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【第九話】魔王、班分けに直面する。





 治癒魔術を使っても、俺は特別疲労を覚えたりはしない。大規模なものを使えばそのかぎりでは無いが、今回のもの程度であれば、呼吸をするのと大して変わらない疲労度だ。寧ろ徒歩で歩いた方が疲れの度合いは高いかもしれない。

 そんな事を考えつつ翌日はゆっくり眠り、そして本日また学校が始まった。
 本日は一時間目から、俺達一年生は大ホールに集められている。
 なんでもクラスを超えて、学年単位で、『好きな相手と班を作り』――次の長期休暇に行われる、林間学校へと行くための準備らしい。学校行事はともかく、好きな相手と班を作るというのが、中々拷問だと俺は思う。リザリアのせいで俺は悪目立ちしているので、それ以外はごくごく平均的な生徒だというのに、これといった友達がいない。誰かと仲が特別悪いという事も無いから、朝の挨拶をすれば返ってくるが、かといって親しくなった相手もゼロだ……まったく、先が思いやられる。

 俺はこの王立魔術学院に入学前の、魔王の記憶を取り戻す前の、その頃に出来た友達の姿を視線で探した。だが多くは既に誰かと班を作ろうとしている。それを見守っていた時、俺に近づいてくる気配がした。俺は顔を上げた。


「グレイル卿」
「グレイルで構いません。シリル殿下」

 歩み寄ってきたのはクラスメイトでもある第二王子殿下だった。話すのは久しぶりだが、同じ教室にいるのに、『ご無沙汰しています』と告げるのも変だろう。

「う、うん。あ、あのさ? もう班は決まったか?」

 少し困ったように、シリル殿下は笑っている。今回の班編成は、男子・女子ともに二から三名で組んで、さらにそれが合同するかたちで、五名から六名の班になると決まっている。俺達の学年は、男女比は半々だ。

「いいえ」
「そ、そうか!」

 俺の返答に、シリル殿下が、心底ホッとしたような顔になった。それからシリル殿下は、一歩前に出て俺を見た。

「よかったら、俺と組んでくれないか?」
「へ?」
「――俺、なんていうか……王族だろ? みんな気を遣ってくれてるのは分かるんだけどな……誰も話しかけてくれないし、俺が話しかけるとサッと逃げられるんだ……別に不敬罪で処刑なんて俺はしないんだ……が、異母兄上は、するタイプだからさ。その話が広まってるみたいで、完全に俺、怖がられてるんだよ……」
「ああ、なるほど」
「俺、普通に話した事があるの、お前だけなんだ。な? 頼むよ!」

 王族も大変そうだ。そして爵位的には当然俺は断れないし、そうでなくても俺も組むあてが無かったので、ちょっと畏れ多いし目立ちそうではあるが、この誘いはありがたい。なので俺は頷いた。

「分かりました。よろしくお願いします」

 俺の言葉に、シリル殿下の表情が緩んだ。気が抜けたかのように吐息している。それからシリル殿下は、一歩後ろに控えている近衛騎士のアゼラーダに振り返った。彼女は長い銀髪を後ろで一つに結っている。

「なぁ、グレイル?」
「はい?」

 名前を呼ばれた俺が聞き返すと、シリル殿下が困ったように続けた。

「女友達で誰か組んでくれそうなあては無いか? アゼラーダはいつも俺と一緒にいなきゃならないから、友達を作る機会もなくてさ」
「殿下。私の事はお気になさらないで下さい」
「アゼラーダ。そ、そうは言っても……」
「護衛上同じ班に入る事は望ましいですが、場合によっては班編成とは別に、護衛として同伴できるよう、学院側に交渉いたしますので」

 アゼラーダがそう答えると、シリル殿下が瞳を揺らした。

「グレイル!」

 声がしたのはその時で、視線を向けるとリザリアとルゼラが立っていた。

「私、ルゼラと組む事にしましたの。グレイルは当然、私達と組んでくれますわね?」
「あー……」
「私、誰にも組んでもらえないと思っていたら、リザリア様が声をかけて下さって」
「ふぅん。君達二人?」
「え? ええ。そうですが?」

 二人が来ると、シリル殿下とアゼラーダが一歩下がった。俺はそちらに振り返る。

「女子一人空きがあるみたいだし、アゼラーダも一緒に組んだら? そうすれば、五人で丁度いいしね」

 俺の提案にアゼラーダが目を丸くし、シリル殿下は嬉しそうな顔になった。するとルゼラは驚愕したように変わってから頭を下げ、リザリアは笑顔で頷きつつ、シリル殿下を見た。

「ご無沙汰しております、シリル殿下」
「ああ、リザリア嬢。久しぶりだな」
「学院内ですので、リザリアで構いませんわ。グレイルと殿下がペアを組んだのですか?」
「うん。俺が頼んだら、グレイルがOKしてくれて、今ホッとしてたところだった」
「まぁ、そうでしたの」

 頷いたリザリアは、それからアゼラーダを見て、口元を綻ばせた。

「アゼラーダも久しぶりね」

 どうやら王家とその護衛、また公爵家という事で、この三名は顔見知りだったらしい。
 俺が納得していると、ルゼラが軽く俺の腕に触れた。そちらへ視線を向けると、ルゼラが引きつった顔で笑っていた。

「貧民の私が、お、王族の方とご一緒して良いのでしょうか……?」
「いいんじゃない? シリル殿下はボッチだったらしいし、ルゼラもリザリアがいないとボッチなんでしょ?」
「うっ……た、確かに私は、リザリア様のご厚意に甘えてしまいましたが……う……ボッチ……そ、そうですね……」
「あ、ごめん。別に悪気があったわけじゃないんだよ。俺だってボッチだったし」

 俺はルゼラとそんなやり取りをしていた。するとリザリア達の方での話もまとまったようで、無事に俺達の班が決まった。それぞれ配布されていた紙に、他の班員名を書いて、前方にいる先生に渡しに行った。

 この日の午前中はそうして終わり、午後は大体の林間学校の時のスケジュールを班ごとにまとまって、先生から説明を受けた。そして、各自の持ち物などを決定する事になった。夕食などのメニューを決めたり、その際に各自が持ち寄る食材を分担したりといった作業だ。主にリザリアとアゼラーダが仕切っていて、シリル殿下とルゼラは頷いている。リザリアは元々リーダーシップがあるというのか、話をまとめるのが上手い様子だ。アゼラーダは近衛騎士として野営の訓練を受けた経験があるらしく、具体的な部分に提案してくれる事が多い。逆にシリル殿下とルゼラはこういうのが初めてのようで、興味津々といった顔つきだ。俺も初めてだが、そこまで興味があるというわけではないので、俺はその場を見守っていた。なお、この日の昼食は五人で食べたのだったりするが、食堂ではとても注目されたものである。

 来月の頭にある林間学校までは、そこまで期間があるわけではない。今後も細部の打ち合わせなどを放課後に行うと決めて、この日は午後の授業の終わりを告げる鐘がなったところで、解散となった。



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