
その大型装置を操作していたプロジェクトリーダー─『主任』が
画面に表示されたデータを見て驚愕し、
書類に書き込んでいたペンを床に落とした。
彼は屈んでペンを拾い、眼鏡を人差し指で上げて大型装置の画面を見上げる。
「嘘だろ……」
主任が呟く。
「どうしたのですか?」
男の側で大型装置を操作していた女性研究員が男に振り向く。
「大佐!申し訳ありません!」
「騒々しい。今私はコーヒータイムだ。見てわからないかね」
「馬鹿科学者がゲロしました!
チューニングと最終調整を怠った模様です!
プロトタイプの暴走の危険性があります!」
主任が慌てて大佐の元まで走り、大型装置を放置して報告している。
「どうなってるの? さっきまで数値は正常だったじゃない……」
女性研究員が大型装置を操作している。
「何を言っているんだね君。プロトタイプは軍需産業に革命を齎すんだぞ。
明日の軍事演習でウィリアム王に恥をかかせる気かね?
何機もあるなら破棄で済むが、今はまだ一機しかないのだ。
何とかしたまえ」
大佐が苛立って彼に振り向き、研究室に共に向かう。
「修正データを上書きしていますが反応ありません。
人工知能制御に欠陥があります。
出発前は問題なかったのですが、こんな事は初めてですよ!」
主任が大型装置の画面に、機獣の頭が赤く表示されているのを見て
眼鏡を人差し指で上げて唸る。
「どうなっているのだね?」
大佐が大型装置の画面を見つめ、葉巻を吹かして咥え直す。
「原因不明です」
女性研究員が大型装置を操作して画面を見ている。
『大佐! 大きな嵐に巻き込まれました! 回避できません!』
大佐のズボンのポケットからパイロットの雑音混じりの無線が入る。
「飛行ルートはどうなっている!
プロトタイプを運ぶのにどれだけ燃料と秘密裏の飛行が必要だと思ってるんだ!
一時着陸でもいい、無事な場所で副燃料に切り替えろ!」
大佐が葉巻を持つ手を変え、ズボンのポケットから無線機を取り出して怒鳴り咽せた。
『予想以上に嵐が大きくて飛行ルートの修正ができません!』
機体に大きな雷が落ち、振動で機体が大きく揺れて大佐と研究員達が体勢を崩した。
雷(いかづち)が機体から機内の大型装置へと太いケーブル伝う。
青白い電気が走り、機獣の身体が青白い電気に包まれ放電する。
放電の影響で大型装置から火花が散る。
落雷で椅子から落ちて尻餅をついた女性研究員が机の端末画面を見て、
驚愕で口を両手で押さえた。
「大佐! 落雷の影響でプロトタイプが半起動しました!
次の落雷で完全起動になります!」
彼女が慌てて立ち上がり机の端末を操作する。
「チィッ!馬鹿な!?急いでケーブルを抜くんだ!」
大佐が葉巻を床に叩きつけ靴で押し潰し、機獣に振り向いて軍帽を取った手で銃を抜いた。
研究員達が慌てて太いケーブルを抜こうとする。
また機体に大きな雷が落ち、機体が大きく揺れて太いケーブルを持った研究員達が体勢を崩す。
また、大型装置へとケーブル伝いに青白い電気が走り表面のゴム部分が裂け
ケーブルを持った研究員が感電して焼き焦げ、皮膚が焼ける臭いがする。
機獣の身体から戦闘能力の一つである青白い電磁パルスが発せられ、
大型装置を操作していた研究員達が吹き飛んだ。その影響で機体左翼のプロペラが一つ故障し炎と黒煙が上がり機体が揺れた。
『大佐!電子機器故障です!
機体制御不能!このままだと墜落します!』
大佐の無線機からパイロットの悲痛な声が聞こえる。
「そんなことは分かっている!最悪の事態として私がプロトタイプを鎮圧する。
貴様らは堕ちないように必死に棒を握っていろ!」
大佐は苛立って無線機を床に叩きつけ、銃口を機械の獣に向ける。
機獣の眼が紅く光る。
頭を振り、壁際に倒れている研究員に振り向いて吠えた。
「ひっ!」
研究員が初めて動く機獣を見て情けない声を上げ、
吠えて研究員に突進するも後右肩に繋がれたケーブルがピンと張られ盛大にこけた。
機獣が転けたまま足爪で床を掻いて暴れて悔しそうに唸る。
前肩の砲身が回転して研究員を連射撃ちし、床に弾痕と血痕を残す。
更に長い尾で大型装置を破壊した。
「逃げろ! 殺されるぞ!」
「バックアップコードも駄目だ!」
「強制シャットダウンよ!」
生き残った研究員達が机の端末を操作している。
「何て事だ。このままでは私はウィリアム王に合わせる顔がない……
これが国防の要になるはずだったのに…」
大佐が汗をかき、拳銃を落とした。
機体が傾き、大佐と研究員が床を滑る。
大佐だけはどうにか体幹を軸にして壊れかけの大型装置に掴まった。
機獣は吠えて尾で後右肩の太いケーブルを完全に切断し、
鋭い牙で前左肩のケーブルを噛みちぎった。
機獣が床を滑る研究員に振り向いて吠え跳躍し、硬質化した尾で研究員の胸を刺した。
機獣が尾を抜くと死亡した研究員が仰向けに床を滑る。
機獣が吠えてまた跳躍。
うろたえた大佐の背中に前右足爪が食い込み、背中が血で滲む。
「す、素晴らしい兵器だ。早くウィリアム王に実戦データを渡さねば……」
大佐が機内の監視カメラに目をやり額に脂汗をかく。
機獣が大佐の腕を噛みちぎる。
「いいぞおおおおおお!!!!素晴らしいパワーだ!」
大佐が苦痛と歓喜の入り混じった叫び声を上げる。
機獣が大佐の腕を咥え投げて跳躍し、壁に体当たりすると
傾いた機内の床を滑り機体全体が振動する。
獣が咆哮し背中の砲身が回転してキャノン砲が撃たる。
機内後部に二つの穴が空いた。
穴から雨風が侵入する。
機内後部に空いた漆黒の二つ穴に研究員や大型装置の部品が
まるでブラックホール相手のように吸い込まれる。
機獣が穴に吸い込まれまいと床に鋭い足爪を立て引っ掻く。
「退任前の任務も最早ここまでか……
手柄を立ててウィリアム王から褒賞を頂き、
家族や部下達にもっと楽をさせてやりたかったが…」
大佐は手を離し内ポケットから小さな自爆装置を取り出す。
機獣に突っ込み、見上げて血のついた口で不敵に笑いスイッチを押した。
爆発と同時に機内に断末魔が響き燃えり、
機獣が後部ハッチに吸い込まれ引っかかる。
燃え盛る機獣に雨粒が当たり蒸発する。
力を失った大佐が穴に吸い込まれ、宙に投げ出され雨風と雷に打たれた。
操縦室で火災警告音が響く。
パイロットが電子機器を操作し機内映像の後部ハッチに引っかかり燃える機獣を見る。
「故障で後部ハッチが開かない!手動で開けるしかない!
火が広がれば燃料引火して空中爆発するぞ!
私は操縦する!お前が行ってくれ!」
パイロットが電子機器を弄り、副長に振り向き叫ぶ。
「街を抜けたら森がある!まだ右翼は生きてるんだ!それまで持ち堪えろ!」
副長がヘッドセットを外し、席を立ち上がり操縦室の扉を開く。
吸い込まれそうな風で副長が飛ばされて操縦室の扉が閉まる。
「墜落はさせない!」
パイロットが操縦桿を上げる。
機体の高度が下がり続け、眼下に広がる港街。
両翼の補助翼が動き機体の傾きが少し戻る。
操縦室から飛ばされた副長が向かったのは研究室。
機内の大型装置から垂れたコードに掴まる。
(早く脱出しないとな)
強風で副パイロットの鬘が飛んで禿げ頭が露わになり、
額に黒い十字架が浮かび上がる。
『元同志よ! 私もレギオンだったよ!
街を抜けて森に入った!寂しいがお別れの時だ!』
機内放送でパイロットの声が流れる。
(どういうことだ? レギオンだったのか?)
副パイロットが機内の壁に掴まりながら顔が曇る。
『不思議そうな顔してるな!お前の情報を大佐に売った!
高く売る為にそのままお前を泳がせた!
たった今爆破装置を起動した!
私は脱出する!」
パラシュート装備したパイロットが操縦室を開け、機内後部に空いた穴に吸い込まれる。
彼は不敵に笑い手持ちの銃で副長の胸を数発撃ち、
宙に投げ出された中でパラシュートを開いた。
(とんだ置き土産だ……)
副長の全身に銃弾が当たり、彼の制服が血で染まる。
宙に投げ出された副長。
雨風に打たれ体温が下がり体力が奪われる。
(ここまでか……)
強風でサングラスが飛び雨で傷口が滲み目を瞑る。
森。
遠くから淡い栗色のミディアムヘアの女の子が
メカゴーグルを付け、背中のブースタースーツを起動した。
蝙蝠の翼が伸び、防御用の虹球に包まれブースターを吹かし
飛んで副長の頭上で両手を広げた。
「レインボール!」
彼女の両掌の真ん中にある球体が光り、
副長の身体が虹球に包まれ彼の身体が浮いた。
「ミサか、助かった…」
彼は少女を見上げ、虹玉で治癒されつつある自分に安堵し状況を語る。
「ごめん。嵐で軍用機見失ってた。ゴーグルの改良が必要みたいね。
で、撃たれたのレオン?あたしのレインボールの中にいて。
それより裏切り者は何処かしら?」
レオンの前にミサが降りてきて、彼女は両手を腰に当てて遠くの軍用機に振り向く。
遠くで軍用機が空中爆発した。
「迂闊だったよ。今頃奴はパラシュートで逃げてるはずた」
レオンが寝たまま答える。
「果たしてこの嵐であいつ逃げれるかしら?
後で拾うわね」
ミサはブースターを吹かし、嵐の中に消えた。
レオンが仰向けになり腕時計のスイッチを押すと
虹球に映像が映り何処かの部屋の机で酒を飲んでいる女の上半身が映る。
「プロトタイプ消滅。ミサと合流した。帰還する。
私としたことがミサに助けてもらうとはな。
なけるぜ」
レオンが深く息を吐く。
『随分遅かったじゃねぇか、レオン。
ミサに助けてもらうほど手こずってたのかよ?』
女が頰杖突き顔を赤らめグラスに酒を注ぎ吃逆した。
「まあな。雷の影響でプロトタイプが暴走したのは好都合だった。
お陰で裏切り者にハチの巣にされたがな。」
レオンは全身の痛みで片目を瞑り顔をしかめる。
『んだよ、裏切り者に撃たれるとかお前らしくねぇな。
軍用機ごとぶっ飛ばせば良かったじゃねぇか。
お前が仕掛けた爆弾が台無しじゃねぇかよ。つまんねぇ』
女は一気飲みして机にグラスを乱暴に置くと、酔い潰れて突っ伏す。
時計越しに大きな欠伸がした。
「どうにも気が合ってしまってな。気を許してしまった。
だが闘いはこれからだ……」
『ミサの奴、ネロに首っ丈だよな。あいつのどこがいいんだよ。
アタシには理解できねぇ……』
女が机に突っ伏したまま吃逆し、静かに寝息を立てる。
涎がだらしなく机に垂れている。
レオンがついに限界を迎え、顔を顰め気絶した。
彼の虹球が雷に打たれ嵐の夜の森に消える。