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【十】都市リュリューセへ


 翌日の朝食後、俺はフォードの広げた王国の地図を見た。現在俺達がいる都市アーカルネは地図の左上の方にある。

「ローズベリー村はだなぁ、徒歩で行くと……三ヶ月かかるんだよなぁ」
「三ヶ月か。結構かかるな」

 俺はすることもない状態だから、別段問題はないのだけれど、まだまだ旅の経験は浅いから、不安もある。

「うん。でも、ほら――ここに王国最大の湖があるだろ? もうほぼ海みたいな大きさのさぁ。ここから船が出てるから、アーカルネの隣の都市のリュリューセで船に乗れば、ローズベリー村の近くの都市のハーベンデに着くんだ。十日間の船旅をはさめば、ここからリュリューセまでは徒歩で二日、ハーベンデからローズベリー村までは徒歩で一日半だから、二週間かからないで行ける」

 フォードの言葉に、俺は大きく頷いた。過去の人生で、俺は海を見た事もないが、この湖も見た事はない。ただ話には聞いたことがある。かなり大きいそうだ。しかし船、か。俺はもちろん、船にも乗ったことはない。

「俺としては、都市リュリューセをまず目指して、船に乗れるなら、船がいいと思ってる。ジークはどう思う?」
「俺もそれがいいと思う」
「じゃ、決まりだな。午後には出よう。支度してくる!」

 こうして俺達は、宿を引き払う事にした。
 部屋へと戻り、一週間お世話になったベッドの上に、毛布をたたむ。それから俺は、短剣としても使える双剣を懐にしまい、カバンを横掛けにしてから、杖を握った。

「道中では、あんまり戦いがないといいんだけどな」

 ぽつりと呟いてから、俺は部屋を出て、受付に鍵を返した。そしてフォードを待ちながら、何気なく依頼書が貼り付けられたクエストボードを眺めた。一番賞金額が高いのは、『魔王討伐』である。勇者パーティがそれを目的としてはいるが、一般的な冒険者も、賞金目当てに魔王討伐の旅に出る事があるようだ。他にも『魔王軍四天王の討伐』なども書いてある。ただいずれの依頼書にも、似顔絵はない。だから魔族が本当に人型をしているのかも、俺にはまだ分からない。

「お待たせ!」

 そこへフォードがやってきた。フォードは購入したばかりの長剣を腰に携えている。細身の下衣に、動きやすそうな上着、外套は緑色だ。

「行くか、ジーク」
「ああ」

 俺は頷き、こうして二人でお世話になったアーカルネの冒険者ギルドを後にした。
 それからまず大通りに出て、旅の支度をした。主に食料を調達し、その後、来た時とは別の方角の門を抜けて、俺達は草原に出た。ここからの二日間は、夜通し歩く予定なので、野宿はしないが、何度か食事休憩をするという予定を立てている。

 アーカルネから都市リュリューセまでの路は、舗装されている。
 湖で取れた品を、アーカルネとリュリューセは売買しているらしく、行きかう荷を積んだ馬や商人の姿も目立つ。商人は、冒険者の次に多い仕事だと聞いた事がある。

 フォードと俺は、その後、日付が変わる午前零時頃まで歩き、そこで一度休憩とした。休息所があったからだ。屋根付きのベンチに座って、日中購入したサンドイッチを手に取る。

「はぁ、疲れた。でも、気合いだな! あと一日半、頑張って歩くぞ!」
「うん。旅には徹夜も必要だって、俺は覚えた」
「いやな? 急ぎの旅でないなら、というか、ここみたいに安全な路でなければ、本当は野宿もして、休みつつがいいと俺は思うよ?」
「フォードは旅に慣れているんだな」
「んー、どうだろうなぁ。俺の職は剣士ではあったんだけど、師匠が旅好きで、俺はついて回る事が多かったんだ。だから剣技よりも、旅の仕方を教わったのかもなぁ。俺の師匠はだなぁ、俺が冒険者になりたいって言ったら、『じゃあ旅だね!』って俺を連れまわしたんだよ」

 懐かしそうにフォードが語った。気持ちはわかる。俺も師匠の事を思い出すと楽しい気持ちになる。俺の師匠は、アルト様という名前だ。

 食べ終えてから、俺達は旅路を再開した。
 そのまま朝を迎えても歩き続け、再度月が昇っては沈むのを見てから、二日目の昼下がりに、俺達は無事に都市リュリューセの門の前に立った。冒険者証を門番に見せて、無事に都市の中へと入る。白い鳥がたくさん飛んでいて、綺麗な街並みが階段状に広がっていた。俺達は、今日は休むべく、宿を求めて冒険者ギルドへと向かった。

「二人部屋が丁度一部屋だけ空いてますよ」

 受付でそういわれたので、俺とフォードは二人で泊まる事にした。多くの場合、同室というのは、基本的にパーティを組んでいる者同士が使う。俺とフォードは一緒に旅をすることにしたけれど、別段パーティを組んだわけではない。今回に限っては、依頼が理由でもないが、単純に一緒に旅をしているだけだというのが正しい。パーティを組む場合は、冒険者証に登録する。そして一名がリーダーとなる。

 ……パーティを追放するのは、リーダーならば可能だ。自発的に抜けるのでなければ、リーダーに追い出されるという事になる。

 二階の部屋に向かった俺とフォードは、左右にあるベッドに、それぞれ荷物を下ろした。部屋にある魔導シャワーを順番に浴び、俺達はそのままぐっすりと眠った。そのようにして朝が来てから、俺達は朝食を一階の食堂で食べつつ、船について話し合った。

「安い船が見つかるといいんだけどなぁ」
「安い船と高い船があるのか?」
「うん。高い船は、お貴族様とか富豪の商人とかが乗船するタイプで、俺にはちょっと手が出せないくらい高額だ」
「いくらくらいなんだ?」
「最低五百万ガルド。一千万ガルド以上の部屋の方が多いらしい」
「……」

 俺は思案する。永久ダンジョンを繰り返し頑張ったおかげで、実は俺にはそれなりの貯金がある。だから、出そうと思えば、二人分のチケットを買える。だが、俺は基本的に小市民であるから、気の遠くなるような額をポンと出す気にはならない。将来的には、定住先を見つけて、俺は家を買いたいと思っている。今は旅をして依頼をこなしたいけれど、いつかは落ち着きたい。

「安い船だと、その点、三千ガルドとかで乗せてくれる船もあるんだ。ただ、競争率が高い。だから、高い船しか空いていない場合は、裏技を使う」
「裏技?」
「――船の従業員になる依頼を受ける」
「どういう事だ?」
「豪華客船の方の、ベッドメイキングやら掃除やら、そういう依頼があるんだよ。短期の依頼。雑用だな! 仕事をする代わりに、無料で乗せてもらうってわけだ」
「なるほど」

 それは良さそうだなと、俺は思った。その後俺とフォードは、宿を出て、船のチケット売り場へと向かった。そこにはクエストボードがあって、フォードが話していた通り、船の求人情報が短期から長期まで様々な種類、張り付けられていた。

「ジーク、安いのが一部屋だけ空いてた。でも、一人用というか、四人部屋のベッドが一個しか空いてなかった。俺はそれを買った。ジークは、高い方に乗って、働いてくれ。悪いな!」
「えっ? 俺が一人で、仕事を……?」
「うん。それにその方がいいと俺は思うんだよ。なにせ安い船は、安いだけあって、ボロボロだからな。ジークは、働くのも大変かもしれないけど、寝台はそれなりだから、そっちの方がいいだろ」

 フォードはちゃっかりしている。俺の事を思ってくれたのかもしれないが、チケットは譲ってくれないようだった。

 こうして俺は、豪華客船の求人票を眺める事となった。
 俺に一番向いていると感じたのは、船に魔術で結界を張るという仕事だった。十日間、出航から到着するまでの間、船の周囲に風の魔術で膜を作ればよいそうだ。

「フォード、面接に行ってくる」
「了解。じゃ、船が到着したら、都市ハーベンデの冒険者ギルドで合流しよう!」
「ああ、分かった」

 俺はそこでフォードとは別れて、面接へと向かった。
 豪華客船を運航しているワニタス商会の面接の場へ向かうと、眼鏡をかけた青年が俺を見た。

「簡単に結界を作って見せてください」
「はい」

 頷いて、俺は結界を張った。すると目を丸くした青年が、大きく頷いた。

「ばっちりですね。ではよろしくお願いします。これが、チケットと船室の鍵です」

 俺は無事に、豪華客船に乗る権利を得た。
 早速その足で、本日の午後一番で出航する豪華客船――マリーウェザー号に乗り込んだ。俺に与えられた客室は、地下一階の一人部屋だった。ベッドは右側にあって、それ以外のスペースで魔術を使用するようにと、事前に聞いていた。一度発動してしまえば、それ以外の行動は自由だという。

「船旅かぁ。楽しみだなぁ」

 俺は少しばかりワクワクしながら、結界を張った。あとは到着まで、魔術を使い続けることになるが、それは俺が意図的に魔術を終了するか、誰かに破られない限りはそのままなので、もう俺にやる事はなくなったといえる。

 その内に、船が出航した。




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