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【第十話】魔王、準備をする。


 その後、放課後に何度か集まり、俺達は他の決めるべき事項を決定していった。
 そんなこんなで、いよいよ明日は、林間学校だ。二泊三日の予定である。俺は、シチューに入れる具材のニンジンと、二日目の夜のバーベキューに使う予定のピーマン、及び各自持ち寄りのパンの準備をした。テントとタオルケットは、班員に必要な分を学園側が用意し、現地で渡してくれるらしい。なお場所は学園の敷地内の奥にある山の中にある、開けた場所らしい。よって、校庭に集合してから裏庭を抜けて、少しだけ山登りをしてからのキャンプが主体となるようだ。

 リュックに俺が必要物を詰め込んでいると、マリアーナとレンデルがまじまじと俺を見てきた。少女姿と少年姿の二人は、顔を見合わせてから、再び俺を見た。

「ご主人様、楽しそう」
「ですね、ですね、マリアーナ。楽しそうなグレイル様は貴重ですね!」

 二人の言葉に、俺は首を捻った。

「俺、楽しそう?」
「楽しそう」
「うん。楽しそうです!」

 その自覚は無かったので、俺は瞼を伏せて、思案してみる。実を言えば、俺はあんまりポジティブな感情を抱いても、自分では認識できない時がある。そんな時は、周囲にこんな風に指摘されて初めて気が付いたりする。楽しいとか面白いとか好きというのが、意識にあまり浮かんでこないのである。

「じゃあ、そうなのかもしれないね」

 別に否定する気も起きなかったので、俺は適当に答えてから、続いて衣類など準備をした。そんな風に前日は過ごし――林間学校の当日が訪れた。事前に決定していた準備は全て終えた状態で、馬車に乗り、王立魔術学院へと向かい。校門を抜けて校内に入ると、既に大勢の生徒の姿がそこにはあった。俺の班は、右端から三列目の校舎前に集合と決まっていたのでそこへ向かうと、シリル殿下とアゼラーダの姿が既にあった。リザリアとルゼラの姿はまだない。

「おはようございます」

 俺が挨拶すると、シリル殿下が顔を上げた。そして目を細めて、両頬を持ち上げる。

「おはよう、グレイル」
「おはようございます」

 二人に挨拶を返された時、ルゼラが歩み寄ってきた。

「おはようございます!」

 そちらにも俺達は挨拶をした。その後、気を遣ったように、シリル殿下が俺を含めた三人に会話を振ってきた。俺は気づいた。シリル殿下は気遣いの人である。悪く言えば人の顔色を窺うという事なのかもしれないが、俺の印象としては、純粋に心優しい人なんだろうなと思った。人間を比較するものではないが、王太子殿下よりもシリル殿下が即位した方が、この王国は安定しそうなイメージだ。少なくとも不敬罪で処刑される数は減るだろう。

 そう考えていると、最後にリザリアが来た。本日は全員制服では無く軽装だ。俺はリザリアの軽装を見たのは二度目だ。前回貧民街に行った時との違いとして、リザリアは本日はパンツスタイルだ。黒いデニムを穿いているのだが、こうしてみるとリザリアもかなり細い。女性陣三人の中で、一番体力がありそうなのは、勿論近衛騎士のアゼラーダだ。このメンバーの中で最も頼りになりそうなのもアゼラーダで間違いない。

 その後一時間目を告げる鐘の音がなると、校長先生が全体に挨拶をした。魔導具のマイクが拾う音声が、校庭に響き渡る。実際についていくのは各クラスの担任だが、挨拶と訓示は校長先生の仕事らしい。それが終わると、移動が始まった。

 俺はシリル殿下と並んで先を歩いた。女子達は、俺達の少し後ろを歩いている。

「グレイルは、キャンプをした事があるか?」

 シリル殿下の言葉に、俺は首を振る。魔王時代に野宿をした事は何度かあるが、あれらはキャンプとは違う。テントなど無かったし、魔獣討伐などの関係だ。常に危機がそばにあったから、ゆっくり眠る事も出来なかった。

「俺も無いんだ」
「そうですか」

 まぁ、王族には外で寝る機会はないだろうと、俺は納得した。

「あ、その……敬語じゃなくていいからな? よ、よかったらだけど」

 爵位的には、断るのも受け入れるのも、非常に微妙だった。僅かの間思案し、俺は頷く事に決める。願いを聞き入れる方が、気遣いの人の肩の荷を下ろせる気がしたからだ。

「分かったよ」

 俺を見ると、シリル殿下がホッとしたように吐息してから、嬉しそうに笑った。

「ありがとうな」
「いえいえ。俺もこの方が話すのが楽だし」
「そんな風に言ってくれる相手って少ないんだよ」
「そうなの? 王族って、そう言えば、ご学友というか、近衛騎士以外に一緒に学ぶ配下とかいないの?」
「……俺、あんまり強制的に、そういう役割を誰かに押し付けるのが好きじゃないんだ。近衛騎士だけはどうしてもつけないと、王立魔術学院に通う許可が降りないから別だし、アゼラーダはよくしてくれるから特別だけどな」

 少し困ったようにシリル殿下が述べたので、やはり気遣いの人だなと俺は感じた。

「王族も大変なんだね」
「ま、まぁな。でもな? 友達を自力で作るって、難しいけど、俺は楽しいと思うんだ。だからこうやってグレイルと話せるのも俺は嬉しい」

 本心にしか聞こえない、素直な声音が響いてくる。なんだか照れくさくなってしまった。俺はどちらかというと、そういう感情は繰り返すが自覚する事が少ないし、口に出すことはなおさら少ない。

 こうして雑談をしながら歩いていくと、キャンプ予定地の開けた場所に出た。
 俺達の班がテントを張る場所へと移動する。土の上に班の番号を書いた木札があったから、すぐに位置が分かった。

「班の半数でテントを張るように。残りの半数は、初日の夕食の準備をする事!」

 先生がよく通る声で、そう告げて回っている。俺達の班は、俺とシリル殿下がテント係、女子が料理係だ。本当は、アゼラーダにテントを張ってもらう方がいいだろうと思っていたのだが……リザリアとルゼラは料理が出来ないらしかった。シリル殿下も俺もシェフに用意してもらっているから、料理スキルが無い。アゼラーダは、そこを行くと、実家のフォートロード男爵家が、王都だけでなく国内の様々な領地に、料理店を展開している上、直系の人間は皆が料理を叩き込まれる家系らしい。元々フォートロード男爵家は、料理の腕前を買われて、陞爵された家柄だ。

 ……テントは、上手く張れなければ、先生が手伝ってくれる事になっている。
 よって食べられる夕食をなんとか確保するべくアゼラーダは料理班となった。一応朝は男子が作ると決まったが、そちらもアゼラーダが手伝ってくれる事になっている。

「張る?」

 俺は、おろおろとしているシリル殿下に声をかけた。あまり仕切るなども得意でなさそうなシリル殿下を見ていると、つい言葉が出てきた。これでも俺は魔王だったから、そこそこ統率するのには慣れている。

「お、おう! やるか!」

 すると目に見えてシリル殿下がホッとした顔をした。こうして俺達は、あてがわれたスペースにテントを張る事にした。



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