『昴~、はい、お口開けてぇ、あーん』
「んぅ、あ~……」
昴がリクのマスターになって半年と少しが過ぎた。いまのところ、昴は大きな病気や怪我をすることなくすくすくと成長していて、先週には母親の優海も仕事復帰を果たしている。
シッターロイドが家庭の保育に浸透してきたおかげで、核家族が大半である都市部では産後の母親の社会復帰が早まっているとも言われている。
シッターロイドに我が子の保育を任せられるため、保育園の空き状況と睨み合っての職場復帰をしなくていいためかなり好評なようだ。
リクの型・RS0412には調理機能も当然備わっているので、ミルク作りだけでなく、マスターである子どもの月齢に合わせた食事作りが可能だ。つまり、離乳食等の作り置きをしなくて済むのだ。
瓶詰やレトルトなどのベビーフードも種類は昔から豊富にあるが、離乳食初期の与える量が少量である場合や、アレルギー等の事情で手作りしたものを食べさせたい場合などはかなり助かる事柄と言える。
勿論リクは洗濯や掃除など他の家事も完ぺきにこなせる。そのため保護者の負担がより軽減され、より安心して仕事に打ち込むことができるというわけだ。
昴はいまリクが作ったニンジンを軟らかく煮た薄味の煮物をすり潰した物と、十分粥、コンソメスープを機嫌よく食べている。
丸々とした頬いっぱいに食べ物を頬張り、スプーンを差し出してくれるリクの方をちいさな指でさしながら何か言いたげな表情だ。
「ンま、まんまん……」
『もっと? よく食べるねえ』
食欲旺盛にリクが作った離乳食を食べる昴の姿に、リクはふわりと表情をほころばせる。
子どもによっては人工的な物に対する拒否感が強い子もいる。
かつてリクが世話を請け負った中には、調理はリクがし、それらを母親が与えたりなど、どんなに手を尽くしてもリクの世話を拒む子どももいた。もちろんその逆もある。
リクは量産型シッターロイドではあったが、外見は人工物っぽさを極力抑えた人型を取っているタイプだ。だが、感性の過敏な子どもには何がしかの違和感があったのかもしれない。
しかし外見もさることながら、RS0412が一時代を築くほどに多く求められたのは、その外見のやわらかさだけでなく、感情の学習能力の高さだ。
アンドロイドの一種であるシッターロイドには、対人ケアが多いこともあって、特段高性能な学習知能が搭載されているのだが、RS0412はその中でも特に“対人への感情学習能力”の高さが売りであった。
つまり、先程リクが昴の食事姿を見て表情をほころばせたのも、“自分の作った食事を食べてもらえる喜び”を学習してきたことによって可能となっているのだ。
より“人らしいシッターロイド”としてRS0412が巷で重宝されたのも頷けるとも言える。
『こんなに食べてくれる子は初めてだなぁ』
「そうなの?」
『警戒する子はどんなに手を尽くしてもダメだったので……』
「そっかぁ……じゃあ、リクと昴は相性がいいんだね」
リクにとって、昴は十数人目のマスターだ。これまでに男女人種問わず様々な家庭の乳幼児の相手をしてきた“彼”にとって、昴はその内の一人にすぎない。
これまでにリクに懐いたりなつかなかったり様々な子ども達がいたが、昴はその中でもごく自然にリクを家族として認めているように思われた。
生まれて間もなくからひとつ屋根の下に暮らしているからだとも考えられたが、それ以上に、昴はリクを本当の肉親のように慕っているようだ。
「昴がリクを気に入ってくれていて本当に助かるなぁ。安心してあたしも仕事に出られるもの」
「そうだね。それに、やっぱりシッターロイドとして評価の高いRS0412なだけあって、保育機能も高いしね」
『いえ、そんな……ありがとうございます』
昴の夕食を終え、リクが食後の遊び相手をしている様子を、優海と空がリビングテーブルで見守る。マスターである昴の保護者からの賛辞に、リクは照れたようにはにかむ。
こうして見ていると、本当に彼らはごく当たり前の家族のような姿に見えた。若い夫婦と、その兄弟と、夫婦の子どもの家族に。
昴にとって、リクは“兄”のように思っているのかもしれない。まだ人工物とそうでないものの区別がつかない月齢なのもあって、彼はリクをそのように感じているのかもしれない。
「ずっとこのまま、仲良くしてくれるといいんだけどねぇ……」
「そうだね……でもこればっかりは、昴の感性にしかわからないことだからな……」
『……そうですね』
年齢を経れば、いつかリクのことを“兄”ではなく、シッターロイドなのだと、そして自分は“彼”のマスターなのだと告げなければならないだろう。
その時に昴がどのような反応をするのか……それが、いま両親と、リクにとってのちいさな懸念だった。
人工物だと知った途端に、態度を豹変させる子どもも少なくはない。
あくまでマスターとそれに付き従うものとしての一線を画すことを頑なに強いてくることもある。
受け入れられずにシッターロイドそのものを拒む場合もある。
多くの子どもと接してきたリクも、かつてそのような拒絶を受けたこともあるため、両親の抱く懸念を理解してはいた。
理解してはいたが――何故か、昴に拒まれることを想定すると、所在のわからないどこかが軋む音を立てるのが聞こえるのだった。それも、リクにだけ聞こえる微かな音で。
軋む音が聞こえると、リクはいつも咄嗟に胸元を掴んでいた。そこには鼓動を刻む臓器の代わりに全身にエネルギー電源を生き割らせる装置が埋まっているだけなのに。
「リク? どうした? 調子悪い?」
『いえ……ちょっと服に埃がついていたので』
「少しでも不具合があったら言ってね、あたしたちも気を付けるけど。あなたは大事な家族なんだから、遠慮はしないで」
『ありがとうございます』
優海や空の言葉に、軋む音が消えていく気がして、リクはそっと胸元から手を離す。
不具合があったら早急に告げなければ……リクは両親たちが安心するだろう表情で微笑みながらお礼を言いつつそう考え、メモリーに刻み込む。
相手の表情を読み取り、何をどうすれば最善であるのかを瞬時に察知し、即座に実行できるリク。学習能力と実行機能の高いRS0412の機能を今日も存分に発揮しながら、リクは井筒家の団らんの一部を担っていた。
「さて、そろそろ昴はお風呂の時間だよぉ」
『じゃあ、俺、用意してきますね。入浴は、どうされますか?』
「今日はパパと入ろうか、昴」
「っあ、っぱっぱ、きゃあ!」
父親の空に抱え上げられて嬉しそうに笑う昴の姿を見つめながら、リクは昴の湯上げの準備をしにリビングを後にする。
入浴をリクが担うこともあるが、両親に任せることも勿論ある。そのどちらの場合でも、昴はいつもご機嫌に入浴してくれた。
その姿をふと思い出したのか、リクはひとりちいさく微笑んだ。
記憶を振り返って微笑む――これこそRS0412の人間に最も近いと言える大きな特徴であったが、それを実際目にできたものはそう多くはない。
そのため都市伝説のように語られているが……それはリク自身にも知られていない話だ。