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私の光(後編) side:シルヴィ

(過去)side:シルヴィ

 私とジークが出会ってから5年の月日が流れた。
 あの日以来、2人でよく遊ぶようになり、ジークといることによりいじめっ子たちにいじめられることも無くなっていた。
 ジークは明るく活気のある性格なので、一緒にいる私も自然と明るく振る舞えるようになっていた。
 そのおかげもあってか、以前までは私のことを避けていた町の大人たちも普通に接してくれるようになっていた。

「おーい、シル!はやくこいよー!」

「ちょ、ちょっと待ってよー、ジーク!」

 この日は2人でいつもの草原に行く約束をしていた。
 ジークは待ちきれんとばかりに急ぎ足で進み、それを必死で追いかける私は、息を切らしながらもなんとかついていく。

「はぁ、、、はぁ、、、もう少しゆっくりいこ……?」

「なんだよ、シル。もう疲れちゃったのか?」

「だって、ジーク早すぎるんだもん」

「そうか?仕方ないなぁ、ほら乗って!おんぶしてやるよ」

 そう言って私の前で、ジークは背を向けて屈んだ。

「え!!いいの!?」

「落ちないように、しっかり掴まれよ」

「うん!わかった!」

 ジークの背中に身を預け、肩に手を置いた私をジークは軽々と持ち上げた。
 私と年は変わらないはずの背中は、男の子だからなのか、とても大きく頼もしく、そして愛おしくも感じる。
 思えば、5年前私を助けてくれた時もこの大きな背中に守ってもらった。その愛おしい背中に私は全てを委ねている間に寝てしまった。

♢ ♢ ♢

「……きて………起きて、シル。着いたぞ」

「ふぇ?………ご、ごめん!寝ちゃってた!」

「気にすんな。降ろすぞ、大丈夫か?」

「大丈夫、ありがとう!」

 ジークに降ろしてもらい、2人で草原に座った。
 ジークにおんぶされて寝てたことがなんだか恥ずかしくなってしまい、ジークの顔が直視できなくなってしまっていた。
 どうにか気を紛らわせようとジークに話しかけた。

「ジークはほんとにこの場所が好きだよね」

「そうだな。この草原を抜けた先は、俺にとって知らないことばかりだ。将来俺は、必ずこの先に進むんだ!ってことを考えると、いてもたってもいられなくなるんだ」

「ふふっ、ジークらしいね!」

 こうして他愛もない話や将来のことについて話していると、あっという間に帰らなければならない時間になってしまった。

「もうそろそろ日も暮れるし、帰らなきゃ」

「あれ?もうそんな時間か。なんかあっという間だったな。
シル、明日もここに来よーぜ!」

「ええー明日も来るのー?じゃあ………明日もおんぶしてくれたらいいよ」

「おんぶ?別に構わないけどそんなことでいいのか?」

「ほんと!?じゃあ約束だよ!」

「分かったよ、約束だ」

 明日もおんぶをしてもらう約束を交わすことができた私は、ジークには見えないように密かに拳を握りしめ、喜んだ。
 無事に町まで帰ってくることができ、ジークは私の家の前まで送ってくれた。

「それじゃ、また明日ね!送ってくれてありがと!」

「ああ、また明日の昼過ぎに迎えにくるよ」

「分かった、待ってるね」

♢ ♢ ♢

 翌朝、起きるとなんだか外が騒がしく感じた。
 なにか起こったのかと思い、お母さんにわけを聞いてみる。

「おはよー、なんだか騒がしいけど、何かあったの?」

「あら、おはよう、シル。なんかすぐそこの森に滅多に現れない魔物が出たみたいで、いま町の大人たちで討伐しに行くみたいよ」

「えー!そうなの?じゃあ今日はいつものところには行けないかなぁ」

「それは残念ねぇ、ジーク君にも伝えた方がいいんじゃない?」

「そうだね、ちょっと教えに行ってくる!」

「はーい、行ってらっしゃい!気をつけてね」

 魔物の件を伝えるべく、ジークの家に向かっている途中、いじめっ子3人が急いで近づいてきた。
 ジークと一緒にいるようになってから、めっきりちょっかいをかけてくることは無かったので、少し驚いてしまった。

「………なに?」

「ジークのやつが森にいっちゃったんだ!」
「俺たちも止めたんだけど!」
「俺も魔物を狩るって聞かなくて!」

「え!?ジークが森に!?」

「そうなんだよ、今さっき走っていったんだ!」
「今ならまだ間に合う!あいつを止めてきてくれないか?」
「俺たちは大人たちに知らせてくるから!」

「……!!わかった!知らせてくれてありがとう!」

 ジークが魔物を倒しに行ったという話を聞き、すぐにジークを止めるために私は、森の方角へ走った。
 森へ行こうとする際に、いじめっ子たち3人の顔がにやりと笑っているように見えたが、ジークのことが心配ですぐに気にならなくなってしまった。

♢ ♢ ♢

 森についた私は、名前を呼びかけながらジークを探し始めた。

「ジーク!どこにいるのー!出てきてー!」

 ジークの名前を大声で呼びながら森を進んでいく。
 森に入って少しすると、先の方の茂みで何かが動いたように見えた。
 私は、それがきっとジークだろうと思い、近づいてしまった。

「ジーク?そこにいるの?」

「ガルル………ガァウ!」

「え…………」

 茂みから飛び出してきたのは、灰色の毛皮に鋭い牙をもった狼のような魔物であった。
 森に現れた魔物とは、こいつのことだと私は察する。
 しかし、それが分かったところでたった10歳の女の子にはどうすることもできなかった。

「グルル………」

 こちらの動きを様子見しているのか、妖しく光る魔物の目に睨まれ、私はその場で腰を抜かしてしまい、へたり込んでしまった。
 魔物は完全に私のことを獲物として見ているようで、襲いかかる瞬間を今か今かと待ち侘びているように見えた。

「ひぃっ……!いやぁ………いやぁ……!」
(助けて……!ジーク……!)

 私は、心の中でジークに助けを求めながら、その場の雰囲気に耐えられなくなり、悲鳴をあげて後退りしてしまう。
 それを見た魔物が逃がすものかと言わんばかりに飛びかかろうとしたその瞬間、木の棒を振り回しながら魔物に向かっていくジークが現れた。

「おらぁ!シルから離れろ!」

「ジーク!!」

 臆することなく、立ち向かっていくジークに気圧されて魔物は、後ろに飛び退いた。
 しかし、まだこちらのことを諦めていないのか、距離をとって様子見している。

「シル、今のうちに早く逃げろ!」

「ガルル………」

 ジークが魔物の気を引いてるうちに、私を逃がそうとする。
 しかし、私は腰が抜けたままで動くことはできなかった。

「ご、ごめん……。腰が抜けちゃって動けない………」

「っ!?わかった!できる限り時間を稼ぐから動けるようになったら………」

 ジークが魔物から気を逸らした瞬間、私に向かって一気に飛びかかってきた。
 ほんの数秒が何十秒にも感じる時間の中で、どうすることもできないと悟り、目を瞑って覚悟を決めた。
 ドンッ!という衝撃と共に私は、横に押し飛ばされ倒れ込んだ。
 想像していた状況とは異なり、不思議に思った私は自分が元いた場所を見た。
 すると、ジークが魔物に首から肩にかけて噛みつかれていた。それを見た瞬間、ジークが私を庇い身代わりになったのだとすぐ分かった。

「っぐあぁぁ!」

「ジーク!?」

 ジークが苦悶の声をあげて暴れても、魔物は噛みついたまま離れようとはしない。
 私はジークを助けなくちゃと思い、咄嗟に近くにあった石を魔物目掛けて投げつけた。
 石が魔物に当たった瞬間、その石を中心に辺りが光・に包まれる。その光・に驚いたのか、魔物はそのまま森の奥へと逃げていった。
 何が起こったのかわからないまま私は、急いで倒れているジークの元に駆け寄る。

「ジーク!!だいじょうぶ!?」

 首と肩の傷口からの血が止まることなく流れ、辺りを真っ赤に染めていた。ジークはもう息も絶え絶えで、とても助かりそうな状態には見えなかった。

「いや、嫌ぁぁ!!死なないで!!お願い……!目を覚まして………!
 誰かぁ、誰でもいいからぁ!ジークを助けてぇぇ!」

 ジークを助けようにも自分にはどうすることもできない、このままでは死んでしまうという絶望の中で、私は泣き叫び誰かに助けを求めることしかできなかった。

《………けてたいですか?…………その者を助けたいですか?》

 そんなときだった。
 どこからか声が聞こえてきた。
 その声は澄み切っていて、まるで女神様が語りかけてくるようなだったと覚えている。
 声の主はジークを助けたいか?と私に語りかけてきていた。

「誰………?」

《………貴女がその者を助けたいと強く望むのであれば、私と契約を結びなさい》

 声の主は、ジークを助けたいなら自分と契約を結べと言っている。
 契約とはどういうことか分からなかったけど、そうすることでジークを助けることができるなら、私の答えは決まっていた。

「それでジークを助けることができるならなんでもする!
 だからお願い!ジークを助けて!」

《………わかりました。これより私と貴女の契約は結ばれました》

 声の主が話し終えると同時に、先ほど私が魔物に投げた石が光り始め、私とジークを光で包み込んだ。
 光が消えると急に力が抜け、強い眠気に襲われた。
 消え入りそうな意識の中でジークの姿を確認する。

(無事でよかった………)

 傷一つなく、安心したような顔で寝ているジークを見て私は意識を手放した。

♢ ♢ ♢

(現在)

 あの時のことはあまり覚えていない。
 あれ以来声が聞こえてくる事はなく、本当に声が聞こえたのかさえも分からない。
 でも確かなのは、瀕死だった筈のジークは助かり、2人とも無事だったということだった。
 ちなみに、あの時ジークが森に入ったというのはいじめっ子たちの嘘で、目的は私を危険な森の中に入らせることだったらしい。それを聞き出したジークが私を見つけ助けてくれたとのことだった。
 あの時、私たちを救ってくれたあの石はお守りとして今も肌身離さず持っている。

 私の膝の上で穏やかな寝息を立てながら、寝ているジークの頭を再び撫でる。
 小さい頃から何度も私を救ってくれた英雄であり、私を照らしてくれた光。

「………ねぇ、知ってる?私は、もう何度もジークに助けられているんだよ?」

 寝ているジークにそう語りかける。
 彼は今、10年前の私と同じ状況なのだと思う。
 自分の周りの全てが敵で、絶望という名の暗闇の中にいる。
 今度は私がジークを助ける番だ。

 たとえ世界中の全てが彼の敵になったとしても、私だけは彼の味方でいよう。
 この先彼にどんな災難や困難が立ちはだかり、絶望に染まろうとも、私が彼の光になろう。
 これからどんなことが起ころうとも、私は彼に変わることのないこの気持ちを捧げよう。

 10年前のジークに救われたあの日から私は、そう心に決めている。

「……大好きだよ、ジーク」

 そう囁きながら私は、彼の額に唇を触れさせた。
 私の言葉は木々のざわめきの中に静かに消えていった。

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