【二】スキルの発動
こうして勇者パーティを追放された俺は、僅かな荷物と、手切れ金として渡された二百ガルド、硬いパンをひとかけら、他には私物の杖と衣類、冒険者の証明書のみで、放り出された。ガルドというのはこのザンガリル王国の通貨で、二百ガルドではパンを一個購入したら無くなる……。俺はとぼとぼと冒険者ギルドへと向かった。証明書があるから、最低ランクかつレベル1の俺でも、依頼は引き受けられるし、依頼には必ず報酬がある。
アメルリアというこの都市において、冒険者ギルドは一つだけだった。宿と酒場を併設しているギルドの扉を開けて、俺はまっすぐに依頼書が貼り付けられているクエストボードの前に立った。一番高額の依頼は、やはり永久ダンジョンの制覇であるが、一番簡単な依頼も永久ダンジョンの一階をクリアする事だった。そこにはレベル1のモンスターがいるらしい。モンスターは、魔族や魔物とは異なり、魔王の配下ではなく各地のダンジョンに勝手に生まれてくる存在らしい。俺は、迷宮ダンジョンの依頼を引き受ける事にした。到達した階数を冒険者の証明書が魔力で記録するから、到達した場所までの報酬が支払われるのだという。俺はパンを一つ購入し、完全に無一文になった。それをカバンに入れてから、もう夕方だが、宿代だけでも稼ごうと、永久ダンジョンへ足を踏み入れた。
――その瞬間、頭の中に声が響いてきた。
『スキル【孤独耐性】が発動しました』
それを聞いた瞬間、俺は目を丸くした。追放されてからずっと寂しくて、泣きそうで、鬱屈とした心地で、これから一人なのかと、孤独感に苛まれていた気持ちが、急に消失した。なにがきっかけで発動したのかは不明だが、急に俺は寂しくなくなったのである。自分の手を見てみる。夢ではなさそうだなと、手を握ったり開いたりしてみた。
それから杖を持ち直して周囲を見渡した。すると小さな水色のスライムが見えた。俺は一度も実践で魔術を放った事がないのだけれど、知識はある。怯えつつも、俺は襲ってくるでもないスライムに向かい、頭の中で攻撃用の魔法陣を思い浮かべながら、杖を振った。
すると火の玉が生まれ、スライムに直撃し、スライムの姿が消えた。
ダンジョンのモンスターは倒すと消えて、そこにアイテムが残る。このアイテムも貰っていい事になっている。俺は浮かんでいる金貨の袋を見た。手を伸ばすと、冒険者の証明書の魔力が発動し、そこにあった金貨が冒険者ギルド銀行の口座に振り込まれたのが分かった。なんと三千ガルドもあった。これで夕食はお腹いっぱい食べられる、と思ったが、ダンジョンの中では空腹を感じないのだったと思いだす。しかも清潔でいられる魔術もかかっているし、睡眠欲も消えるわけで……。
「少しお金がたまるまでは、宿の代わりにダンジョンにいてもいいかもな……それにもう少し先までなら、俺も進めそうだしな」
俺は自分がレベル2になった事に気づき、嬉しくなってしまった。
こうして俺のダンジョン攻略が始まった。牛歩で進んでいったが、二階・三階と進めば、レベルも上がっていく。上の階になるほど、モンスターは強いし、レベルは上がりにくくなっていったが、俺はコツコツと頑張った。周囲にはモンスターしかいないが、俺は全く寂しさを感じない。
「【孤独耐性】って、そのままの意味で、一人でも平気って事だったんだなぁ……」
納得しながら、俺は出来るところまで攻略する事に決め、ダンジョンを上に上にと進めていった。
――六年と八か月。
俺は『最上階』と書かれた部屋の前に、長い歳月をかけて到着した。一つ下の階が、999階だったから、永久ダンジョンは全部で1000階なのだと俺は突き止めた。この時点で、俺のレベルは582となっていた。ランクは、冒険者の証明書が各階をクリアする度に、ギルドに依頼達成を報告しているおかげで、既にSになっている。
「やっぱりボスがいるんだろうか……」
俺はドキドキしつつ、扉を開けた。
「ん?」
すると、中にいた青年が、振り返った。そこには巨大な鏡が一つある。
先客がいるとは思ってもいなかったから、俺は目を見開いた。これまでずっと一人だったので、俺は会話の仕方を思い出せず、唇を震わせる。
「――変わったスキルだが、このダンジョンには向いてたのだろうな。【孤独耐性】か。俺も持っているが、発動する場所は限られているから、あまり使わない」
「こ、孤独耐性を知ってるのか?」
俺は青年に対して、咄嗟に問いかけた。鏡の前にいる青年は、黒い外套姿で、長めの黒髪に、紫色の瞳をしている。非常に整った顔立ちだ。アーモンド型の瞳、通った鼻梁、薄い唇、そのいずれも目を惹く。とても背が高くて、俺は思わず見上げた。
「――ああ、まぁな。お前は、名前はなんだ?」
「俺はジーク」
「そうか。俺はロイという」
「ロイか」
二十代後半くらいに見える青年に対して、俺は頷いた。
「いつ最上階に到着したんだ? というか、最上階では他の冒険者とも会えるんだな」
「冒険者……」
「どうかしたのか?」
「いや……」
「もうボスは倒したのか? っていうか、ボスはいたのか?」
「ここには俺しかいないだろう」
「うん。つまり、クリアって事だな!」
「……」
「鏡に触ったらいいのかな?」
「――その鏡は、一階に繋がっている。転送魔術がかかっている」
「そうなのか? じゃあ、どうすればクリアになるんだ?」
「ここに足を踏み入れて、生きて外に出られれば、それでクリアとなる。よって、鏡で一階に降りれば、この最上階の報酬は自動的に入手となる」
「へぇ! じゃあクリアしてみる!」
俺は嬉しくなって、ロイの横を通り抜けた。そして鏡に手を伸ばすと、光に飲まれた。
そして気づくと一階にいた。
『依頼完全達成おめでとうございます』
そんな音声が頭の中で聞こえて、証明書を見れば、クリア報酬がギルド銀行の口座と倉庫に入っていた。
『【孤独耐性】が発動しました』
続いてまた、六年八か月前と同じ、スキル発動を告げる音声が響いてきた。
「……」
ふと俺は考えた。この塔であれば、俺にもレベル上げが出来る。もう少しレベル上げを頑張って、攻撃魔術や回復魔術の技術を学んだら、俺でも足手まといじゃなくなるんじゃないか?
「我ながらいい案だな」
と、こうして俺は、再びダンジョンを一階から進んでいく事とした。