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【第二十六話】魔王、封印時を回想する。





 俺とリザリアが恋人同士になり、最初の休日が訪れた。
 一度破棄はしたものの、再度結婚の約束をしたため、結果は同じだから書類は破棄せず、そのままの状態にしておく事になった。

 本日はリザリアが、俺の家――ベルツルード伯爵家へと訪れている。応接間で対面する席に座り、俺は魔槍ラッツフェリーゼを長椅子に立てかけている。テーブルをはさんで向かい側にいるリザリアは、聖剣ルートヴィッヒを隣に置いている。俺達それぞれの横で、魔槍と聖剣は見つめ合って念話をしている。

「ねぇ、グレイル」
「ん?」

 紅茶のカップを手にしながら、俺はリザリアを見た。

「ところで、魔王の転生者だという話だけれど、私、魔王について聞きたいの。どうして貴方は封印されたの?」
「……」
「伝承では、悪しき行いをした魔王は封印されたと言われていますが、貴方のように優しい人が、悪行をするとは思えませんの」
「その伝承ね、省略されてるんだよ」
「え?」
「『悪しき行いをした魔獣を抑えた魔王』というくだりが、世代を経るに従い、『悪しき魔王』に短縮されたみたいだね」

 俺はこの肉体で小さい頃に聞いたお伽噺を思い出した。そうして続いて、魔王だった当時の事を振り返った。

「ある日ね、とても強い魔獣が出現したんだよ。倒すには、誰かがその魔獣の魔力をその身に吸収して、魔獣の力を奪い時空の歪みへと押し込んでから、そうして外から封印するしかなかったんだ」

 俺は追憶に耽りながら、当時の事を思い出した。

「それまで俺は勇者と、それこそこの魔槍と聖剣で訓練のために戦ったりはしていたけれど、勇者パーティとは一緒に討伐をする時に顔を合わせる事が圧倒的に多かったんだ。当時は、時空の歪みは、魔族の領地と人間の国――今のこのブラックレイ王国の前身に当たる国の境に出る事が多かったから」

 俺は静かにカップを傾ける。

「それで俺が魔力を吸収する役割になった。くじ引きで負けたんだよね。それで、魔力をすべて吸収してから、魔力の抜けた魔獣の体を引っ張って、時空の歪みの内部に突入したんだ。封鎖しないと、また出てくる可能性があったからね。それで外部から、王子と勇者、そして魔術師が三人がかりで俺ごと封印したんだ。この世界を守るために、誰かひとりは犠牲にならないとならなかったんだよ。仕方のない事だった」

 俺が語ると頷いてから、ただ少し不思議そうにリザリアが言った。

「では、人間と魔族は敵対していたんじゃないのですわね? そういうお伽話もありますが」
「うん。それは俺の時代よりもっと昔の神話の時代の話だよ。俺達の時代は双方の国や領地も落ちついてて和平条約を結んでいたし、お互いに協力して時空の歪みや魔獣を討伐していたんだ」
「納得いたしましたわ」

 神妙な顔で頷いたリザリアを見てから、思わず俺は微苦笑した。

「でもね時空の歪みに吸い込まれた事もだけど、何より封印されるっていうのがさすがにきつかった。もう二度と、俺は封印されたくないよ」

 それから俺はカップを置いた。

「だから誰にも魔王だってバレないようにしようと思ってた。特に勇者の子孫である君には。でもね、俺は好きな人には真摯に向き合いたいから」
「グレイル……私は、貴方を封印したり、しませんわ」
「信じてるよ、リザリア」

 俺達はそんなやり取りをし、笑顔を浮かべてお互いを見ていた。

 リザリアは朝早くに伯爵邸へと訪れたので、本日は日雇いのシェフに作ってもらった料理を、二人で昼食に取る事にした。やはり王家の城や、公爵家の料理に比べたら劣るけれど、俺は決して嫌いじゃない。二人でパスタを食べながら、俺達は時折見つめ合った。

 一度自覚してみると、俺は心底リザリアの事が好きらしかった。いつからこんなに好きになっていたんだろう? 自分でもそれが謎だ。

「ねぇ、リザリア」
「なにかしら?」
「今度さ、また王都遊園地に行かない?」
「いいですわね。みんなも誘って――」
「ううん。二人で」
「え?」
「嫌?」
「っ……嬉しいですわ。デートのお誘いですわよね?」
「そのつもりだけど」

 リザリアが頬を染めたので、俺は機嫌がよくなった。それに前回行きそびれた鏡の迷宮には、本当に行ってみたい。他にも俺は、まだ行っていない――この肉体の記憶のみの頃は、いつでもいけると思って出かけていなかった、王都の名所や施設がいくつもある。人間の進歩した文化を知るのも楽しいし、俺はリザリアと一緒に見てまわりたい。

「他にリザリアは、行きたいところはある?」
「観劇に行きたいですわ」
「いいよ。今度一緒に行こう」
「そ、それから! 学院では、放課後も毎日、その……会いたいな、なんて……」
「うん。教室で少し残ろうか? もし邪魔されるようなら、裏庭に行くのもいいね」
「図書館でまた勉強も教えてもらいたいですわ。グレイルの教え方は、すごく分かりやすいんですもの」

 俺達はそんな話をしながら、昼食の時間を過ごした。

 その場に、不意にマリアーナが姿を現したのはその時だった。リザリアが驚いたようにそちらを見る。白髪の少女は、逸れには構わず真っ直ぐに俺を見た。そしていつもの無表情とは違い、険しい顔で口を開く。

「魔王様、大変。王宮に時空の歪みが出たの」
「え?」
「かなり大規模なの。駆けつけた騎士団長が、魔王様に連絡すると話していたから、私、呼びに行くと伝えてここに来たの。このままだと大きな被害が出るはず」

 深刻なその声に、フォークを置いて、俺は立ちあがった。

「分かった、すぐに行くよ」
「私も行きます」

 するとリザリアもまた立ち上がった。そちらを一瞥し、俺は告げる。

「危ないよ」
「それはグレイルも同じですわ。聖剣を持つ者として、私もできる事をしたいのです」
「……さすがは勇者の血筋だね。分かったよ。じゃあ、俺の後ろにいてね」

 こうして俺達は、王宮へと向かう事にしたのだった。


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